僕は未熟者なんだと、とことん反省をした。 近藤真彦の歌ではない。
例えば、 誰かのちょっとした言葉に過剰に反応をしたり、
そして小学生の男児が 本当は好きな女の子に、「おまえなんて嫌いだ」 なんて言いながらイタズラをしたり。
例えがフィットしているかは別にして、 とりあえず未熟者なんである。
だけれども、そんな自分の未熟さを しっかりと認識できたことは、収穫である。 もう、同じ未熟さはなくなったのであるから。
いずれにしても、僕はこれまでも、これからも 自然体で生きていくんだろう。
今日、気づいた上に書いた例えのような未熟さを乗り越えても、 また新たな未熟さに気づいて、反省をする。
そんなことを繰り返しながら、 ただ自然体に僕はできあがっている。
未熟であるが故の尊さなんてものも、 きっとあるしね、なんて自分を慰めながら。
もうひとつ。
ゴールや目標や、理想の関係性等を考えることは、 本当にそこに向かう時の、ひとつのモチベーションには なるかもしれないが、何がゴールか、何が理想かを 考えつづけることにはあまり意味がないんだと思う。
僕が僕であること、自然体でいること、 未熟さに気づいて成長すること、 その先にたどり着いた今現在、そして明日のその瞬間が、 僕にとってのゴールであり、僕にとっての理想の関係性 なんだと僕は考える。
おわり
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