一橋的雑記所
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まずいなあと思った。 目を覚ました時、こめかみに感じた鈍痛。 午後のアルバイトが始まるのが16時ごろ、終わるのが19時。 待ち合わせが19時半、後はどうなるのか、分からない。
holy night
群がる子どもたちを適当にあしらって、出口へ急ぐ。
「せんせー、デート」 「うん、デート。急いでるの」
無感動に応えると、隣のカトーさんが、また……ってな顔して額を抑えた。
「嘘は言ってない」 「思春期真っ只中の子どもたち相手だってこと、忘れてない?」
かみ合わないなりに痛快な言葉を返してくれるから、カトーさんは良い。
「思春期ねえ……あ、カトーさんってどんな中学生だったの?」 「覚えてない」
そんな事より、と駅に向かう道すがら何かの小袋のようなものを押し付けられる。
「何?」 「要らないんなら返して」 「滅相も」
歩きながら早速紙袋を開ける。中から出てきたのは、厚手のハンカチ。
「何これ」 「一応、友だちだから」 「いやそっちじゃなくて」
ぱっと見可愛いけれどもありふれたタオル地のハンカチだけれども、良く見ると、生地からはみ出すようにしてひょっこりと頭が出ている。
「猫?」 「猫、嫌い?」 「や、寧ろ好き」
思わず吹き出した。何よ、とカトーさんが斜めに此方を睨んでくる。 真っ黒い生地で縫い取られた小さな猫の頭を指先でひと弾きすると、袋の中に収め直して鞄に仕舞う。
「ありがと、で、カトーさんって何月生まれだっけ?」 「それについてはまた今度」
時計を見ながらひらひらと掌を振ると、カトーさんは交差点の手前で右へと折れる。
「それじゃごきげんよう……だっけ? 彼女によろしく」 「何をよろしくしろって?」 「言葉のあやよ」
にこりともしないであっさりと向けられた背中に苦笑する。
「はいはい、ごきげんよう。良いお年を」 「それにはまだ、早いんじゃない」
振り返りもしないで返すと、カトーさんは動き出した人の波に紛れて行く。見送るとも無く見送ると、変わり掛けた信号に急かされて横断歩道へと駆け出してみる。待ち合わせの時間までにはまだ後5分ほど余裕があったけれども、多分彼女はもうその場所には着いている筈。急いで駆けつけた事をアピールしておいても損はしないだろう。そう思った。
続きは、実家のPCから無事サルベージできてから(えー)。
2006年01月13日(金) |
回り道。※ホントは061215. |
何になるのかまだ分からないので。 どうか、軽くスルーの方向で一つ(平伏)。
本サイトWeb拍手に軽く加筆訂正などして移動済みです。 レッツ、間違い探s(蹴倒
夕暮れ時、帰路についた子猫たちを見送って。 そのまま帰るつもりだった足取りの。 その向かう先をふと変えたのは。 多分、この心はまだ全てを。 切り捨てる事が、出来ていなかったから。
回り道
耳元を通り過ぎる風が、冷たく小さな音を立てている。 何かの音楽を連想させるそれを打ち消すように、出鱈目な鼻歌を響かせてみる。それがどうしてもマリアさまの心になってしまうのは、ご愛嬌というものだろう。
暮れなずむ中、校舎をぐるりと迂回してまでこの心が向かおうとしている場所は何処だろう。
ある意味無責任なまでに他人事めいた連想が、そのまま頭の中をぐるぐると回り始める。けれどもやっぱり、それらに痛む想いはこの胸の中には見当たらない。 脳裏を行過ぎるのは、古い温室、図書館、木立を抜けた先にある、小さな陽だまり。 忘れてはいけない面影を、少しずつ失い始めたそれらを次々と思い浮かべる内に、棚卸、なんて、今の気分に似つかわしいような、そうでも無いような言葉が不意に浮かんできて、思わず苦笑したその時。
「随分と楽しそうね」
木立を抜けるレンガ敷きの小道の途中、綺麗な立ち姿の彼女が佇んでいるのにやっと、気付く。
「そう見える?」 「ええ」
瞬時に走った動揺が何処まで面に現れたか分らないまま言葉を返すと、彼女はにこりともせずに頷いたから、殊更に軽薄な笑みを浮かべて見せる。
「可愛い子猫ちゃんたちと楽しいひと時を過ごさせて頂きましたから。そりゃご機嫌にもなろうというもので」 「祥子が聞いたら激怒しそうな発言ね」
