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2003年11月11日(火) ■ |
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◆ 新国立劇場オペラ『トスカ』 エリザベス・ホワイトハウス、セルゲイ・レイフェルクス、カール・タナー |
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18:30開演〔全3幕、イタリア語上演、字幕付〕 初演:1900年1月14日ローマ・コスタンツィ劇場にて
トスカ: エリザベス・ホワイトハウス カヴァラドッシ: カール・タナー スカルピア: セルゲイ・レイフェルクス
アンジェロッティ: 谷友博 スポレッタ: 松永国和 看守: 北川辰彦 シャルローネ: 豊島雄一 堂守: 山田祥雄 羊飼い: 九嶋香奈枝
指揮:ジェラール・コルステン、 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 合唱:新国立劇場合唱部、藤原歌劇団合唱部 演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ
暖かな秋の夜、大好きなプッチーニの『トスカ』を見に行きました。 新国立劇場の席割りはオペラの方がバレエよりも良いみたいですね。
新国オペラは今回が初めての観劇です。 印象としては、とにかく豪華絢爛の一言! 海外の歌劇場に負けないほどのこだわった美術に圧倒されましたが、オケの凄さについては強烈には印象に残らなかったかもしれません。(でも音については席位置も関係しますので薄い印象だったのかな?) この『トスカ』は以前NHKで放送されましたが、実際に見ると、よりセットの凄さを感じますね。 細かいディテールまで手の込んだぬかりのない造りです。
【第1幕】 《聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の内部》
1幕は教会で絵を描いているカヴァラドッシのもとへ、政治犯として捕らえられていたアンジェロッティが脱獄して現れ、匿ってしまうという悲劇の発端部分や、トスカの嫉妬深い一面、スカルピアの憎憎しい悪意に満ちた姿などが艶やかに舞台上で繰り広げられてゆきます。 幕が開くと教会の内部左手にはカヴァラドッシが絵と足場が組んであり、右手は、アンジェロッティの隠れる礼拝堂の見事な美術が目に飛び込んできます。 天井の絵画、床のモザイクタイルまで凄すぎ…。
歌手について…、トスカ役のエリザベス・ホワイトハウスさんは、声量と迫力のある方で押しの強いトスカという印象。 1幕では、カヴァラドッシの描いた美しいモデルに激しい嫉妬心を沸き起こしますが、演技の為か見た目のせいか、女性らしい繊細さはあまり感じられませんでした。ですが、声は大きくしっかりと聴こえてきます。
カヴァラドッシ役のカール・タナー氏は、温厚そうな雰囲気の方で、アリア『♪妙なる調和』を歌い上げる時など、美を褒め称える喜びを素晴らしく響かせていました。 存在感はこの幕ではそんなに感じられませんでしたが、癖のない伸びやかなきれいな声という印象。
『トスカ』の時代設定は1800年6月17日〜18日のローマということになっています。 ナポレオンがヨーロッパを席巻していた頃ということで、トスカの衣装もその時代に流行したエンパイアスタイルの変形版ようなハイウエスト・ドレス。1幕は鮮やかなブルーの衣装でした。
《デ・テウム》のスペクタクルな場面は凄かったです。 セットが可動し舞台に奥行きが生まれ、戦勝を祝うミサの場が始まります。 大勢の信者、バチカンのスイス衛兵、枢機卿などが現れて、大人数の大合唱の中、スカルピアが自分の野心を高らかに歌い上げる盛り上がる場面。
スカルピアの後ろでは、まるでフランスの画家ダヴィットが描いた「皇帝ナポレオン1世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠式」(ルーヴル美術館蔵)の絵に描かれた場面にそっくりに、長いマントを纏った祝福を受ける女性が登場します。凄いなぁ。
スカルピア役のセルゲイ・レイフェルクス氏は大きなコーラスの中でもしっかり朗々と歌い上げ、野望をさらけ出す姿も見事です。 声に関しては、“バリトン”ですが微妙に高めのように感じました。出来ればもう少し低音の響きもあった方がサディスト的で悪意に満ちた人物像には合っているように思うのですが…。でも登場すれば、存在感と迫力のある方でした。 このような人物像はとても印象深くてやりがいがありそう。
《聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会について》 さて、この幕で舞台となっているのは、聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会。 実際にローマに存在するバロック様式の立派な建物で、大きなクーポラ(丸屋根)が特徴とのことです。 その壮麗な内部の様子を忠実に再現したらしく、奥の壁を飾る絵画は本当にこの教会にあるものを映し出していたようで、凄くビックリしましたよ。つくづく感心…。
【第2幕】 《ファルネーゼ宮殿の一室》
