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2006年04月18日(火) ワラシこ神様


夢の中で、オレは走っていた。
緑の着物をはだけて、緑の帯をバタバタさせながら走っていた。
暗く深い山の中を、ゴロゴロと転がるように走っていた。
太い樹の根が細い樹の根が、ぐにゃぐにゃと地面を這い回っていて、それに何度もつまずい
た。

オレの真横を、アイツが走っていた。
真っ赤な着物をはだけて、真っ赤な帯をバタバタさせながら、アイツはオレの横を同じよう
に必死で走っていた。

「もうダメじゃ!もうそこまで来とる!」
「もう少しのしんぼうじゃ!堪えて走れい!」

オレとアイツは、必死で逃げていたのだ。

「もう逃げられん!もう走れん!」

アイツが悲鳴のように叫んだ。

「わかった!もうわかった!お前だけでも逃げい!お前は逃げないけん!お前だけは…!」

オレは、さっきからずっと考えていた事を口にした。

「お前の着物とオレの着物を代えんばしょっと!爺にも婆にも誰にもわからんて!」

「そげなこと!お前はどうするん?!お前はワシと思われて捕まるんじゃぞ!」

「オレはいい!どうせオレが捕まったってどうもならん!
 爺と婆も、オレが着物脱いでお前じゃないゆうのが分かったら、オレには用なしじゃか
 らな!さあ早く!着物ばよこせ!お前はこの緑の着物来て逃げるんじゃ!」

「わかった…!したけど…」

「いいから逃げろ!オレも必ず行くからな!里で必ず会うばしょう!」





アイツは、オレの緑の着物を着て、霧の中に消えて行った。
オレは、アイツの赤い着物をゾロリと着て、杉林の中に立ち尽くした。
身体から、汗が湯気となって湧いた。
アイツの着物は、オレには少し大きすぎて、なんともいえず不格好だ。
ふと生暖かい風がザブンと吹いて、着物がバタバタと揺れた。
着物に染み付いた白檀の香が、鼻孔をくすぐる。

アイツは、生まれた時にもう言葉を喋った。
「我は山の神、岩の神、谷の神、水の神、雷の神の使いじゃ!」
婆はそう聞いたと言う。
爺も聞いたと言う。
隣の婆も聞いた聞いたと言う。
それからアイツは、奥の奥の奥座敷のまた奥の座敷に祀られた。
そのお姿を拝めるのは、限られた村人だけだった。
村人たちは、みんなアイツを「ワラシこ神さま」とあがめた。

真っ赤な着物に、真っ赤な帯を締めたアイツを初めて見た時、本当に幽霊かと思った。
赤い座布団の上に胡座をかいて座ったアイツが、オレを見た。
そして、ヒラリヒラリとオレに手招きをしたのだ。
その時アイツはもう13になろうというのに、歩くことができなかったのだ。
オレは友達になった。
アイツの初めての友達だ。

「ワシは、里に出て、オマエと暮らしたいと思ってる」

アイツがそう言った時、オレは心底驚いた。

「ワシは神などじゃあ無きに。ワラシこ神さまなんておらんのじゃ」

アイツがぽつりぽつりと話す言葉を、オレはほとんど全て覚えている。
婆や爺の監視の目を擦り抜けて、アイツに会えるのは、10日にいっぺん、ほんの少しの
時間だった。

「んだけど、どうやって逃げるちゅうね、オレがオマエおぶさってか?」

それが一番いいと思ったが、山を降りるにはきつすぎるかもしれない。

「ワシは歩けるんじゃ」

アイツは、ゆらりと立ち上がった。

「毎日少しずつ、練習しとるんじゃ。もうすぐ走れるようになるけの。
 したらば、一緒に里に逃げいか」

そうして逃げたのが先刻のことだった。





真っ赤な着物を来たオレを、村人が取り囲んだ。
アイツの婆は目が見えないが、他の村人には、オレだということがわからないはずはなかった。
婆が言った。
「ワラシこ神さま、どうなすったんじゃ」
シワだらけのくしゃくしゃの顔は、笑っていた。
「さあ、はよ帰るんじゃきに」
婆が言うと、村の若い衆がオレをひょいっと担いだ。
オレはそのままになっていた。
少しでも時間稼ぎをせねばならない。
少しでも、アイツを遠くへやらねばならない。
あの足で、里までたどりつけるだろうか。

3日たっても、4日たっても、オレは奥座敷に祀られていた。
そして半年が過ぎても、1年が過ぎても、オレは「ワラシこ神様」として祀られた。
どうしたことか、誰も“こいつは偽者じゃ!”とは言わなかったのである。

ある日、オレは赤い着物を脱ぎ捨てて叫んだ。

「オレはワラシこ神様じゃなき!」

もう一度大声で叫んだ。

「オレはワラシこ神様じゃなき!」

なぜ気が付かないのだ。
村人達には、着物しか見えないのか。
香の匂いしかわからないのか。
容姿も声も姿形まるで違う。
どうして、気が付かないのか。

ところが、婆がにやっと笑って言った。

「なあに、わかっとるよ」

爺も、村の衆も、にやにやと笑いながら口々に言った。

「いいんじゃいいんじゃ、お前が誰だっていいんじゃよ」
「お前さんはワラシこ神じゃ」
「ワラシこ神さま」
「ワラシこ神さま」
「ワラシこ神さま」

手を擦り合わせながら、口々に言った。



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というような夢を見ました。
こんなに詳しくはなかったけど。
夢の中だと、最後の「お前が誰だっていいんじゃよ」ってあたりで、実は戻ってきて話し
を聞いていたアイツが、割腹自殺をするんです。
ちよっとヘヴィな夢でした。
オレは、“赤い着物や香の匂いや、アイテムや表面上のものでしか人を認識したり判別で
きない盲目な村人”というつもりで絶望してたんだけども、実は…中身の人間が入れ代わ
っていた事を充分認識しつつ、ただその着物を着て“ワラシこ神さま”という役をやって
くれたら別に誰でも同じ…っていうことだった……ってのに更にショックを受けました。

この夢を見たのは旅行に行くちょっと前なんだけど、信州の山を見てなんか繋がった気が
したので書いてみました。方言はめちゃくちゃだけど。
あ。山の写真使えば良かったのか。今更だけど。
この写真はホテルの階段。
緑と赤だったので、着物の色とリンクしてみた。


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