きまぐれがき
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2006年04月01日(土) |
使い捨てコンタクトレンズ |
昨晩お風呂に入って顔を洗っている時に気がついた。
あれ?まだコンタクトはずしてないよ。
コットンに滲ませたコレ↓(最近のお気に入り)で、ゴシゴシと こすりたおして目周りメークを落とす時には、コンタクトをはずして いなくてはいけないのに、最近は歳のせいか手順を間違えてしまう。
結構すぐれもの。べつにゴシゴシこすらなくても綺麗に落とせます〜
鏡の前で30分は目の中を点検してみたがコンタクトは見つからず。 で、本日は眼科だ。 一通り探してくれたドクターが「どこにもない」とおっしゃるので 「なんか1週間ぐらいしたら二つ折りになったコンタがペラ〜と出て きたことがあったのですが。。。。。」と言ってみると、ドッタンと椅子 に座りなおして、瞼をひっくり返すのにも気合が入った様子でもう一 度みてくれた。
やはり目の中にはないらしい。 いくら記憶をたどってみてもはずしてはいないのだ。 帰宅してから、もし無意識のうちにはずしていたのならティッシュに 包んでゴミ箱に捨ててあるはずとゴミの中を点検してみても、それ らしきものはなかった。
ついに私も記憶が飛ぶようになったのか。。連鎖だ。
庭のミモザが満開。といっても2年続けて寒肥を施すのを 忘れたので、弱々しい花房。 枝を一抱え折って花瓶に挿したとしても、キスリングの ミモザには程遠い姿だろう。
母が大声で呼ぶので何事かと行ってみると、 「パパ公は今どこにいるのかしら?」 自分の夫のことを忘れている。 「死んだでしょ」と、あっさり答えると顔色が変って 「何時!?知らなかったわ」 怯えた顔、いまにも泣きそう。
最近、このやり取りの繰り返しばかりだ。
決して忘れるはずがないような記憶が消えていく。 それが不安だという意識がまだ本人にあるのでパニックに なるのだ。
日に何度もこの呼び出しがかかるたびに、胸がズキンと痛む。 私の不整脈の原因はコレなのか。
半年ほど前から、心臓が重苦しいような、カエルでも住み着いて 心臓の壁に足蹴りいれてない?といった感じでもあったのが、 昨晩は殊にひどくて眠ることに集中できなかった。
ああ私もとうとう死ぬんだな。 朝になったら死んでいる私を家族が発見するんだ。
黄泉の帝王トート閣下は出迎えてくれるのかしら? あやつは選り好みが激しいからそりゃぁ無理ってもんだろう。 死んでいくのに同伴者なんかいらないや。 産まれてきた時のように一人でいいさ。
などとあれこれ思い巡らしているうちに夜が明けて、私は生きて いた。 陽の光を見ると、さっきまでの弱気はどこへやら、死んでなんか いられるかという気になってくる。
罹りつけの医者は、何年か前にお父さん先生が亡くなられて今は 若先生だ。母のところへ定期的に往診に来られる先生でもあるの で、なんだか顔なじみの人に裸をみせるのは恥ずかしい。 だから昨年風邪をひいて高熱が出た時には、わざわざ家からだい ぶ離れた知らない内科で診てもらったりしたのだ。
しかし今回のカエルの動きは、事が重大かもしれない。 もし私が死んだあとに、自分ではない他の医者に罹っていたと若先 生が知ったら気を悪くされるだろうか?裏切られたと感じるだろうか? 医者に裸をみせるぐらいのことで、どうしてこうも思い悩まなくては ならないの。さっさと脱いでくりゃぁいいのさ。
で、行って来ました。
「カエルが。。カエルが。。」としか説明できない私。 それも不整脈の一種でしょうと心電図を測って、心室性期外収縮と の診断。 基本的には治療の必要はないとのことだけど、このカエルの足蹴り ほんとに不快なのだ。
2006年03月03日(金) |
仇をするんだ。ぶるぶる |
いつの頃までだったか、母は書店のレジの横あたりに平積みされ ている高島易断の暦を買ってきては、誰かにお金をあげる時とか お雛様を飾る時など事あるごとに頁を繰ってはやたら大安に拘っ ていた。クリスチャンでもあるのにだ。
ダイニングに行けばテーブルの上に「いついつはお日が良いので お雛様を飾るように」と書かれたメモがおいてあったり、PCの前に すわれば同じメモが貼り付けてあったり、さらに人の顔さえみれば 大安のうちにはやく飾れと、せきたてるので鬱陶しくてたまらなか った。
