カフェの住人...

 

 

第十七話 〜甘い夢を見る彼女〜 - 2003年11月20日(木)






甘いお家を夢見る少女がいた。



彼女はパティシェ。

いつか自分の店を持ちたいと言っていた。



時々ここへも、色んな美味しい手作りのお菓子を持ってきてくれる。



とってもスロウな話口調に、眠たそうな顔。

都内のちょっとしたお嬢さんで、三人姉妹の末っ子。

歳も私とそれほど変わらないのだが、背丈も大きいわりには

なんだか少女の様に純粋なままの人だ。



そんな彼女が作るものは、ほとんど無添加、無農薬・・・

といった材料で出来ていて、素朴なところが

ちょっと本人と似ている。



それに似つかわず、お菓子を作っている時の眼差しと手さばきはとても凛々しく

いつもの彼女からは想像しがたいほどだ。

そんなギャップがまた、彼女の味なのだろう。





製菓学校を出た後、都内の菓子有名店で何年か働いていた。

ちゃんとしたフランス菓子で、タルトやパイ

名前など一度聞いただけでは憶えられない様な名前のスイーツばかり。

一口食べると、その中で何種類もの生地や果実、クリーム、エッセンスなどが

素敵なハーモニーを奏でている。

私も、その有名な店のものは幾度か頂いたが

その素材たるや、日本では手に入らないものばかり。

ぺろりと食べてしまうににはもったいない感じである。







数年前からの知り合いであり、お互い夢を持つ者同士という繋がり。

この住家をつくるときも、色々相談に乗ってもらった。

一足先に私が自分のアジトを作るにあたり、

惜しみない協力をしてくれた友人の一人でもある。





そんな彼女に対して、私はこんな事を思っていた。

お菓子に関わる仕事をしているものの、

せかせかとした時間の早い都会の中にいるのは、少し違うように思えてならなかった。

素朴で真面目なだけに、息苦しそうに見えて仕方なかったのだ。

そんなのは余計なお世話なのだと知りつつ

『自然に囲まれた大地で、素敵なケーキ屋さんでもやりなよ』 

と、随分言ったものだった。



けれど、彼女は優しすぎた。

家族、周りの事、色々考えると自分の思うがままのことは出来ないでいた。







ところがある日・・・

信じられない事が起きた。



お兄さんが突然亡くなった。

彼女のお姉さんの旦那様。

そしてお姉さんは臨月・・・





こんな事があるだろうか。



私も幾度か

『お兄さんは仕事がとても大変らしい』

というのは聞いていた。

それを彼女はとても心配していたというのに。



ストレスによる心筋梗塞。

お姉さんは出産を控え、実家に戻ってきたばかりの出来事。

お兄さんは一人で誰もいない家で息を引き取っていたという。

あれだけ楽しみにしていた赤ちゃんの顔も見ずに・・・







家族の思いは想像すら出来ない。

私はただ、見ているだけ。

けれど私にとって彼女は、大切な友達。

大切な友達の家族もまた、大切なのだと思うと

刹那さがこみ上げてくる。



家族は時間が経つのを待つしかないのだろうか?

それはどう考えても分からない。







ただ・・・

お兄さんはどんなメッセージを残したのか。

身体を張って教えてくれたものとは。

残された者が知らなくてはいけないものは何なのか。





それは

‘自分が本当にしたい事をしなくちゃいけないよ’

‘人は愛する者の笑顔を見る為に存在するのだよ’

そんな事ではないだろうか・・・





時間がかかってもいい。

甘くてとろけそうなケーキ屋さんを・・・

どうか彼女が夢を叶えられますよう・・・





そう願ってやまない。





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