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2008年02月11日(月) 0.3mmの誤差

 祖母に認知症の影。
 年齢が年齢だし寝たきりの生活だから不思議ではないのだけど、発症したきっかけが「テレビの音がうるさい」と父親に怒鳴られたことらしい。
 分からない方が楽だからそっちを選んだんだろうか。
 と、無意味に洗面器に注がれた烏龍茶を捨てに行きながら考える。

 私の知らない冷蔵庫。私の知らないシステムバス。暗いからと笠を取られた小洒落照明。
 母に乗っ取られた私の部屋。もう動かない電動ベッド。
 私の残骸に侵蝕された夫婦の部屋。そこでひとり眠る父。
 私が小学校5年の時に完成した家は、汚くはないけどあちこちに不備が出てきていて。
 帰った日はちょうど、雨風に晒され続けて傷んだ外壁の補修と塗り替えを行っていた日だったけれど、明るくなった壁の色とは裏腹に家の中が暗かった。

「もうすぐ和室が空くから」
 父が言う。
「帰ってくればいいじゃない。家賃も浮くし、自由にできる」
 その言葉を聞いた瞬間に、頭に物凄い激痛が奔った。
『成る程、精神に身体が反応するとはこのことか』と妙なところに感心しながら曖昧に頷き、小麦粉1kg分のクッキーを焼き続ける。

 その日は留まらずに家を出た。
 お金が貯まったらオーブンが欲しい。そんなことを思ったのは移動の電車の中だけ。