21世紀猫の手日記
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2025年03月31日(月) |
まぁ、せめて親くらいには大事な人だと思われたかったのだが。 |
というわけで、今日は朝からすっきりしています。気分がいい。
あからさまに、ネグレクトとか家にいないとか、殴られるとかばかりが、機能不全な家庭ではないよなー。直接的に何かがなくても、三食食べさせてくれ、ふろに入れて、病院にも行かせてくれても、……子供の心については全く無関心だったのではないか?と思う。
勉強しなさい、部屋をかたづけなさい、自分のものを持つな、執着するなみたいなことは、言われるんですけれど、……最終的には学力関係なしでわりと親の都合のいいところへ行かされてるので、あれだけ肩こり頭痛で頭が上がらなくなるくらいのストレスをかけても、特に意味がなかったんじゃないかと。結局普段どれだけいうことが聞けるか、みたいな忠誠心を試されていたんじゃないか。 進学にしても、仕事にしても。仕事は、できそうな雰囲気は出すけれどw適性は低いと思う。人種が違うと思うこと多い。えらいところきちゃったな、は2,3回はある。
で、あんまり認めたくはないんだけど、そこそこは大切には思っているんだけれど、自分は母親にはそんなに愛されてはいないんだなと思いました。人として最低限度の尊重と。能力が低いものへの保護的なものはあっても、愛情は残念ながらちょっとしかないか、もしくは母がそういう表現できなかったか、すごく苦手だったか。もしくは、波風たたせないようにしていたけれど、実は冷え切った家庭だったのではないのか。母が家に来たのも、父から様子を見て来いといわれたか、良い母親なら見に行くという感じで来ていたのかもな……。ほんとに来てほしい存在なら、恐怖じゃなく、感謝しただろうしね。
母、すすめてもパートとか働きには決して行きませんでしたからね。1円単位で家計簿つけるくらいなら、自分の使えるお金と時間を増やしたほうがいいだろうし、外出るって大事だよね。基本的に、父が無駄遣いするけど、生活は困ってないレベルだし。
それで、靴も服も何年も前のものはかわいそうと思っていた。昔の基準だから、着てればいいってことなのかもしれないけれど。母、家でもスカートとブラウスとストッキングにベストとか、……品位ある服装していましたな。ベスト手編みな。
買うと同じくらいのお金をかけて、毛糸で編んだりしていましたもん。趣味っていうか……、それで子供に背を向けてるくらいなら、買ったらええやんて思う。買わせないけど毛糸なら父が買っていいとOKを出したのか、昔は毛糸のほうが安かったのか?
まぁ、お互いを大事にするような、風習がうちはなかったな。どちらかというと、夫婦が生きのこるためのつながりだったのかな、ていう気がしなくもないです。両親共に、私をコントロールすることで、キズナとか家族感をだしていたのかな?よそんちみると、怒鳴りあっていないからと言ってかならずしもいい家庭ではない、という見本みたいな家だったのかもしれません。
完璧な親はいません。けれど、あたたかみはそんな感じませんでしたしね。家にいたら、安心できる、信頼できる、安らげる。寂しくない。うん、それ、ほぼなかった。私はずーっとないものをねだっていたのかもしれません。いつか話が通じるとか、期待していて逃げられなかったのかもな。(悲しい)
大体、私が母親で傷つくパターンが、子供〜幼児のころは寂しい、小学校高学年からは母親怖いがメインで大人になって、ほかの家やほかの人のパターンを学習すると、えっ、そんなに人の気持ちわからないんだ、ていうか、わかろうとしないんだ(驚愕)。でも、共産党はやるんだ。そっちのほうが正しいんだ!?
……自分は、愛されてるはず、理解されて(もしくはしようと努力している)いるはず、大事にされているはず、という前提だから話をするたびにえらい傷ついたのだろう。お互い感情を大事にしない両親だったのかもしれない。多分、母はいろいろ我慢していただろう。
ぶっちゃけると、母と親しかった共産党員のおばちゃんも、母が倒れてから、父に「もう、活動はできないので母にかかわらないででください」で、こなくなっちゃったんです。時効ですけれど。私、そんとき、ちちにはむかえませんでしたが、人の人間関係をそうやって切ってもいいのかな?って思いました。
母の携帯の解約法とか調べてくれた人でした。私は全然わからないし、携帯の会社は本人意識不明では、解約できないとかいいはったりしてたんですね。本人じゃないからとか、NTTさんがwこの忙しい時に足を引っ張る引っ張る。他にも母が倒れた時にいろいろ調べたり教えてくれた。
でも、本当に友達だったのなら、ご迷惑かもしれませんが、心配なので落ち着きましたらそちら様の許可を得て一、二回くらいお顔見に行かせていただいてもよろしいですか?本当に何回かでも構いません、死ぬまで付きまとうとかそういうわけではないですとか……。
……15年以上付き合いがあるのなら、そういう食い下がり方をしても、別にババア同士しつこいとかストーカーとか思いませんよ。共産党しつこいとおもうかもしれませんが。父はどう思うか知らんけど。ああ、倒れても、活動ができなくなっても、心配してくれるいい友達が共産党でできたんだ、良かったなと思いますね。
父の一言で、見舞客というか、もしかしたら話しかけてくれるかもしれない人を一人失ったんですよ。結果的に母はある程度意識戻ったし。それで、その人は、来なくなった。しょせんビジネスなおつきあいだったのかと思いましたな。がっかりした。チラシ配れない人はいらんみたいな。
父は、仕事として生徒とかかわって、非行しないよう、目標見つけるとか、勉強したくなるような指導はしていたけれど、人とのかかわりって得意ではなかったのじゃないか?身近な人の心のうちなど考えたことがないのでは?すごく自己中心的だったのではないかと思います。服とか母出してましたしね。世話はやかせていた。
転職回数wとか、学歴なんかを考えると、自分をよい子にはカウントすることはできなかった。でも、パターンとしては、吐きながらも何年も両親の言うことを頑張って聞こうとしていた、私は良い子を演じていたほうですね。何十年も悩んでいてそうなんだという感じがしました。かしこのカウンセラーとかにあわなかったらもっと迷っていたと思います。
できれば、そういう感じに困っている人をたすけられたらなぁと思います。けど、それで金をもらうとなると、精神科か?いやー、急がなくていい。ちょっと考えたほうがいいかもな。共同作業所とか銭にならん感じがするし。リタリコなんとか、とかともちょい違うんだよな。相談?むりっぽいしな。話きいたら一緒に泣くわ。(苦笑)
そういう人のつらいっていうのは、本当に辛いし、死ぬ直前まで我慢していることが多い。まぁ、金を出すとかださないとか、生死や意思を握られてる人も多かろう。なかなか精神も安定しずらいだろうし。まず、自分の意志すらわからないもん。
なんかできねぇかな。
zaza9013
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