窓の外からは祝賀の市民の歌が聞こえています。 スカルピアはアンジェロッティをかくまったカヴァラドッシを捕らえ、トスカを我が物にするという自らの欲望のために、彼を拷問にかけ、トスカを精神的に痛めつけます。 (スカルピアはサディストなので、トスカに嫌悪されながら抱きたいという性癖がある) カヴァラドッシに対する拷問が耐え切れなくなったトスカは、とうとうアンジェロッティの居場所を話してしまいます。 拷問は終わりますがカヴァラドッシは聖アンジェロの牢獄に連行されてしまい、トスカは執務室に取り残され、スカルピアに迫られます。 「彼を死刑から逃れさせたいのなら、自分の女になれ」と…。
この場面はたいへんドラマティックで、登場人物の心理描写、精神的な痛めつけ方の凄まじさに圧倒されてしまいます。これでもかと思うくらいのスカルピアの攻め。 しかし、今回主役トスカを演じるホワイトハウスさんは何故か、ズンズンと胸に迫ってくるような(観客までのめり込んで心が痛むような)追いつめられた感じがそんなに伝わってこなかった気がします。かといって悪くはないのですが…。
スカルピアがテラスに出て、誰もいなくなる。 もう耐えられないというところで高ぶった気持ちを吐き出すアリア『♪歌に生き、恋に生き』もなんだか少し唐突な感じ…。 歌は、床に座り込んだ歌い難い体制で、1幕同様良く声が出ていました。これは本当に立派ですね。 2幕のトスカの衣装は、血と情熱が感じられるような真紅の艶やかなドレスでした。
スカルピアの心情が歌われる二重唱?『♪歌姫への愛が私を苦しめていた』の歌詞は凄まじいですね。まるで欲望丸出しで昔の時代劇に出てくる悪代官みたい。 スカルピアは度を越えた迫りぶり、トスカはひたすら強い嫌悪と怒り…。 ドラマテックという意味では感情が最高潮に達する場面ですね。 スカルピアのいじめぶりの演技はとても良かったと思いますよ。 前後しますが、この後の「♪歌に生き、〜」が歌われます。
スカルピアの情容赦ない攻めにとうとう耐えられなくなったトスカは、スカルピアの申し出、“カヴァラドッシを処刑から助け、トスカと国外脱出させる代わりに、スカルピアに身を任せる”ということを承諾します。 全て計画の手筈を整えさせた後、溜まりに溜まった怒りから、偶然テーブルにあったナイフで、スカルピア刺し、殺してしまう。
〔セリフ〕 スカルピア:「トスカ!とうとう私のものだ!」 (ナイフで刺される) スカルピア:「呪われたやつめ…」 トスカ:「これがトスカのキスよ!」
そのあとトスカは動揺しながら、手に付いた血を洗い、スカルピアが書いた通行手形を手に入れます。
スカルピアを手にかけた後は、トスカの強さと弱さ、動揺ぶりが手によるように解る演出でした。 舞台照明が暗くなり、ほのかに窓からの月明かりが照らす中、二つの燭台をスカルピアの死体の両脇に飾り、十字架を死体の胸にのせて、神への信仰の深い女性(憎い相手であったとしても)ということが観客に伝わります。 そして、死体にはさまれていた自分のショールをそっと抜き取る時のビクビクした感じ…。 最後はなんとも言えない余韻があり、静かに幕が下りました。
《ファルネーゼ宮殿について》 さて、余談になりますが、この2幕舞台のファルネーゼ宮殿も実際に存在しています。 1517年〜1589年にかけて造られ、途中ミケランジェロも関わりを持っていたとのこと。 ルネッサンス様式の建築で、現在はフランス大使館になっており、観光客は残念ながら中を見学することが出来ません。 (バロック建築と書いているところもありますが、写真で見た印象は、外観の造りが整然としていてルネッサンス風に見えます。内部の作りや装飾などはバロックに移行していく微妙な時期だったのでしょうかね…) ファルネーゼ家は1713年(トスカの時代より以前)家系が途切れてしまいますが、教皇も輩出した由緒ある家柄とのこと。
更に余談の余談。塩野七生さん著、ルネッサンス3部作の第三部『黄金のローマ』にファルネーゼ家のことが(創作物ですが)書かれています。御興味があればどうぞ。ローマの地図を見ながら読むと面白いです。
【第3幕】 《聖アンジェロ城の屋上》
月が煌煌と光り、夜空いっぱいに星が輝いている聖アンジェロ城の屋上。 シンボルの大天使像も月に照らされ輝いている。 優しい『♪羊飼いの歌』が微かに響いているなか警備兵達はくつろいだ雰囲気で働いている。 この導入場面は心が休まり癒されます。
そして、不安を感じさせるメロディーに変わる。舞台のセットがせりあがり、城の中にある牢屋場面にみごとに変わった。 そこにカヴァラドッシが連行されて来たのだ。 死刑を覚悟したカヴァラドッシは絶望の中、アリア『♪星は輝きぬ』を熱唱します。
カヴァラドッシ役のカール・タナーさんのこのアリアは感動的でとても良かったです。 “愛するトスカを残して、こんなかたちで死ななければならないのか”という嘆きと、もっと生きたいという思いが沸々とこみあげて、苦しい胸のうちを爆発させたような気持ちのこもった素晴らしい歌声でした。 涙を誘いますね。
そこに、希望を感じさせる音楽と共にトスカが駆けつけてきました。抱き合う二人。(警備兵には話をつけてあったらしく牢内に入れた) そしてトスカはファルネーゼ宮殿での出来事を話す。 “カヴァラドッシの処刑は形だけ、銃殺に使用される鉄砲には弾は入っておらず、処刑の儀式の際は死んだ振りをしてその後は自由になれるのよ!”
