今日、売買担当のオヤジの契約があった。 このところ地価はどんどん下落しているから、手数料としてはたいしたことはないけれど、それでも不動産の契約だ。 ワタシ達にとっては、ほんとに小さな契約だけれど、買主にとっては決して小さな買い物じゃない。
その契約のまえ、客待ちしてるオヤジと給湯室の前であった。 今日も朝から鬱陶しい雨で、なんとなく天気の話題になった。 そこで、オヤジが例のごとく貧乏自慢をはじめた。 「なぁ、今日の靴さ。内緒やけど、いくらや思う?」 言われて、足元に目線を落とした。 履いていたのは、形こそカッチリしているけれど、合皮であることは一目瞭然の、誰が見ても「高くない」と分かる靴。 「へっへっへっ。コレ、堂島で1000円やってん〜」 オヤジは得意げにのたまった。 「いつもこんな靴ばかり履いてへんで。梅雨の時分やからな、いい靴履いててももったいないし、実際革靴やと滑ってあぶないしな」
それは、正論である。 けれど、それを今日のお客さんが聞いたらどんな風に思うだろう。 1000円の靴は契約には関係しないけれど、なんとなく軽んじられてる気はしないだろうか。 たまたま小さな契約で、お客様がうちの店まで出向いてくれることになっていたから、いつも通りのその靴でなんとも思わなかったのだろう。 けれど、これがもし億単位の契約で、大手法人相手で、契約のために相手の本社まで出向かなければならなかったとしたら、どうするだろう。 もし奥さんに「雨やからこっちの靴履いて行ったら?」と言われたとしても、ちゃんとした革靴を履いて出向いたのではないだろうか。
ちなみに、うちの社長は孫もいる年齢だけど、かなり大柄のレスラー体系で頭もツルッパゲだから、ヤクザにしか見えない。 そんな社長の愛用のブリーフケースは、無印良品の定番の布製だ。 60歳前後のオヤジが、無印の鞄を手に商談に来るのはどうだろう。なんだかアンバランスだ。その上、それが社長だったらどうだろう? 社長はいつも、数字を上げろ、結果を出せ、と営業に吼えてばかりいるけれど、ワタシは社長の鞄を見るたびに思う。 「あんた、その鞄で億の商談取りに行けるんか」
上半期、大きな商談を2件、小さな商談は片手にあまるほど活躍した営業さんがいる。 商談相手が大手法人だったり地場の社長だったとしても、気後れすることのないよう、自分の身なりにかなり気を遣っているのが見て取れる。 というより、相手に安心して任せてもらえるように、自分を「できる」人間に見せる技に長けているというべきか。 決して、見た目だけで契約を決めてきたわけじゃない。しかし、外見・物腰・押しの強さ・コミュニケーション能力、すべてが営業力として収束して、商談相手は「彼に任せよう」と判断したはずである。
小市民のワタシは、貧乏自慢のほうが身近だし好きだけど、やっぱりビジネス面では、億の契約を決めてくる営業さんに憧れる。
それから、自分にとっては日常でも、お客様にとってはめったにない体験をしてもらっているのだ…ということは忘れてはならない。 やっぱりサービス業の基本は、初心忘るるべからずだと思う。
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