きっと どこかで
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学期末のたびにある、子供の通う小学校である個人懇談。要は、「学びのたより」を親が先生にもらいに行く、そこでその学期の子供の様子などの説明が先生からある、というようなもの。
あまり話をしないで帰るのも悪いし、長く話すと、他の人の迷惑になるし、と難しいところ。私の場合、話し出すと長くなる場合が多いから・・。こういう定例の個人懇談では、先生の話に相槌を打つか、合いの手を入れる程度にとどめておこうと心に決めて最近は行っている。(他に話したい事があれば、別の日にってことで。そう、夏休み中も、1回学校におじゃまして、1時間くらい先生と話をしたんだもんね)ただ、やはり、うなづく程度では先生もものたりなさそうなので、多少学校の様子を聞いてみたり、家での様子を話してみたりもする。
今回は、夏休み前にも、個人懇談をしたので、それから夏休み明けで1ヶ月くらいなので、そんなに変わりはないのだ。
ただ、今年の担任の先生は、発達障害でない、もう一人の子供の事(HN:ケン)を、かなり気にかけてくれている。そうなんだ。発達障害のある子供(HN:ユウ)の方は、私も先生にしょっちゅういろいろお願いにもいっているので、かなり、先生も、ユウは面倒みないといけない子なんだなと思ってくれている。ただ、ケンは、まあ、目だって問題はないし、ユウにどうしたってみんなの目は常に行くので、ケンはほおっておいても大丈夫ですよ、と言われてきた。
でも、今年の先生は違っていた。ケンがどう思っているのか、すごく気にかけてくれていた。小学校5年生くらいになると、友達どおしでも、兄弟の事が話題になることがあるらしくて、ケンに、同じクラスの男子が「お前の兄ちゃん、こんなことしよった」とか話す事あるらしくて、そういう場合、ケンは、「そうなんだ・・」とちょっと笑って答えているらしい。
そして、どうしてケンの先生が、ケンのことを心配しているのかというと、ケンは、勉強もよくできるし、発表させたら、きちんと自分の意見も言える力を持っている。でも、それを、自分から積極的にアピールしないのだ。いつも人の後に行こうとするようで、それが先生は、気になっているらしい。先生は、「まあ、もしかしたら、性格なのかもしれませんけどね・・。」と言いながら、「でも、もしかしたら、自分には、ユウのようなみんなの手をとる兄弟がいる、それがケンくんの行動をセーブしているのかもというふうにも思えるんですよ」
そうなんだよなあー。私もそれを一番心配している。
ケンの担任の先生は、「ユウくんのような兄弟がいることで、引け目を感じる事なんてないんだから、ケンくんは、別の人格として、伸びていってほしいんです・・」と言ってくれた。なんだか涙が出そうなくらいうれしい言葉だった。
こういうこと、今まで言ってくれた先生っていなかったから・・。
旦那に家に帰ってそれを話したら、「これだけ勉強も他のことも出来るんだし、いいんじゃないか、これ以上望むのは、欲じゃないか」と言われてしまった。確かにそうかもしれない。取り越し苦労でなければいいのだけど・・。
2005年10月06日(木) |
グレード合格とエレクトーンフェスのパート |
以前、ヤマハピアノグレード6級を受けたと書いたが、先日、合格証書をいただいた。成績はそんなに悪くはなかった。ヤマハのグレードの合格証書には、項目別の成績も書いてある。やはり、初見演奏の項目は、いい成績がついていた。あと、ちょっと自信あった、課題曲の表現力も、評価してもらえていた。他は、まあ、普通、ってところ。
子供もヤマハに通っていて、ちょうど、私のレッスンのない週に合格証書が届いたようで、子供が持って帰ってきた。その次のレッスンで、合格の話をした。ただ、私の場合は月2回で1回30分レッスンなので、あまり無駄話をしている余裕がない。1回のレッスンで4曲くらい見てもらっているので・・。
さて、ヤマハは11月にある、エレクトーンフェスティバルの準備をしているところ・・。私も、先生から、参加してみますか、と聞かれ、参加したい、という返事をしてあったので、先生がメンバーを捜してくれて、あるグループに入れてもらう事になった。と言っても、実際会ってみると、メンバーの2人は、去年も一緒にしたメンバーだった。
曲は、その中の一人に先生が選曲をまかせたようで、楽譜をもらった日に、(レッスンの日)パートを決めるから、夕方来てくださいとのことで、先生は、みんなで集まって決めたら公平だから、ということだったが、みんな、お互いの演奏能力も考えながら、自分のパートも決めるから、そうそう自分のやりたいパートに立候補するわけではない。
結局、お互いの話し合い、他の人の推薦、などで決めた。今回は、以前から、やりたかった、対旋律パートとなった。ピアノなどの鍵盤楽器をする前は、オーケストラやブラスバンドでクラリネットをやっていた私なんだけど、クラリネットは、旋律を受け持つことがほとんど。エレクトーンのアンサンブルの場合は、誰でもどのパートでも受け持つことが出来る。エレクトーンにより、出せる音に多少違いはあるのだが、それは、楽器を変われば済むこと。同じ鍵盤だから、そんなに違いはない。(タッチなど、多少の違いはあることはあるが)
