第二十話 〜住家のお話〜 - 2004年01月31日(土) 私はもう、ここへ来てから三十年以上経つ。 小高い場所にいるというのに 気が付く人は少ない。 十年、二十年もそのまま過ぎれば私だって年をとるのは人間と同じで すっかりくたびれ果てた姿だ。 皆が知らないのも無理はないのだろう。 だから、いつからか私は 静かに深い眠りへと入っていたのだった。 そんなもう目覚める事もないかと思っていたはずの ある秋の晴れた日 仲の良い女性二人がここへ訪れた。 なにやら私に興味がある様子。 私なんぞを庭にそのまま置いておいた持ち主も変わり者だが このオンボロに興味を持つなど まだまだ変わった人間がいるものだ。 それから少しすると 身体の芯まで凍りそうな冬の季節に入った。 そんな中 こないだ来ていたうちの一人が、なにやら私の掃除を始め 息を白く吐きながら毎日通い出している。 時折手伝いに来たと思われる家族らしき人間や 友達連中も一緒に、私にかまっているではないか。 中には、すっかりカビ臭くなった私に怪訝な顔をして そそくさと帰った者もいたが、それでも掃除や化粧直しは続けられ 段々と、その最初の一人がここへ‘想う風景’ と、いうものが私にも伝わってきた。 正直そのうち音を上げるだろうと思っていたが、しかし そうではなかった。 そして、気が付くと桜が咲く頃 すっかり綺麗にしてもらったこの住家が出来上がっていた。 それから毎日 様々な人間がここへ足を運んでいる。 色々な人生模様を垣間見せながら。 暑い日も、寒い日も。 人と出会う。 あの頃も、私は毎日人々と出会っていた。 それは懐かしい気分だ。 店主となった、その最初の住人が 時折ここへ来る人々に話している事に耳を傾けてみると こんな事を言っている。 『ここは、昔私達が大事にしていた おもちゃみたいなものなんじゃないかな? だから、ここにいると私達は かつて持っていた純粋な心になれる。 何が好きだったか・・・ どんな事が嫌いだったか・・・ おもちゃはなんでも知っているからね。 自然とさらけ出せるのかもしれない。 』 けれど、おもちゃも私も 何も手出しは出来ない。 する必要も無いのだけれど。 人はちゃんと自分の中に答えを持っているし 強くもなれる。 だから、ただ私は 暖かな眼差しの変わりに 温かな日差しを送る。 店主の淹れるコーヒーに ほんの少しの ‘安らぎの素’ を加えたりくらいしかしない。 私だって、人の笑い声の方が好きなのだから。 それでも、悩みというものは どんな人にも同じ数だけ配られているので 笑顔だけではない場合もあるだろう。 けれど 幼い頃のありのままの自分が感じたものを思い出してみると 案外、答えのヒントは隠れている。 だから、皆ここへ来るのかもしれない。 時代は変わっても、人は昔から変わらない。 笑顔も、泣き顔も 私はたくさん見てきた。 それでも、こうして時間を経て 世界は廻りまわって 再び出会える。 それは、ここへ来る人間が選んだ大切なひと時。 今や私にとっても、大切な時間となった。 だからまだもうしばらく、のんびり眺めるとしようか。 さぁ、今日はどんな住人達が訪れるのだろう・・・ -
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