きっと どこかで
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2005年12月14日(水) 「浜田省吾」のコンサートに行ってきた(その1)

7年ほど前にパニック障害という病気になったのと、子供が出来て、自由に一人での外出が出来なくなったため、コンサートなどにしばらく行っていなかった私なのだけど、先日、「さいたまスーパーアリーナ」で行われた、「浜田省吾」のコンサートに行ってきた。

パニック障害の症状も落ち着いて来ていて、かかりつけの医師からも、もう、そろそろお薬なしでも大丈夫だと思いますよ、とも言われている。また、子供も、私がいなくても、家で留守番も出来る年になった。

それで、私の住んでいる地元香川からはちょっと遠いが、埼玉まで行くことにした。他の地方でも、コンサートはあったのだが、私の仕事の日だったり、子供の習い事の行事があったりなどして行けず、この土曜日の埼玉のコンサートなら、日程的に大丈夫だったのだ。ただ、埼玉の場合は、日帰りは無理なので、一泊することにした。土曜日は、近くに住む、実父に、子供を頼んだ。日曜日は、ダンナに、休みをとってもらって、子供達の面倒を見てもらうことにした。

さて、朝の飛行機に乗って、羽田で降りて、まず、宿泊先のホテルへ向かう。荷物を部屋に置いて、軽く食事をしたり、部屋で休憩したりした後、コンサート会場である、「さいたまスーパーアリーナ」へ向かった。すでに、駅前から人で一杯だった。もう12月ということで、駅前から、クリスマスの飾り付けがしてあって、きれいだった。入り口のグッズ売り場は、人で一杯。並んでいる状態。あきらめて、会場の中へ入る事にした。

手に入れた席は、アリーナ席。でも、後ろの方の席なので、おそらく、ライブが始まったら、みんな立ち上がってしまって、ステージはほとんど見えなくなるだろうと思ったが、パニック障害の持病のある私としては、後ろの方の席の方がいいのだ。2階席でもチケットとれそうだったのだが、どちらがいいか悩んだが、結局こちらにした。2階席以上の席は、途中の移動がしにくい、とあるサイトに書いてあったので。

会場内に入ったのは、開演1時間前。それでも、結構多くの人が中に入っていた。私の隣の席は、20代か30代くらいの男性2人組。その他は、夫婦らしき男女・・。開演前に話出来そうな人いないなー、と思ったが、しかたないな、と思った。


2005年12月13日(火) 軽度発達障害者支援の動き

今日の朝日新聞香川欄のところに「軽度発達障害者支援の動き」と題した記事が載っていた。

(該当の記事は、朝日新聞社のHPでも参照出来ます。)
asahi.com MY TOWN香川「軽度発達障害者支援の動き」

私の地元の、軽度発達障害の最近の支援の進み具合を書いてある、といったところかな。でも、こういうものを、記事として、取り上げてくれる、というのはありがたい。知識を持ち、また、正しく理解してくれようという人が一人でも増えれば、私達家族も、本人も、過ごしやすくなるのではないかと思う。

本人や家族の努力だけでは、どうにもならないことがあるのだ、ということを理解してほしい。また、同じように悩んでいる親御さんには、適切なアドバイスをしてあげる人が一人でも多くなれば、いいのにと思う。

最近、こういうセミナーが地元で開催されるようになったり、感心を持つ人は増えてきているようだ。やっと、行政サイドも動き出した、という感じだ。これは、私達の先輩方が、あちこちへ働きかけをしてきた成果が今頃ようやく出てきているのかもしれない。

新聞によると、「最近こういう子が増えてきたと思う。」という話。これは間違いだと思う。気が付かなかっただけだ。私の母は昔保育園で働いていたが、昔からこういう子供は、少なからずいた、という話だ。でも、バカにされたりして、十分なケアが受けられない状態だったらしい。

障害、ということへの理解。どんな障害を持っている子供でも、適切な時期に、その子にふさわしい教育を授ければ、立派に育つのだ。そういうことが、最近、ようやく理解され始めた。そりゃ、普通の子供と、全く同じところまで、というのは、無理にしても、その子の持つ可能性というのは、どこにあるかわからないのだから、それを見つけ出すのも親や教育者の腕にかかってくるのかな。

教育関係者の、軽度発達障害児への対応については、まだ、みんなで話し合っている状態。どうするかは、個々の対応にまかせられている状態だ。当然、場所により、差があるだろう。いい教師に当たればラッキー、そうでないなら、親子共々、泣き暮らす・・そういうことも起こりうるのでは。

