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2004年07月10日(土) ■ |
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◆《ゴールデンバレエofロシア》『天地創造』『カルメン』 チェルノブロフキナ、ガリムーリン、モスクワクラシックバレエ団 (04/07/18up) |
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東京文化会館、16:00〜、(音楽は特別録音のテープによる)
ぎりぎりに会場に到着。焦ってパンフレットを買ったら、B4サイズもある大きなもので、ちょっと驚きました。
さて、この公演と同名のものは以前2001年9月に、やはりチェルノブロフキナやガリムーリン、それにボリショイのグラチョーワなどを向かえ、《モスクワの女神たち》と題されて、ガラ形式で行なわれていました。 今回は更にストーリー性のある幕物が、プログラムとして用意され、前より発展させた形になっていたと思います。 ただ、客席の1F中央は大体埋まっていましたが、端の席と上の階に空席が多く見受けられました。 折角の素晴らしい踊り手たちによる公演だったので、その辺が残念ですね。
また、今回特別という意味では、タチアナ・チャルノブロフキナ と、日本でも活躍されているイルギス・ガリムーリン の《舞踊生活20周年記念公演》 とのこと。 という事で、大きな公演パンフレットには、プリセツカヤさんや、ボリス・アキモフ氏、それにガリムーリン夫妻の大親友であるウラジーミル・マラーホフ氏から、お祝いするメッセージが寄せられていました。 これからも素晴らしい舞台を私達に見せて頂きたいですね。
Aプロは、演目的にも大変気になっていた、『天地創造』 と『カルメン』 です。
《第1部》
【天地創造】 (日本初演) 〔音楽:アンドレイ・ペトロフ〕 〔振付:ナタリア・カサトキナ、ウラジーミル・ワシリョフ〕
アダム: イルギス・ガリムーリン イヴ: エカテリーナ・ベレジナ 神様: アンドレイ・ロパレフ 悪魔: ニコライ・チェヴィチェロフ 魔女: 成澤淑榮
3人の天使(女): リュドミラ・ドクソモワ、アレクサンドラ・レージナ、オクサナ・テレーシェンコ 2人の天使(男): イオン・クローシュ、マクシム・ゲラシモフ 他: 国立モスクワ・クラシック・バレエ
『天地創造』は、旧約聖書の「創世記」アダムとイヴの物語です。 元は全2幕のだったのを1幕に再演出し、日本で初めての上演することになりました。 パンフによると初演時には、アダム役=バリシニコフ、イヴ役=コルパコワ、神=ソロヴィヨフという輝かしいダンサーによって上演されたそうです。 私も題名だけしか聞いたことのなかったこの作品を、大変興味深く拝見しました。
ストーリーは「神と悪魔」の世界から始まりますが、幕が開いてまず驚いたのが、あまりにも重みが無く、コメディーのようなダンサー達の様子と舞台美術。まぁ、美術というより、学校の学芸会のように簡単で質素なものでした。 舞台中央に半円の小さな小山の形をした台?のような物が置いてあり、表面には草花の絵が書かれています。 それ以外は舞台上には目立つものが無かったのですが、公演パンフの写真を見ると、本来はもう少しきちんとした舞台装置があるみたいです。 今回は移動も多いですし、ダイジェスト版?なので、仕方が無いのかも...。
まず現れたのは、神と天使と悪魔。 この作品の“神”は、ギリシャ風の扮装。威厳はあまり感じられず、何かちょっとした寸劇を思い出してしまいます。 “3人の女の天使”は、腕と肘、手首を絶えずパタパタさせていて、可愛らしい様子に見えますが、かなり子供っぽくて違和感がありました。 “2人の男の天使”は、腕のパタパタは無いですが、背の高い男性が花冠を被り、可愛いしぐさをするので、大人が鑑賞するのにはちょっとキツイかも。
