2005年12月13日(火) |
『ふれた手の温度』(精良さんシリーズ) |
肩…何かに思いきり鷲掴みされたような痛さ。 首…鋼が入っているのかといわんばかりに張っている。 熱…は、まだない。 喉…喋るのには不自由しない。 頭…痛みを我慢しすぎたせいか、こめかみがじわりと痛み始めてきた。
(……やばい、かな)
精良は椅子に座ったまま自分の体調について分析していた。 自販機の前にある喫茶スペースは、普段ならば若手棋士たちががたむろするだろうが、今日は上段者の対局日である上に、対局中だ。喫煙スペースにいるよりは、人に出会う可能性が少ないだろうと、こちらに来てみたのだが、正解だったようだ。 朝方から、肩や首の後ろが妙に張るなぁとは思っていたのだ。しかしそのくらいで対局を休む訳にもいかないので、そのままにしておいたら、肩と首はどんどん痛みがひどくなってきた。 じっと座っているのすら苦痛になってきて、考慮する振りをして外の空気を吸いに来たのだが、状況はあまり変らないと言って良い。 ――しかしいつまでもこうしていてはいられないのだ。 自分の考慮時間を削ってまで、此処にいるのだから。 これが、対局相手が、取るに足りない相手ならば、充分に休憩時間を取るか、とっとと終わらせるべく打ち切っただろう。
しかしそうはいかない。 今日の対局相手は、倉田厚七段だった。 そして今日勝てば、名人戦へのりーグ入りが確実となる。 なんとしても、落とせない一戦。
――それは、向こうも同じなのだが。
これでリーグ入りが果せなければ、またまどろっこしい予選からはい上がらなくてはならないのだから。
(……しかし…痛い)
肩も、首も。…そして頭も。
精良はテーブルの上に組んだ手の上に額を乗せた。 頭の中に、対局の流れと、倉田の手の予測をめぐらせてゆく。 痛みを訴える体がその思考の邪魔をしたが、考えられない訳ではない。熱がないのは幸いだ。
まだ、考えられる。
ならば。
まだ、自分は戦える。
奥歯を噛み締めて、精良は顔を上げた。
「?!」
そこにいたのは、眉を八の字にして、ビクターの犬のごとく小首を傾げた少年。 黄金と黒の、見慣れた二色のコントラスト。
「せーらさん」
そう呼ぶ事を唯一許した存在は、変声期を迎えて、以前と若干響きの違う声になった。
「…飲む?」
精良の目の前には、半分ほどなくなったミネラルウォーターのペットボトルが置かれていた。 精良がそのペットボトルを手に取ると、彼は「飲みかけでごめん」と悪びれもせずに言った。その言葉に首を振りつつ、一口、水を口にする。 少しぬるい水は、それでも精良の乾いた喉を潤した。気がつかない内に、随分と乾いていたようだ。
「すまない」
精良がそれを返そうとすると、彼はいいよ、と手を振った。
「持って行っていいよ。俺、もういらないから」
「……そうか、じゃあありがたく貰っていくよ、進藤」
ぐい、と一度だけ、背伸びをして。 そして精良は、倉田の待つ対局場へと戻って行った。
|