夢幻泡影
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「どこに行くの?」
出かけて行こうとする加奈子に
娘の香織が声をかけた
「駅までお父さんを迎えに行ってくるわ。傘持って行ってなかったんだって」
「ふうん。行ってらっしゃい」
梅雨入りして間もない6月も半ば
朝から今日は絶対雨が降るってわかってるのに
傘を持たずに出勤した夫にあきれながらも
加奈子は駅まで車を走らせた
やがてあちこちで花火大会が始まろうとする夏の日
「行ってらっしゃい」
加奈子は学校へ行く娘に声をかけたが
無言のままでかけいく香織の後姿を見て大きなため息をついた
無言で出かけて行く夫にはもう2.3年も前から
声をかけても返事など返らないとわかっていたが
娘までもと思うと気が重かった
「いつからこんなに冷めた家族になったんだろう」
少し前までは一緒に旅行や買い物に行ったり
破綻した夫婦関係の冷たさすら忘れる事ができたのは
香織の存在があればこそだった
その香織が学校から帰ってきても
部屋に閉じこもるようになり
夫ばかりか加奈子とも口をきこうとしなくなった事が
何より悲しく、より一層夫への嫌悪感が
増すばかりだった
「一体どういうつもりなんだ!」
荒い夫の声が響く
今日も帰宅した娘は
おかえりと言った夫を無視して部屋に閉じこもったのだ
「誰のおかげで暮らしていけると思ってるんだ、まったく」
養ってるだけで父親の責任は果たしていると
思っている夫の言葉
今まで家族はほったらかしで自分の好きなことだけ
やってきておいて、自分の言うことに従わない時は
あからさまに怒りをぶつけてくる
「あなたが父親らしいことをしてこなかったからでしょう」
「躾は母親の役目だろう。お前がきちんとしてないからだ」
「躾の問題じゃないでしょう。心の問題よ。」
「心だと?俺が仕事でどれほど気をつかってるか知ってるのか!?
その俺に家に帰ってまで気を使えというのか!」
「そんなことは言ってないわ。だけどあなたの言い方じゃまるで
家族は荷物か何かみたいじゃない!」
「あ〜荷物みたいなもんだよ!」
最初は娘に聞こえないようにと
冷静に話しているつもりだったが
抑えきれない感情が次から次へと爆発するように
段々激しい罵り合いになっていく
加奈子と夫がまだ言い合いをしている間に
玄関のチャイムがなり
大学の寮で暮らしている息子の大輔が帰ってきていた
「ただいま」
「お兄ちゃん、おかえり」
部屋から出た香織が出迎えた
「どうや?寂しくなかったか?」
「うん。大丈夫だよ」
「そっか。ところで何かある?腹減った」
「ん・・・、焼きそばならあったかも」
「それでいいわ、作ってて。それでと・・・」
大輔は大きなリュックを
今は誰も使ってない自分の部屋に投げ込むと
居間の隣にある和室にむかった
そこには小さな仏壇があり
ぎこちない動作でお線香をあげた
ふたつ並んだ遺影は
どちらも微笑んでいた
加奈子が夫を迎えに行った、6月のあの夜
加奈子と夫は帰り道の車内で口論になり
どちらも感情的に言い合ってるうちに
センターラインを超えて対向車とぶつかり
ふたりとも帰らぬ人となっていた
「ただいま」
大輔は小さくつぶやいた
居間で続く、加奈子と夫の罵り合いの声は
大輔にも香織にも聞こえることはなかった
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