神様達(善)と争う“悪魔役”はチェヴィチェロフというダンサー。赤いユニタードに悪魔らしく紐で出来た尻尾が付いている衣装で登場します。 悪魔といっても恐ろしさはなくて、可愛げのある小悪魔のような存在でした。 後にアダムやイヴが悪魔達の甘い誘惑にのってしまうのですから、このような可愛げのある存在でいいのでしょう。 チェヴィチェロフの踊りは、しなやかで跳躍や回転も魅力溢れるものでした。 特に男性ながら脚がよく開いており、スパッとした伸びやかな踊りは、見ごたえがあって楽しい気分になります。
そして序盤途中から登場する、主役のアダム役にはイルギス・ガリムーリン 。 今回も熟練した演技力を見せてくれました。衣装はスキンカラーのユニタードに白い花の模様がワンポイントで付いています。 「アダム創造」の場面。 楽園で生まれたガリムーリン演じるアダムは、何も知らない無邪気で未完成な状態。生まれて初めて目にする世界に、徐々に興味を覚えていきます。 目に映る全ての物が珍しくて、新鮮に感じているよう。 精神は子供で、疑うことを知らない無垢なアダムのキャラクターがよく伝わります。明るく陽性なアダム像ですね。 このアダムが生まれた場面では、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂にある、ミケランジェロが描いた天井画『アダムの創造』のポーズが各所に取り入れられていて、振付家の洒落っ気を感じました。
イヴ役のエカテリーナ・ベレジナは、以前、新国立バレエにもゲストで出演していたり、前回の同名公演でも来日していますね。 モスクワ・クラシック・バレエ団一押しのプリマということで、芸術監督の挨拶文にも、特に名前を挙げられています。以前の印象では、アピール度の強い個性的なダンサーではないのですが、上品で繊細、ちょっぴりおとなしめな感じでしょうか。 今回は踊りの美しさ、足先まで神経が行き届いた、静かでしなやかな表現の良さを感じました。 イヴの創造場面では、アダムの時と違い、ゆったりとした美しい踊りが見られます。彼女の衣装もアダムと同じく身体のラインがよく解るので、柔らかくしなる踊りの質がとてもよく引き立ちました。
悪魔(チェヴィチェロフ)と魔女(成澤淑榮)は無垢なアダムとイヴに、神から食べてはいけないというリンゴ(善悪の智慧の樹)の実を食べるようにそそのかします。 イヴはついにリンゴを取ってしまい、その後急激に知恵と性愛に目覚め、2人は愛し合うようになります。 この時のアダムとイヴの愛のパ・ド・ドゥは、大変しっとりとして音楽も綺麗。 振付も古さは感じられなかったですし、ベレジナの肢体がとても美しくて、うっとりとした気分になります。 情熱的な性愛を匂わせるというより、神秘的な雰囲気で、女性の大人びた表情が良かったですね。
その後の2人は、約束を破った為に神の怒りをかい、「楽園を追放」されてしまいます。そして様々な試練を経て「人類の誕生」まで描かれていました。
この時、神様たちは苦悩していますが、やはり重みは感じられません。 「楽園追放」は花を巻きつけたアーチを潜ることで表しています。 「人類の誕生」はアダムとイヴの背後に、2人と同じ姿をした寄り添う男女を何組か登場させて、生まれ出る生命を印象的に描いていました。
そこで一旦物語が終結した後、再び明るめの曲が鳴り出し、出演者が次々登場してきて、エンディングとなります。 最後は全員で大サービス。悪魔のチェヴィチェロフと神様のロパレフが愛嬌とテクで盛り上げ、魔女の成澤さんも手に長い小道具(杖?鞭?)を持ちながら見事なフェッテを披露してくれました。
この作品の音楽は、現代風であったり、バロック音楽風な部分もあって、それぞれの場面に合っていたと思います。作曲者のアンドレイ・ペトロフについて、今まであまり馴染みがありませんでしたが、曲は良かったと思います。 あと、美術と衣装、神や天使達などの演出を、現代的に洗練させれば、もっと良い印象になると思うのですが...。
いつもロシア系バレエ団の来日公演は、決まった作品ばかり上演される事が多いので、今回のような、珍しい創作物を目にすることは、貴重な機会だったと思います。 作品自体は色んな意味で面白かったですよ。
