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「・・・大丈夫です・・・」 うっとりと蚊のなくような声で返事をしながら、わたしは彼の顔を見た。 間近に見える瞳の憂いが星のよう。長い睫毛ね、マッチ棒、何本乗せられるの?
「また、くるねー」 ジェニー姉さんに、思いっきりクシャクシャな笑顔をくれてやり、言外と表情で『捕り物お見事』とサインを送る。 足元がよたつく。みっともないなぁ(笑)。 ジェニーは目だけで微笑み、わたしを見送った。
店の外に出ると、まだ宵の口な新宿の街が口を開けて笑っている。 雨が降ったあとみたい。路が濡れ、ネオンもしっとりといやらしい。 もう一軒寄ってこうかしら。 クサッた気分に、毒を食らわば皿までなステキな『投げやり』が降ってくる。
どうしよう・・・ 巣に帰ろうか・・・ 帰りたくないな・・・
「ねえ」
突然背後から肩を軽く触れられ、ビクッとして振り向く。 わたしのナルキッソスが、少し前の時間に見せたのと同じ心配そうな表情で覗き込んでいた。 「ほんとに大丈夫なの?」 「びっ!びっくりした!なに?なんでここにいるわけ?」
声が裏返り腰がひけるほど驚いているわたしに、彼は照れくさそうにしながら 「ごめんなさい・・・。なんとなく・・・大丈夫かなって・・・」 そして、高めな声を低く厳かに抑えて 「ほら、街は物騒だからね」と付け加えてニイッと笑った。
突然クラクションが耳元で金切り声をあげ、大量の光を浴びたわたしは目を瞑り、躰全体がよろめいて車道の真中へかしいだ。 それと同時に腕を力強く引っ張られ、そのまま彼の腕のなかにすごい勢いで落ちていった。 車道脇で抱き合ってしまった。ドラマだわ、な展開をいま実体験しているわたし(密かに萌え♪)。 と、おちゃらけてみたけれど、ヒトの温もりをこんなに突然与えられるとドキドキして眩暈がする。わたしの唇のそばに、彼の冷えた鼻がすぐにあった。
「びっくりした・・・やめて? ボク体力ないんだから・・・」 わたしよりも、よほど動悸した鼓動を直に聞かせながら、彼は困ったように優しく笑った。
一緒に二軒目にいった。 彼は陽気によく笑う。 どんなに飲んでも品の良さを崩さない。 紳士のような優雅さと、少年のようなあどけない笑顔で話題も豊富。 こんなに飽きない魅力的な男、素人じゃないよね。 と、思っていたら名刺を渡された。
『レイヴン ロミオ』
「ロミオ?」 「そう、遊びにきてよ」 「はは・・・」
ホストだ。 ロミオは、赤い液体の入ったグラスを長い大きな指でなぞりながら、こともなけに言葉を続けた。 「でね、本名は山村常男っていうの。」
言葉も出なかった。
色んな思惑が怒涛のようにアタマの天辺からつま先までドドーーッと流れ落ち、一瞬・・・有り得ないけど『どっきりカメラ』かしらとか『ロンブー』かしらとか、後ろを振り返りカメラを探してしまった。 爆 爆 爆 は は は・・・・・ ウソでしょう??????
「あんた、山村常男なの???」 「そうだよ、へん?」 「それ、ほんとの名前?」 「は???」
ロミオもしくは常男はわたしの顔をいぶかしげに見ながら、タバコを取り出しテーブルに打ち付け(癖なのね)、火をつけふかし、そしてまたわたしを見た。
「本名言わないほうがよかった?これでもボクにとっては特別のことだったんだけど」 わたしはそれには答えず(既に相当、酔っぱらっていた)今アタマのなかに閃いた質問を彼に問い掛けてみた。
「ね、どうしてわたしを追いかけてきてくれたの。」 「どうしてって、あなたは特別なひとに見えたから」
彼の言葉に火を噴きそうなくらい心臓が裏返る。 しかし直後の言葉は、絶対零度の冷えと強度と瞬発力で、とことんわたしを叩きのめした。
「ジェニーさんが、あなたをとても気にかけているように見えたからだよ」
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