昨晩というか、今朝方というか……午前3時すぎ東急目黒線の西小山駅付近を歩いていた。 ほんの数年前までそこには、西小山駅をはさんで、一直線の桜並木が続いていたのだが、今は駅の片方側のみに伸びていて、もう片方側は伐採されてしまった。数年後、ここにバスが留まれるロータリーができるそうなのだが、現在はまだ工事途中。できることなら最後の最後まで桜並木は残してほしかった。 しかし残ったもう片方側の桜は今年も見事な花を咲かしてくれた。今年の桜は息が長い。「花七日」というが今年はもう2週間近くその美しい色を愛でている気がする。武蔵小山で呑んだ後、普段はこの並木道を通ることはないのだが、この季節だけはこの道を通ってしまう。やはりおいらも「日本人」なのだろう。自然とこの美しい色に惹かれてしまう「何か」があるのだ。 その「何か」をちゃんと言葉にするのなら、その一つは「情緒」だろうか。この「情緒」の文明こそ、わが国日本が誇るべきなのだ、ということを数学者の藤原正彦さんが「国家の品格」という本の中で書いている。まだ途中までしか読んでいないので本の感想は改めて書くが、この本がベストセラーとなっている現状は、日本人が日本を、日本人が日本人としての自分を見失ってしまっているということなのだろうか。「勝ち組、負け組」「ヒルズ族」「自己責任」……最近世の中を跋扈するこれらの言葉は明らかに「情緒」の文明からはかけ離れた存在だ。 難しいことではないのだ。春になれば桜を美しいと思い、秋には赤や黄色の色様々な風景を心に感じる。こんな気持ちを持ちながら日々生きていきたい。
と、いうおいらも日々の雑踏にもまれ酔った時ぐらいしかこんな気持ちになれないのだが。
|