何も言われなくなったらなったで寂しいものがある。
言われなくなった途端、昨年などは飾らなかったもんな。 今年は「毎年飾ってあげないとお雛様が仇をするの」とも言ってい た母の脅しを思い出し、昨晩あわてて立雛だけを並べてみた。 今日はちらし寿司を作って、お雛様に召し上がっていただいた。
夕食にちらし寿司を母のところへ持っていくと「今日お雛様!?」 お!分かっているじゃないの。あれほど拘った高島易断の暦のこと など記憶からきれいさっぱり消えているようだけど。
トリノオリンピックの中継は、観ずに終わってしまうところ だったのが、たまたまつけたTVが女子フィギュアをしていた ので荒川の金メダルの演技を観ることができた。
観れば観たで手に汗握る思いで見入ってしまうのだ。 「誰も寝てはならぬ」のさぁ!ここぞ!と盛り上がったところ でのイナバウアー。 ニクイなぁ。 開催国の作曲家の曲は地元の人たちにとっても嬉しいだろう。
今頃になってTV番組欄と首っ引きで、私のトリノが始まるの。
先週末のお江戸に向かう新幹線。 いつも禁煙車のE席が私の座る場所。 その通路を挟んだ3人がけの座席には、10人ちょっとのグループで 乗り込んできたオバさんたちがお座りになった。
早朝からやけに爆発しているオバさんたち。 「そや」「そや」と口々に言いながら前の座席を回転させて、向かい 合わせになんかしている。 ぐる〜と回転してきた座席には、仲間のオバさん2人とオバさんたち とはまったく関係がないらしい20代かなと思う男性が一人「オレ、 なんだか場違い?」といった風情で身を堅くして座っていた。 混じっちゃったのだ。
え!? 仲間でもない者が一人でもいたら、ふつうその人に遠慮して座席を 向かい合わせなんかできないよね。 でもオバさんたちはそんなことはお構いなしで、5人の仲間とお弁当 を広げ、お菓子の紙袋を破り、気分は宴会らしいのだ。 そのうちみかんの香りまでしてきた。
私は人ごとながら、どんなにか居心地が悪かろうとその男性が気に なって気になって。 食べながらのけたたましいオバさんたちのおしゃべりが続く限り、男 性よ、寝たふりをしているしかないだろう、なんてなぜ私が観念しなく ちゃならないの。
結局、東京駅まで寝ているしかなかったようで気の毒だった。可笑し かった。
洞爺湖のウィンザーホテルでディナーでしょ。温泉でしょ。 小樽では吹きガラスの体験もしてくるんだ〜、と朝早く出かけて行った 家人。 雪で飛行機が飛ばなかった。それも機内に入ってシートベルトを締め て新聞を広げたところで、新千歳空港が大雪で着陸できないとのアナ ウンスよ。 しかたがない難波にもどってジュディ・フォスターの映画を観て帰って 来たのだとか。
毎年今の時期に、飛行機が飛ぶかどうかを心配しながら北海道へ行く けれど、本州の梅雨を逃れてとか真夏に避暑がてらにとかで行こうとし ないのは何故?不思議だ。
小樽のレトロなガス燈をうちの庭にひとつ欲しかったのだが。
次の週末は東京だ。寒さ、緩んで欲しい。 私はもっぱら新幹線利用なので、雪よりもついこの間のように地震で のダイヤの大幅の乱れのほうが心配。 千秋楽までの三公演、集中して観る予定が狂うことのないように。
68年に暗殺されたマーチン・ルーサー・キング牧師の妻が亡く なったことを本日の「天声人語」で知った。 先月31日にブッシュ大統領が一般教書演説の冒頭でその死に 触れたのだとか。
きょうアメリカは、高潔で勇気あふれる大切な女性を失いました。。。
「ブッシュ指導のアメリカを憂い危惧していた女性でもありました」 とも付け加えて、勇気のあるところをみせてほしかったぞブッシュ。
68年、あの年はロバート・フランシス・ケネディも暗殺されたの だった。これについてはブログで。
キング牧師(左) ロバート・F・ケネディ(右)
2006年02月01日(水) |
いい加減捨てたらどう |
レンズの窓が開かなくなってしまったデジカメは、修理を終えて戻っ て来たのはいいけれど、使ってみるとあちこち不具合が生じていて 何のための修理だったのか。
取り敢えず写すことは出きるようになったので、このデジカメの直撃 にあったムーミンマグを、取っ手が飛んでしまった記念に撮ってみま した〜