「新たな希望の勝利、清らかな熱情に魂が震える。そして調和を讃えて飛翔し、魂は愛の喜びへと到達する」と高らかに二人は歌います。(二重唱『♪この優しい手が〜 新しい希望に勝利して』)
時間になり、処刑の為再び城の屋上へカヴァラドッシは連れて行かれる。 そして銃による刑が執行される。 いっせいに轟く銃声。倒れるカヴァラドッシ。 トスカは倒れる演技だと思い、死んだとはまだ気がつかない。 そう、実は空砲ではなく、本当の処刑が実行されたのだ。(トスカはスカルピアに騙されていた) 兵が去った後、ゆっくりとカヴァラドッシに近づき、彼の体を起こすと彼は既に死んでいた。 予想もしなかったことに驚き、絶望するトスカ。 だが階下では、トスカがスカルピアを殺した事で大騒ぎになっていた。 最後、警備兵に追い詰められたトスカは、とうとう聖アンジェロ城の屋上から身を投げる。
さて、トスカを演じる歌手の方は、必ず最後に投身自殺の為のダイブをしなければなりません。 下にクッションマット等の安全なものが置いてあるとは思いますが、やはり怖いと見えて、素に戻り、躊躇しているのがわかってしまいますね。 ホワイトハウスさんも、足から“ヨッコラショ”という感じでした。まぁ、しょうがないか…。 ところが後日資料として見た、新国立オペラの映像なのですが、トスカ役のシルヴィ・ヴァレルさんは、両手を広げて躊躇なく頭から倒れるように飛び降りているので、まるで本当にはるか下まで落ちていっている感じがしました。お見事!! でも、歌手の皆さん怪我をなさらないように気をつけてくださいね。
何はともあれ、この急速な展開と衝撃的なラストは、この作品、本当に見事だと思います。 やっぱり、オペラ『トスカ』は好きですね。 それに新国立劇場オペラはこれだけ豪華なのに、このチケット料金はかなりお徳だと思いますよ。
《サンタンジェロ城について》(聖アンジェロ城) サンタンジェロ城はローマに行けばとても気になる、大きな要塞のような城。テヴェレ川に面しており、目の前にはサンタンジェロ橋が架かっています。 ヴァティカンにも通じていて、教皇庁との歴史的つながりもある建物のようです。実際、豪華な教皇の居室も内部に作られていました。 しかし元々は2世紀ごろ、ハドリアヌス帝が墓廟として建設したのが始まりのようです。
その後、歴史と共に変貌を遂げていき、城塞となり、貴族の館、教皇の居館、兵舎や牢獄、美術館など様々に利用されてきました。 現在では、サンタンジェロ国立博物館となり、「天使の中庭」「レオ10世の礼拝堂」「井戸の中庭」「教皇の居室」など見ることができます。 『トスカ』で登場する、牢獄のなごりも…。
私もサンタンジェロに行ったことがありますが、独特のなんともいえない雰囲気(暗い下の階など)はタイムスリップした気分になりますね。(内部は迷路のよう...) 上の方の眺めのいい階ではカフェなどもあり現代を思い出させてくれます。 是非、『トスカ』の舞台である屋上に上りたかったのですが、上がれませんでした。 その時クローズしていたのか、入口が判らなかったのか、今でも謎です。
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