そういう事態を少しでも少なくするよう、現場の先生方には、頑張ってもらいたいと思う。親は、どの親も一生懸命だ。子供の事を真剣に考えている。そのやり方についても、適切なアドバイスの出来る人の増える事を、望む次第である。


2005年12月09日(金) ボーナス支給日

今日は、ダンナと私、どちらも、ボーナスの支給日だった。

ダンナの会社は、数年前から、ボーナス支給日は、朝7時出勤、現金支給だという・・。遅刻するともらえないかもしれないから、と早起きして、出かけている。

ボーナス、普段の給料以外に支給されるもの・・。なんだかうれしい。ボーナスでは、ピアノを買ったり、パソコンを新しいのに買い換えたり・・普段の給料だけでは買えないものを買うのにあてている。最近は、秋頃に買い物しても、ボーナス払いでもかまいません、と言うのもあるけど。ただ、ボーナスは、もらうまで、どのくらいか、わからない。給料の何か月分、と決まっている職場もある。そうでなく、役員会など(?)で決めている職場もあるだろう。

人によって違う、という職場もあるんだろうか・・。

さて、ボーナス!と浮かれている私達の職場に、来年度の給与関係についての書類が来ていた。具体的な事は書かれていなかったが、給料表を改定することとなどが書かれていた。まだ、具体的な話は決まっていないような感じではあったが。国家公務員の給与関係が改定されるので、それに併せて、この職場も改定されるようだ。すでに香川県の職員の給料表の翌年度分は作成されていた。

昇給の金額は少なく、長期に渡り勤めても給料があまり増えないように(財政を圧迫することのないように)階級も、あまり多くしない、給料表でも実質使われていないところは削除する、などが書かれていて、今現在勤めている人の給料は、新しい給料表に併せるため、しばらく昇給停止なども考える、というようなことが書かれていた。実際、どこまで、私達の給料に反映されるのかはわからないが・・。

香川県人事委員会

このHPの「平成18年度給料表・切替要領」を見ていただくと、そういう話がもう具体化されているのだな、と感じる。


2005年12月08日(木) 今日はジョン・レノンの命日

ジョン・レノン/ワーキング・クラス・ヒーロー
JOHN LENNON/WORKING CLASS HERO:DEFINITIVE LENNON(2CD)

ジョン・レノン/ワーキング・クラス・ヒーローJOHN LENNON/WORKING CLASS HERO:DEFINITIVE LENN...

今日は、ジョン・レノンの命日だそうだ。テレビの朝のニュースでも、新聞のコラム欄でも、書いてあった。

ジョン・レノンは、ダンナと私で、共通に好きなミュージシャンなのだ。私の場合は、「イマジン」という曲を、私の知人が、オーケストラアレンジで演奏しているのを聴いたのが、最初。それで、元の歌(ジョン・レノン)はどんなのかな、と思い、聴いたのがきっかけ。後は、以前、ちょっとだけ、ゴスペルコーラスに参加していた時、「パワー・ツウ・ザ・ピープル」を歌ったのだが、それも、ジョン・レノンの曲と知った。メッセージ性の強い歌詞を書くミュージシャンなのだなと次第に思うようになった。そんなきっかけで、聴き始めた私なのだが、ダンナにジョン・レノンの話をしたところ、ほとんどの曲を知っているという。私以上に詳しいらしい・・。

今日は、命日ということもあって、あちこちでとりあげられていたが、ここでアルバムジャケットを紹介しているものは、リマスタ版として、今年出された、2枚組のCDである(私も昨日知ったばかり。

私が持っているのはこちら。

ジョン・レノン/レジェンド JOHN LENNON/LEGEND
ジョン・レノン/レジェンドJOHN LENNON/LEGEND


2005年12月05日(月) 担任の先生と面談

先々週くらいの日に、ユウ(HN)の担任の先生と、面談をした。これは、以前、担任の先生に、ユウは、発達障害に関係する、再検査をすることになっている、ということを、話したところ、結果が出たら、教えてくださいね、と言われていたため。

約束は4時頃にしていたのだが、ちょっと遅れて、4時半くらいに学校に着いて、職員室に入ろうとしたら、ちょうど、職員会議をしているところだった。しかたなく、入り口近くの廊下で終了まで待つこととした。しかし、会議は以外に長い・・。そう思って待っていたら、中から、他の先生が出てきて、担任の先生を呼び出してくれた。