キッチンに隣接しているパントリーには、だいたいどこの家庭でも食品 類がストックされているのだろうけど、我が家は捨てることができずに 溜め込んだ大量の紙袋だとかお菓子が入っていた空缶や空箱が詰め 込まれていて、扉を開けるとそれらがこちらに向かって崩れ落ちてくる 状態。
家族から別名「捨てられちゃう(ん)」と呼ばれていたほど、昔はなんで も潔く捨てていたのに。
本日、大整理を決行。
あげく、どうしても捨てることができないコレたち。。。
★福砂屋のカステラの桐箱。桐が好きだから。
★ウエストのドライケーキの缶。缶の内側も同じ色だから。
★エディアールの缶。パリのマドレーヌ広場の店舗をデザインした缶 だから。
店舗部分をアップで。
★昨年のクリスマスにシャネルのお買い物で、紙袋の手提げ部分に 結んでくれたラインストーン入りリボン。シャネルの白が好きだから。
やっぱりどうでもいいものがどうでもいい理由で残ってしまった。
2006年01月28日(土) |
喧嘩見物、合いの手入り |
お鍋パーティ、といっても京大のけしからん企みとは違って、家を建て 直すのでその前にこの古家に縁のある者たちが集ってワイワイやろう ではないかとの趣旨ね。 それが油壺であった。 軽く見積もっても50人はいたのだから玄関は靴だらけ。 私は自分の靴を、玄関脇の供待ち部屋と呼ばれている小部屋に、こっ そり非難させておいた。
部屋によってお好みのお鍋にありつけることになっていて、おでんと すき焼き、ちゃんこなどが人気らしくダイニングとリビングは人で溢れ かえっていた。 知り合いはいないかと、奥にあるお祖母さまの居室だった掘りごたつ のある部屋の襖を開けてみると、お座敷天婦羅セットの準備がしてあり、 こたつで男が一人寝ていた。元ジャニーズで今は俳優をしているAだ。
部屋のすみで、さっきからついてきた猫のお夏と戯れていると油壺夫人 がやって来て、このお座敷天婦羅は人気がないからここでひっそり揚げ てみようと言いながら、小麦粉と水をこねこね混ぜて衣を作り出した。 水が足りないというので、キッチンからたっぷりの水を入れたピッチャー を持って部屋に戻ってみると、油壺夫人のダンナもいてなにやら険悪な 空気が流れているのだ。
掘りごたつで寝ていた元ジャニAは、起き上がっていて強張った表情な がら笑っちゃっているようにもみえて、なんなのだ?の空気。
と、突然、油壺夫人が手元の琺瑯ボウルに入った小麦粉を畳の上にバサ! とまき散らした。 それを見た元ジャニAが「あーーっ!!」と合いの手を入れた。 するとダンナが、ピッチャーに入っている水を、撒かれた小麦粉の上に ザブン!とかけた。 元ジャニAが「ひぇー!!」と合いの手。 油壺夫人がさらに小麦粉をぶちかます。 元ジャニA「おう!」 ダンナありったけの水を新たに撒かれた小麦粉の上にザーッ! 元ジャニA「おうおうー!」
なんだかものすごく合いの手が効いているんですけど。
それにしてもいったいこの夫婦は何をしているの? 畳の上で大量の衣を作ってどうするの? 元ジャニAと私は呆気にとられて眺めてしまう。
元ジャニAを隣室に引っ張ってきて「何なのあれは?」と訊いてみたとこ ろによると、ダンナがソースを冷蔵庫に取りに行きかかったところで喧嘩 が始まったのだと言う。 このままもう少し寝たふりをしていたほうがいいのだろうかと迷ったが あまりにも激しく粉と水が行き交うので。 それで思わず合いの手が入っちゃったというわけらしい。
うん。私は油壺夫人の「天つゆ!」と叫んでいた声は訊いた。 確かに天つゆも大根おろしも掘りごたつの上に用意されてあった。 ダンナは天婦羅をソースで食べたかったのだろうか? あの油壺夫人が、それを許すはずがないことぐらい承知しているダンナ だろうに。相変わらず子供みたいな二人だ。
とにかく他の客に気づかれなくてよかったけれど、思い出しても笑いが こみあげてくる夫婦喧嘩だった。
とびっきり愉快な夫婦喧嘩をみせてもらったんだもん、後片付けはまか せて! 小麦粉のぐちゃぐちゃぐらい泥んこよりはましよ。。。 それでも少しは後片付けのことを考えて喧嘩しろよな。
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