彼女は、小揺るぎもしない端麗な無表情で応えてくれる。 随分と変わった、と思う。 二人、どうしようもない程距離を掴みかね、感情的なやりとりばかりを繰り返していた。あの頃から季節はやっと、一回り目を迎えたばかりだというのに。穏かに向き合う彼女の首に巻かれたマフラーさえ、あの日と同じ色をしているというのに。 吹きすさぶ寒風が二人の間をさらりと吹き抜けた、ほんの一瞬。 寒空の下、寒さに頬を赤くしてあの場所に佇んでいた彼女の、今にも泣きそうな顔をそこに幻視して。 思わず竦めた肩の先。 不意に。
「……何?」
驚いたのは、自分だけでは無かった。 きょとん、と擬音を当てはめたくなる位、見事に目を見開いた彼女の顔が、酷く間近にあった。
「……何でもないわ」
肩先に触れた後、速やかに引き下がっていった指先は。 制服越しだというのに、分るほど。 そして、あの日と同じに、確かに、冷たかった。
――……大丈夫、なんて言っても聞きやしないんだろうな。
口中小さく零した声は、再三吹き抜けた寒風にすら触れさせないまま飲み下す。
「何でもって……白髪でも見つけた?」
殊更におどけた声で風に逆らうと、彼女の形の良い眉が軽く引き絞られる。
「随分寒そうなのに、マフラーもしていないんだから。ちょっと、呆れただけよ」
言って、首に巻いたそれを解き、するり、とこちらの首筋に巻きつける。 きびきびとした、でも、優しい動きを見せるその手が指が、酷く気になって目が離せない。 お陰で、俯き加減の彼女の頬に浮んだ表情には、最後まで気付けなかった。
「……雪でも降るのかな」 「何でよ」 「蓉子が優しい」 「……失礼ね」
面を上げ、きっぱりと言い放つと彼女は、いつもと同じ真っ直ぐな背中を此方に向ける。
「私はいつでも優しいわよ?」
仄かに笑みを含んだ声に、はいはい、と惚けた声を投げ返す。肩越し、彼女の零す柔らかなため息が聞こえた気がした。
「遠回りして帰るには今日は寒いわ。せいぜい、風邪を引かないよう気をつける事ね、白薔薇さま」 「有難いお言葉、肝に銘じましてよ、紅薔薇さま」
いつからか視線をあわせない時にしか、優しい顔を見せなくなった。そんな彼女の背中を見送りながら、咽喉元を暖める柔らかい毛糸の中に、顎を埋める。さっきまでこの胸を、心を駆り立てていた何かが、そこに残る微かな温もりや香りに勢いを削がれ、ゆっくりと動きを止める。
こんなものか、と、自らを笑いながら。
いつの間にか辺りを覆い始めた夕暮れ色の中、随分と遠くなった彼女の背中を追うように、私は、歩き出した。
―― 了 ――
そろそろ、マフラー無いと寒いですよね、と言ふ事で一つ(何)。
2006年01月12日(木) |
海を見に行く。番外編(何)。※ホントは、061120. |
海を見に行こうと言い出したのは。 多分、私では無かった筈。
泳ぐには日暮れ時の風が随分と硬質に感じられる程に。 夏は盛りを過ぎてしまっていたから。 浜辺にも人はまばらで、だから。
「……遅くなったら、心配されない?」
風の中、そっと掛けた声は届かなかったのか。 彼女は、長い髪をその背中に躍らせながら歩く足を緩めない。
寧ろ、日が暮れきれば、心配をされるのは自分の方だと思い至り。 苦笑を通り越して乾ききった笑みが口元に浮ぶのを自覚する。
制服姿の彼女は、いつの間にやら靴も靴下もその手に持って。 ただひたすら、砂に沈むその感触を愛惜しむような眼差しを。 足元へと向けて、黙々と歩いている。 その面には、いつもと同じ、穏かな、無表情。
「夏には、海に行ったわ」
風に紛れるようなか細い声が、それでも確かに耳に届いた。
「父と母が、砂浜で私を待っていてくれた」
振り返らないその眼差しが、静かに、細められる。
「幸せだった」
でも。 その口元にも頬にも、笑顔らしいものは無くて。 でも。 その眼差しが湛える光は、とても、幸せそうな色を帯びていて。
どうすれば。 そんな風に全てを受け入れて。 あるがままに受け止めて。 密やかに、存在できるのだろうかと。
「………聖?」
思うよりも早く、言葉も無く。 伸ばした右手の中に、彼女の左手を納める。
「……遅くなるから」
零した声が余りにも言い訳がましい響きを帯びていた事に。 どうしようもない嫌悪を覚える心に、更に嫌悪を覚えて。 噴出しそうな感情から目を逸らす為に、彼女の手を強く引いた。
「そうね、帰りましょう」
やっと振り返った、彼女の瞳に口元に頬に。 浮んだ笑顔を目にした瞬間、この胸に満ちるのは。 安堵でも平穏でもなく、罪悪感じみた重苦しさ。
「有難う、つれてきてくれて」
ああ、そうだ。 海を見たいと言ったのは。 彼女の方だった。
― 了 ―
イラストブックの、あの一枚を思い浮かべつつ。
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