SS日記
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それは橙色に染まるグラウンドにおいて、酷く不釣り合いな光景だと阿部隆也は思った。
両脇を歪に白線で囲まれたグラウンドの中央、小高く盛られたマウンドの上に榛名元希が立っている。 榛名が背に宿す番号は『1』。 投手であり、エースでもある榛名がマウンドに居るのはごく当り前の事だ。 にも拘わらず違和感を覚える事が、阿部は幾度となくあった。 それはこんな血色の夕映えの中だったり、試合後の喧騒の中のほんの瞬間の事だったりするのだけれど。
そんな時、決まって榛名はここでない、遠くを見ている様に黒瞳を馳せ、その場に佇んでいた。
「―榛名さん」
焦れた様に声をかける。 が、返事は無い。 まるで息をする事すら忘れたかの如く、榛名は身動ぎ一つしない。
「元希っ、さん!」
怒鳴るように名を呼ぶ。 振り返り、僅かに目を見開いた後二、三度瞬かせてから榛名はにやりと口端を吊り上げた。 暴虐な程真っ直に阿部を見る、その姿からは先刻の違和感は消えていた。
「なんだよ?」
問われ、焦る。 何故声をかけたのか、阿部本人にもわからなかった。 思考が、白く染まる。
「―もう、遅いから。帰らないと」
無意識に口を吐いた言葉に、阿部はその理由を思い出した。
―そうだ、早く帰らなければいけない。 家へ。 安全な場所へ。
早く。
帰らないと 帰らないと 帰らないと 帰らないと
掌をじわりと汗が伝う。 冬の日は短く、空を闇が覆い始めていた。
「わあってるよ」
笑み、阿倍の肩を軽く叩くと、榛名は一人更衣室へと歩き出す。 その背を、一つ息を吐いてから阿部が追い―、無人のグラウンドにはただ捕り損ねたボールだけが残された。
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