私「会議中だったんでしょう、終わってからでもいいですよ、待ってますから」
先生「いや、いいんですよ、まだ、しばらくかかりますから。」

ということで、近くの部屋で、話をすることに。

まず、私から、今回、病院の先生から言われた、診断名を告げた。先生の反応は、「なんだか聞いたことない名前」という感じ。私も、その診断名を聞いたとき、そう思ったんだから、同じである。まあ、いろんな診断名があるもんなんだなあ、と思った。

先生としては、学校で、ユウとどのように接したらいいのかの参考になる話を聞きたいようだった。私も、病院の先生と会った時、家で、ユウとどのように接したらいいのかの参考になる話が聞きたかった。お医者さんの仕事は、診断すること、そういう医師もいるが・・。でも、診断の他に、どのように接したらいいのか、それが、最も知りたい事なのだ。

そういうことは、お医者さんに聞くべきことではないのかもしれない。でも、そういうことを聞けるのは、こういうところだけという人も多いと思う。そんな訳で、お医者さんも、頼りにされてしまうだろう。でも、こちらが思うほどの話は聞けない、というのが正直な感想。まあ、いくら専門家とはいっても、子供をちょっとみただけで、あれこれアドバイスする、この危険性をよくわかっているから・・?

お医者さんが話してくれたのは、今のユウの発達の状態について。それを、客観的に話してくれた。(あまり詳しいことを書くのは、差し控えさせていただくが・・。)

ただ、今回、ユウの担任の先生と話していて気になったことを書かせていただく。病院の先生から、学校側でユウに、こういうふうな配慮をしてもらえたらいい、という話を聞いていたので、それを話したところ、通常の学級で、40人近くの子供を担任一人で見ている状況では、難しい、という答えだった。それは、今までいろんな先生と話してきて、もう、わかっている。

通常の学級で無理なら、それに替わるものを、何かユウには配慮してもらえないのか。そういう話を、ユウの小学校入学以来、ずっと、学校側に話をしてきている。校長先生にも、異動があるたびにお会いして、ユウの様子を理解してもらっているか、確認している。

我が家では、ユウには、障害児学級も視野に入れつつ、話し合いをしている。入学当初は、そういう話には、全く理解のなかったダンナも、ユウの学校の様子など話していくにつれ、だんだん、理解を示してくれるようになった。というか、ダンナの場合は、通常の学級でユウを過ごさせる為の、家庭でのユウへの指導が、自分(ダンナ)には、普段は帰宅も遅く、ほとんどできないから。私自身も、ユウにとって、今の学校での状態は、決していいとは思えない。勉強の事を考えるなら、ユウのペースに合わせた指導が期待できる、障害児学級がいいと思うし、それなら、その学級の子供だから、とユウの変わった行動に対する周囲の見方も違うだろう。

ただ、ユウは、障害児学級に入る基準を満たしていない。それで、入学後の話でも、断られてしまった。このあたりの話は、担任の先生にしておかないと、誤解されるおそれがあるので、今回、きちんと話をした。通常の学級で対応すると、学校側から言われているということを。

もちろん、今年の担任の先生も、ユウには、手をかけて指導してくださっている様子は、十分伺えるので、今のままでも、十分とも思えるのだが・・。気にかけてくれて、指導してくれる、それだけでも十分。ただ、ユウに合った指導の仕方かどうか、普段のユウをみている親の側からの確認は必要かと思うが。

担任の先生は、障害児学級については、今のユウの状態を見る限りでは、反対と、今までのどの先生も言う。勉強のことだけ考えるなら、個別指導も期待できる障害児学級がいいだろうが、ユウが身に付けるべきは、友達との関わり方とか、集団行動ができるようになることだろうと言われる。実は、勉強は、まあ、普通程度には出来ている様子なので。ただ、「集団での行動」に困難をもつユウ・・。小学校入学の時からを考えると、ずいぶん成長してきているなあと思うが・・?

でも、集団の中にいながらでも、集団行動がなかなかとれず、単独行動に走りがちのユウ。これを、どうすればいいのか、と担任の先生に聞かれたが、私やダンナの結論としては出来る範囲で対応してください、としか言えない。こうしたほうがいい、と言うと、ユウだけじゃない、大勢の子供を見ているのだから、対応できないと言われるのだから。

まあ、こうやって、話し合いの機会を持とうとしてくれているのは、ユウのことをなんとかよくしたい、と思ってくださっているからだろうと思う。ユウは、ある意味、幸せ者かもしれないなあ。こんなに思ってくれる人がいて・・。将来、そのお返しが出来るのかな、ユウ。

ユウは、心優しい子供に育っている。それは、みんなに優しく接してもらっているお陰であると思う。それは、ユウの財産だ。


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