《第2部》
【カルメン】 〔音楽: ロジオン・シチェドリン〕 〔振付: アルベルト・アロンソ〕
カルメン: タチアナ・チェルノブロフキナ ドン・ホセ: ドミトリー・ザバブーリン エスカミーリョ: ゲオルギー・スミレンスキー 運命(牛): ナタリア・クラピーヴィナ 隊長: イオン・クローシュ
これは本当に観て良かったと思いました。 モスクワ系のダンサー達は背の高い人が多いので、見映えが良くて迫力もあります。 このアロンソ版の『カルメン』は、以前インペリアル・ロシア・バレエ(ゲスト草刈民代)、東京バレエ団を観ておりましたが、だいぶ雰囲気が違っていて面白かったですよ。
最初、大きな牛の顔を描いた幕が下りていますが、それが上がると暗い舞台に照明が灯り、舞台中央でポーズを取っているカルメン=チェルノブロフキナの姿が浮かび上がります。 私の近くに座っていた方も、彼女をひと目見るなり、自然に感嘆の言葉を漏らしていました。最初から大輪の花のような個性に魅了されてしまいます。
カルメンは、ホセやエスカミーリョに対し、自ら目をつけ誘惑しますが、媚びたり、強引に陥落させるというより、彼女自身が自分の魅力を充分に知っていて、余裕を持って落とす感じ。 そんな魅力的なカルメンに、夢中になってしまうのはしょうがないでしょう。 カルメンと男達は、自然な成り行きで結ばれ、一気に最後の終息まで向かっていくように感じます。 チェルノブロフキナは、極端に激しい感情表現をせず、匂い立つような色香の中に颯爽としたところがあって、その上可愛げがある、たいへん小気味良いカルメンでした。 このような個性や表現は、努力して演じようとしても、なかなか出来るものではないですし、踊るべき人が踊った舞台を見てしまうと、似合う人以外での“カルメン役”は考えられなくなりそう。
対するホセ役のザバブーリンですが、これもまたカルメンに夢中になって翻弄される様子など、真面目な青年の情けない部分までよく出ていて、かなり味がありました。 最後に、「運命」に導かれるまま、カルメンを殺してしまうのですが、狂気を孕むというよりも、ふらふらと牛「運命」を追い、呆然とした意識の中で刺してしまうという感じ。 その時、自分の意思は存在せず、本当に運命によって、あのような終局を向かえてしまったというのが、よく伝わってきます。 前に見た「白鳥」の王子でも、優しく受身的な風味を醸しだしていて、人柄が良さそうな彼のパーソナリティーを今回も感じました。
隊長役のイオン・クローシュは、ビシッとキレのある動きで、とても印象に残りました。 リズムや音楽にピッタリ合っていましたし、脚の運びもきれい。かなり良いダンサーだと思います。 終始、隊長の踊り(振付)は、威厳を感じさせるもので、わざと機械人形のように滑らかさを消して、キッチリとした印象。ホセとは全く違う動きの対比が面白いですね。
エスカミーリョ役のスミレンスキーは、身長も高く、身体を活かした大きな踊りでしたが、彼ならではの優美さもあったように思います。 踊るとたいへん迫力がありますし、何ともいえない気品もある。“いかにも”という感じのしない、ちょっと不思議なエスカミーリョでした。
運命(牛)役は全身タイツに特殊なメイクを施すというインパクトある姿で現れます。 カルメン・ホセ・エスカミーリョ、隊長に、文字通り絡みつき、悲劇へと導く役。 この役を踊ったのはクラピーヴィナ。 以前見たときは愛らしい容姿と誌的な表現で、良いダンサーだなと思っていました。 でも今回の運命役は、なぜか思ったより印象が薄かったですね。 もう少し冷たく硬質に踊った方が良かったように思います。
衣装はなかなか素敵でした。シチェドリンの音楽自体も、リズム楽器を多用し、活き活きとして素晴らしい。テープなのが残念です。
素晴らしい踊り手達によって、プリセツカヤさんの大切な作品「カルメン」が見事に受け継がれている。ご本人もきっと嬉しく思っていらっしゃるでしょう。
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