信じるって、何だろう。 誰かを信じるって、どういうことなんだろ。
「信じてるよ」って言葉で伝えることって、 余程のことが無い限り、なんだか疑うことを打ち消す道具に思えて。 無性に悲しくなる時があるの。
信じてるのは、貴方の、何? 誰の、心なんだろう。
信じることは、疑うことの裏表。 人を疑う人は疑われ、 嘘をつくひとは人に怯える。
どんな人も、基準は自分の心だから。
誰かを信じることの出来る人は 自分の心の中に在る、胸に映る世界を信じられる人だ。 そして、人から信じてもらえる人。
それは、自然と人が呼吸するように、 息を吐いては吸う行為と同じく、
意識しなくても出来てること。
気がつけば、きっと引き合うんだ。 「信じる」なんて、そんな言葉、要らないことに、 もっと早く気付きたいな。
それは、自由な心につける足枷であると同時に、 変わることの出来る、人の心への、精一杯の希望。
本当は、ほら、
息をするように簡単な事なんだ。 でも、その大切さって、なかなか気付くことが出来ない。
だから不安になる。幾万通りもある、可能性に怯える。 信じるって、なんだろう。 誰かを信じるって。
…本当は、その人を映す自分の胸の中に、答えが在る。
探し当てるのは、自分の力。 でも、他人の力がないと、それは目に見えないんだ。
だから、答えが見当たらないと、また人は不安になる。
不思議なものだな。 割り切れない。不思議なものだ。
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