2005年12月28日(水) |
『ふれた手の温度 4』(華氏シリーズ) |
頬にふれるのは、ふわふわとした、 じぶんが息をするたびに、ふるふるゆれて、くすぐったい。 なのにほわりとしたぬくもりをくれるそれは心地よくて。
……あたたかい。
とても。
さっきまで、痛かった首が、温かさに包まれて、すごく楽で。 ――なくなった、とまではいかないけれど。 ああ、さっきはとても、痛かった、から………
――――何故?
ぱちり、と音がしそうな勢いで、精良は目を覚ました。 目に映るのは、見慣れた自分の部屋。 そして横になっているのはリビングのソファ。
「………………」
何がどうなっているのか、自分がはおっていたのは見慣れないファー付のベストと、見慣れた毛布。 自分のマンションに帰った記憶はおぼろげながらあるが、こんなモノを被って寝た覚えは…ない。 暖房をつけた記憶も。 …なのに、部屋はぬくぬくと心地よい温度に温められていてた。 キッチンではしゅんしゅんと、お湯が沸く音もしている。
「…え?終わってからでも良いから来い?…いつ終わるか分からないんだって。ムリだよ、無理。……るさいなぁ、和谷もう酔ってんだろ?………あーはいはい、分かったから。とにかく今日は行かないからな、じゃ!」
「……進藤……?」
ピ、と携帯電話を切るヒカルの姿に、精良は呆然と彼の名を呼ぶ事しかできなかった。
「…あ、せーらさん、起きた?」 「………なん…………ッ、ンッ!」
喉がひどく渇いてうまく声を出せない様子の精良の様子に、ヒカルはひょい、と立ち上がると、キッチンの方に向かって行った。 そしてふわふわと湯気が立ち上るカップを2つ持ってくると、そのひとつを精良の座るソファの前のミニテーブルに置いた。
「台所、勝手に使わせてもらったよ〜」
ごめんね、と肩をすくめながら、ヒカルは自分用のカップに口をつける。 温かそうなそれに惹かれ、精良もカップを手にとった。じわり、と手に温もりが伝わる。湯気と一緒に香るのは、檸檬と林檎のやわらかな香り。 ほんの少し口に含むと、その香りがあたたかさと一緒になって、身体の中にしみとおってゆく。 ほんのりと甘いそれは、くどくなく、すんなりと精良の喉をうるおした。
「甘すぎない?…つい、俺の好みで作ったけど」
テーブルの向こう、絨毯の上に胡座をかいたヒカルは、ことん、と首をかしげて訊ねてくる。その様子が子犬のようで、精良は笑みを浮かべた。
「いいや……ちょうど良い」 「そっか。よかった」
精良の言葉にヒカルはほっとしたように笑った。
「…ところで……進藤」 「なに」 「何故ここにいる?」 「せーらさんが寝ちゃったから」
「………………」
ひくく、と精良の眉が寄った。 そうだった。この目の前の逆プリン頭と喋るには、上手く誘導してやらないとさらなる迷宮に話が進むんだったと、改めて思い出した。
「とりあえず、タクシーに乗った後から全部話せ」
あっちこっちに脱線しそうになる話を軌道修正し、余分な話は脳内で切り捨てて整理し、精良はようやく、事の経緯を知る事ができたのである。
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