無責任賛歌
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2005年10月11日(火) |
ほのぼの気分と切ない気分/ドラマ『1リットルの涙』第一回 |
出勤途中、同じく通学中の学生さんのなんちゃない会話に耳をそばだてる。 今日は、朝から涼しい風が吹いていた。駅の横の陸橋を渡っていた時、通り過ぎて行った男の子どうしの会話である。 「これくらいが涼しくてちょうどいいな」 「ああ、これなら走っても汗かかない」 「走ったら汗はかくよ」 「そうか? 俺はかかないけど」 「俺はかくよ。冬でも走ったらかく」 それだけの会話だけれども、ちょっと「秋らしいなあ」と思った。 ちなみに私も冬だろうと走れば汗はかく。もっともそれは私が太っているからだが。 こっちの日記でもたまにはこういうほのぼのした話題も書いてみたけど、いかがでしょうか(笑)。
とか何とか言いながら、また、殺伐とした話題。パキスタン地震について思うこと。 発生から三日が経つが、被害はまだ拡大の一途を辿っている。こないだのアメリカのハリケーンと言い、世界規模でこうも自然災害が連続すると、ヒトコママンガじゃないが、「終末は近い」ってプラカードでも掲げたくなる気分だ。今が宗教の儲けどころか。 やはり一番悲惨を感じてしまうのは同胞の死であって、イスラマバードの高層アパートで亡くなった国際協力機構(JICA)の楢原覚さんと、まだ2歳だった息子さんの輝ちゃんのニュースは、聞くだに暗澹たる気分に陥ってしまう。 もう十日ほど、地震が来なければ、二人は帰国して助かっていた。運命であるとしか言いようがないが、逆に、運良く助かった人もいるわけで、誰を恨むこともできないことがかえって恨めしい。「人間は何のために生まれてきたのか」なんて疑問を抱くだけ詮無いことである。 奥さんの楢原ひろみさんは、地震発生直後に旦那さんにテーブルの下に突き飛ばされてかろうじて助かったと言う。けれど、こんなに辛いこともあるまい。いっそ、一緒に死にたかったと思いもするだろう。けれど、自分を助けてくれた夫の愛情を思えば、これは死ねない。本当の悲しみは、一生かかったって乗り越えられるような生半可なものではないのだ。 神様なんていない。そんなことは分かっている。でも、いてほしいと切実に思うことがある。そして、髪に会うことができたらこう言ってやるのだ。「人間を将棋の駒にして遊ぶんじゃねえ」と。
テレビドラマの新番組を立て続けに見る。 『1リットルの涙』は、脊髄小脳変性症という難病で、若くして世を去った木藤亜也さんの日記が原作(ドラマでは、名前はそのままに名字だけ変えて「池内亜也」となっている)。昨年、映画にもなっていたのだが、全く気付いていなかった。 だもんで、私もこれが実録の難病ものだとはついぞ気づかないままに見始めたのだが、主演の沢尻エリカが豆腐を落としたりつまずいたりする描写が重なるのを見て、「ああ、これはもしかすると失敗したか」と後悔した。ドキュメンタリーはまだしも、こういう難病ものの再現ドラマは苦手なのである。 まさに沢尻エリカが、まだ自分の病気に気付かずに「私たちには時間があるんだから」なんてセリフを言うようないかにもな演出がイヤなんだが、一般的にはこういうドラマこそが「優良品」と評価されることも分からないではないのである。 日ごろ、病人のことなど考えようともしない健常者のミナサマがたに、彼ら彼女らがいかに生きようとしているか、それを知る機会が与えられる、という点では「闘病ドラマ」というジャンルはあっていいのだろうとは思う。一部の病人が見世物や人身御供にされようが、募金が増えたり行政への働きかけがしやすくなる実利があるなら、我慢しようと考える病気の方々もおられると思う。 しかし、そう現実的に考えながらも釈然としないのは、結局は「病人の本当の苦しみは、当人にしか分からない」という、これもまた一つのれっきとした「現実」があるからだ。 ドラマを見た視聴者の多くが、涙を流すことだろう。全国の視聴者の涙を集めれば、それこそ1リットルどころではなくなると思う。けれどもその涙が、亜也さんの流した涙と同質であるはずがないのだ。 多分、ドラマは、家族の愛に支えられながら亜也さんが病気に立ち向かっていく姿を描いていくことになるのだろう。その姿は恐らくは感動的で、人と人との絆を描く過程はきっと暖かいものであるに違いない。けれども、これまでもう数え切れないほどの「闘病ドラマ」を見てきて思うことは、それでもやはり病人は絶対的な「孤独」の中にいるということだ。その孤独は誰にも埋められない。だから病人はその孤独を人に気付かせないように、それこそ家族にすら悟られないように努力する。でもそうすればするほど孤独は弥増すしかないのだ。 そこまで踏み入って病気を描いたドラマというのを私は寡聞にして知らない。描けるものではないという気もする。だから私は難病ものが苦手なのである。 でも、沢尻エリカと薬師丸ひろ子が凄くよかったので、次回もつい見ちゃうとは思うけれど。
続けて『鬼嫁日記』。 タイトルほどに観月ありさはオニヨメではなくって、健気で可愛かったりする。旦那に「焼肉食いたいから早く帰れ」って言うのも、本当はやっぱり愛してるから、って雰囲気だし。あれならうちのしげの方がよっぽどオニヨメなのである。事実。
『タモリのジャポニカ』。 第1回は、敬語の間違いをいろいろ確認してみようって内容。解説が金田一秀穂さんだから、どうしても『世界一受けたい授業』のスピンオフ番組のように見えてしまうのがネックか。 だいたい、いくら「この敬語は間違ってる」と主張したって、今やそれを恥とも思わないどころか「言葉は時代によって変化するんだから」と開き直る御仁の方が多い時代になっているのである。松嶋尚美はやっぱり「よろしかったですか?」を違和感なく受け取っていたけれど、言語感覚がぶっ壊れている人間に「間違いですよ」と言ったって理解不能なんである。こういうのは小学生までで何とかしとかなきゃ大人になってからじゃもう無理なんでね。
このへんのドラマをずっと見てたので、裏番組の『終戦60年ドラマスペシャル 日本のシンドラー杉原千畝物語・六千人の命のビザ』は録画。 夜中になって見始めたので、前半までしか見られず寝る。 以前、杉原千畝を加藤剛が演じたのと比べると、反町隆史と飯島直子の夫婦愛を全面に出した印象である。 けれど、後半見る時間が取れるかなあ。
2002年10月11日(金) 呪う女(・・;)/『お笑い創価学会』(佐高信・テリー伊藤)/『世紀末リーダー伝たけし!』1巻(島袋光年)ほか 2001年10月11日(木) なぁじぃかは、知ぃらねぇどぉ♪/『ナジカ電撃作戦』第1話「華麗なるエージェントは 一輪の薔薇と共に」ほか 2000年10月11日(水) スパイと台湾論とこげぱんと/『こげぱん』(たかはしみき)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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