もう何年か続けて、エレクトーンフェスに出ている私なのだけど、毎回、いろんな機能をその度に覚えさせてもらっているなあと感じる。今回は、ニーレバー。ニーレバーとは、ピアノのペダルのような機能を持っているものらしい。それを使うと、ピアノで、ペダルを踏んだ時のような、ちょっと延ばし気味の音になる。
その後も、レッスンがあったのだけど、その時は、エレクトーンフェスの曲は、見てもらってなかった。先生からは、「練習してる?」とは聞かれたけど、1パートだけの練習など、普段のレッスンでしてもらうのはもったいないと思ったので。
その後、みんな集まって、1回目の合奏をしたんだけど・・。ちょっとあせった私。結構みんなきちんと弾けているではないですか・・。私は、まだまだ2ヶ月あるからのんびりでいいや・・と思っていたのであわてた。ちょっと自信のないところがあるので、次のレッスンでは、エレクトーンフェスの曲をみてもらうことにした。
ベースパートの人などは、もうすでに楽譜見ないで弾いているし・・(もう覚えたって事?)私は未だに繰り返しだとか、戻りのある部分でどこに戻るか捜したりしてるし、だいぶ差がついているなあと思った。
もうちょっとこちらの練習も力いれなければ、と思ったことだった。
2005年09月25日(日) |
ドラマ「電車男」終了 |
覚えているうちに書いておこう、ということで、ドラマ「電車男」のことを書きます。
実話を元にしたフィクションとは書いてあったけど、どこまでが本当なのかな、と思いながら見ていた。
それにしても、最後ハッピーエンドで終わるにしては、主人公の相手役の女性、青山さん(エルメスさん)、主人公の男性、山田さん(電車男さん)に対して、ちょっとそっけなさすぎないか、と思った。そっけないから、最後までどうなるのか、わからない、ってところで、ドラマとして、興味を持ってずっと見続けるという、製作者側のメリットがあるのかもしれない。
インターネットの掲示板でのやりとりは、見ていて面白かった。いろんな人が、電車男を応援していて、見ず知らずの人の為にここまで一生懸命なれる人がいるなんて、今の若者もまんざら捨てたものじゃないなという気がした。(いや、私もまだ若い気でいるけどね・・でも、若者と言われる年じゃないもんね)
電車男さんにこんなに想われた、エルメスさんは、幸せだろう。恋愛なんて、最初はふとしたきっかけで始まる。でも、この場合は、ふとしたどころか、大事件がきっかけだ。(相手の女性が酔っ払いにからまれるという)
当然、お礼はするだろう。それが、まともな人間のすることで、その後、食事に誘われたら、まあ、最初は私も付き合うかな。後どうするかは、その時の印象で変わるんだろうけど。ドラマでは、いろんな事件が、エルメスさんに起こって、その度に、電車男が助けるということが続き、その誠実さに、しだいに好感を持つ、というところかな。
一途な想いを持っていた電車男さん、最後は、勇気をふりしぼって、告白するわけなんだけど、エルメスさんはその想いを受け止め、自分もそんな彼が好きだと告白する。両思いを確認して、二人はラブラブムードに・・。
そして、掲示板で報告して、恋が成就したことを告げると、その住人からは、もうここにいる必要はない、と言われる。ここは、この実際のインターネット掲示板を知っている人でないと、わかりにくいところかも。ドラマ上では「Aちゃんねる」となっているのは、「2ちゃんねる」のことでしょ。
ここは、すごく多くの掲示板があり、それぞれ、内容により専用板が分かれている。それで、そこから話題が少しでも違ってくると、板違いとか言われたりする。
電車男さんの場合は、エルメスさんと両思いを確認するまでは、その板でよかったんだけど、両思いになったら、もう、その板ではその話題は書き込みできなくなる。板違い、という扱いになるわけだ。
板違いの書き込みは出来ないから、電車男さんや、そのスレッドをずっと見守ってきた人達は、お別れの書き込みをするんだよね。それが、ほんとにずっと一緒にいた人達の別れみたいで、結構感動的・・。そして、1スレッドは1000までというルールがあり、それ以上は書き込みできないようになっている。で、お別れのメッセージで残りを埋めていこうという話になる。そして、最後の1000は、電車男さんが書くことになる。そして、お別れのメッセージを書いた後、「もう書き込み出来ません」というようなメッセージがパソコン画面に出て、もう、この人達ともお別れなんだと思うと、なんだか泣けてきてしまう・・・。
電車男さんはこれから、エルメスさんを守っていってほしい、恋を成就させたんだから、というのが、みんなの願い・・。頼りなくも思えた電車男さんだけど、エルメスさんを守れるのは、君だけなんだ、とみんなが励ます。そうだね、好きな人と一緒にいる、っていうのが、一番幸せ。それだけで、うれしい・・。こんな時期も私にもあったなあ・・。なつかしい・・。
じゃあ、今はどうかって・・?今は、いろいろ忙しくって、そういう雰囲気はないなあ・・。でも、この人と結婚してよかったって思ってる。
9月は、連続ドラマ終了の時期なのかな。お気に入りドラマ「がんばっていきまっしょい」「電車男」どちらも終わってしまった・・。
この2つとも、最初は映画で出て、その後テレビ連続ドラマで出て、というパターン。最近このパターンが多いような気がする。
私の場合は、映画はなかなか見にいけないので、ドラマの方で見るというのがほとんどだけど・・・。(パニック障害持ちのためー混んだ場所、閉鎖された場所が苦手)
「がんばっていきまっしょい」は、愛媛が舞台のドラマ。以前映画化された時、愛媛の知り合いが話していたので、興味を持った。お隣の県に住む私としては、方言など、似ている気がして、それだけでも親しみが持てた。
ボート部の女子高生達の青春ドラマ、あまり恋愛話も入ってなく、(でもちょっとはあったね)、部活動に一生懸命取り組むという内容が、いつになく新鮮でいいなあと思った。
私もとにかく高校生時代は、部活動(吹奏楽)一生懸命やったもんね。練習は毎日で、厳しく、私はその中では真面目なほうではない部員だったが・・・。でも、なんだかんだいって、3年の夏のコンクールまで続けられた。合宿のこともいい思い出、コンクールやコンサートのことも懐かしい。
そんな自分の高校時代も思い出しながら見ていたドラマだった。
ドラマの話に戻るけど、「悦ネエ」は最後の大会に出なかったんだねえ。ドラマ、毎回見ていたわけでないので、事情がはっきりとは分からないんだけど、途中で、貧血か何かで倒れてしまうんだよね、その後しばらく練習を休むようにドクターストップを受けるんだよね。それから、大会向け選手からは外されたのか・・と思う。
そういうこともあるよなあと思いながら・・。でも悦ネエのがんばりはみんなが認めていたところ、たとえ選手になっていなくても、大会史に名前は残らなくとも、部員のみんなの心には残っている、かけがえのない仲間として・・。
私は、表に名前が出てきている人間以外に、その人達を支える人達が大勢いること、気づくようになってきた。表に名前が出ている人間も立派だけど、その人間を支える人間も、立派なんだということ。
がんばっていきまっしょい(10月末まで)
「電車男」の話はこの次・・。
2005年09月22日(木) |
母の葬儀翌日以降(その2) |
母の葬儀関連の話に戻ります。
葬儀の時、香典や花輪などをいただいたし、私も出した。私の場合は、実の娘として出した訳だが、実際は、私の名前でなく、旦那の名前で出す。葬儀の一般的なしきたりらしいので、そうしたが・・。香典も、従姉、従妹(いとこ)から来た物は、旦那さんの名前になっている。だから、え、この人誰だっけ、というのがあったりして・・。でも、父は結構いろいろ覚えているので、誰だか、だいたいわかるようだった。
だから、葬議場では、受付で、香典を貰う時に、故人や、喪主やその家族との関係を書く紙を別に渡して書くようになっているんだなあと思った。でも、それにも、続柄をきちんと書いてあったのは、ごくわずか。貰った数も少ないので、ほんとにわからないのはなかったけど・・。最後にわかった人・・従弟の奥さんの実家・・。結婚したのが最近だったし、そんなところからは、あまり来ないもんで・・。
せっかく出しても、この人誰だかわからないなあ、と思われない為にも、続柄は書いておいた方がいいと思う。そうでないと、やはり、失礼になるからと、喪主や関係者が、どういう人か、調べることになるから・・。後、最近は、お返しは、自宅へ送ることがほとんどだと思うので、自宅住所、できれば電話番号も、書いておいたほうがいいと思う。
翌週の月曜日から、出勤。結局、1週間休んだことになる。(土日を含めて)研修を、母の臨終が近いという理由でキャンセルした私だったのだが、母は亡くなったので、キャンセル料も職場で出すからという話を上司がしてくれた。あと、いろいろ東京の方とも話をしてくれていたらしく、別の日程で、同じような研修があるらしいから、それに行けばいい、という話をしてくれた。
また、2週間後くらいの土日に、職場の親睦旅行に行く予定になっていたのだが、研修をキャンセルして、親睦旅行に行くのもどうかと思う、という上司の話で、こちらも、キャンセルするという話で、上司がこれも連絡してくれた。
実際、7日ごとの法要が土曜日にあり、行けるような状況ではなかった。毎週の法要が1ヶ月くらい続き、子供達は、すっかりお経を覚えてしまった。これは、お坊さんからも誉められて、子供達もますます得意げ。旦那の実家とも同じ宗派なので、その後の旦那の実家の法要でもお経を読んで、そこのお坊さんにも誉められて、ますます得意げに・・。意味は分かっていないんだろうけどね・・。まあ、大人でもほとんどがそうだと思う。意味はわからないけど、お経をあげることに、意味があると感じる人が多いらしい。
意味がわからない、と思っていたお経だけど、お寺さんが持ってきてくれた本には、ちゃんと、日本語での意味(訳とでもいう?)が書いてあった。これをじっくり読めば、意味もわかった上であげるお経になるので、自分としても納得できそうな気がした。
意味もわからず、読むお経に、疑問を感じていたので・・。
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