ゼロノオト

2005年05月27日(金) 作家研究4

作家研究の発表用にここを使ったのは果たして手抜きなのか活用なのか、っていうか作家なんて研究しなかったけど。
本当は任意の作家について、その生い立ちから社会背景から、どのような経過を辿って作品ができたのかについて考察するのが趣旨だったらしいのだけど、普段なにかしらの作品を見るとき、作家が誰であろうとあんまり気にしないもんだから、今回の課題は困った困った。普段気にしてないもんだから当然作家の名前も知らないし作品と作家も一致しない。

知ってるに越したことはないだろうけど、知らないからこそ付加情報ゼロの状態で作品を鑑賞できるというのはあるかもしれない。けれどもそれを判断する自分の価値観ほどあやしいものはないものだ。それまでに形成された価値観が一体どれだけのものごとを元に形成されたというのか…。氷山の一角どころじゃない。やはり知っとけって話なわけだけど…
結局作家についてはほとんど調べずに、印象に残ったインスタレーション作品について紹介した。逃げというより、もはやフライパンでテニスに挑んだようなもんである。しかし意外にもフライパンでテニスをしてもボールは返ってくる。あとはまた打ち返せばよいのだ。難儀であれど。

portable[k]ommunityのようにユニットで活動するという形態は、純粋な作家活動とは趣が変わってくるようだ。ユニットで陶芸とか、ユニットで絵画なんて聞いたことがない。本名に代わるユニット名での活動形態はportable[k]ommunity然り、明和電気然り、0100101110101101.org然り、こうしたメディアアート界ではけっこう見かける。

この現象は(今日の授業中に気づいたのだけど)音楽にもいえるような気がした。例えばソロで活動するピアニストとかソロの弾き語り系の人なんかは大抵本名勝負なのに対して、打ち込みだのDTMだのやるような人はユニット名がついてることが多かったりする。照れ隠しか?まぁ普通に本名より覚えやすいってのもあるだろうけど。

メディアアート界において言えば、ユニット名をつけることで、バンド的な感覚を内包しつつ幅広い活動ができたりするのかもしれない。というよりも、メディアアートはもともと多くのジャンルをまたいでるが故に自ずと活動の幅が広くなることが多いのかもしれない。卵が先か鶏が先かみたいな話になってきたけどそういうようなことなのかもしれない。素っ裸の個人よりもユニットという枠があったほうが汎用性は高まるということでもあるかもしれない。

"かもしれない"連発。そう、推測の域を出ない。
けれども世界は推測に満ちている
かもしれない。


2005年05月25日(水) 作家研究3



・身体と映像の位置関係→秩序、ルール
・ルール→左右が周波数の大きさ、前後が音の大きさ
・映像の中を泳ぐ感覚


2005年05月24日(火) 作家研究2




・意味、物語性の脱却
・身体の動きと映像+音のリンク(秩序)
・見る映像ではなく、体験する映像

What's “portable[k]ommunity” ?
2000年秋、澤井妙治、堀切潤ら二人くらいで結成された音と映像の[k]ommunity。複数のPowerBookG4上で様々なプログラミング環境や多数 softwareを中心に音や映像、その他デバイスをリアルタイムに構築・交錯・展開させる。既成、自作のソフトウェアを問わず、ソフトウェアの持つバグ、もしくはバグ的効果を作品化していく事に興味がある。ライブパフォーマンスのみならず、芸術系大学での講師、音と光による空間デザインシステムの設計なども手がけるといったことも行っている。また、2002年より、海外での活動も活発に行っている。一つの場所にとどまる事を好まず、laptopとその他portableな機材とともに日々移動している。

澤井妙治 (Taeji Sawai)
1978年、奈良県生まれ。自身のプロジェクトであるportable[k]ommunityを中心に、国内外でサウンド、ビジュアル、プログラミング、センサー等を用いた活動を行っている。また、彼が関わるその他のプロジェクトとしては、EYE(Boredoms)とのセンサーを使用し、身体表現と音や光を用いたパフォーマンスユニットなどがある。

堀切潤 (Horikiri Jun)
 大阪在住。自由業。 大学にて哲学、IMI(インターメディウム研究所)ではサウンドデザインを学ぶ。卒業後、IMIでサウンド編集、Maxプログラミングのレクチャー等を行う。 最近の仕事としては、サロンマガジン主催(http://www.salon-magazine.net/)のデジタルワークショップにてMaxNatoレクチャーの講師、雑誌、net-flyer.com等での原稿執筆等など。


2005年05月23日(月) 作家研究1




・床面へのプロジェクション
・体験する映像


2005年05月22日(日) 視覚→触覚

視覚的な写真、イメージ、映像ではなく
触覚的なそれ。
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話はまったく別のところへ。

某ソーシャルネットワーキングサイトやブログ、しいてはコメント機能のついたブログというものの登場がもたらしたものは果たして有益といえるのか。
更新のしやすさやそれに対する反応の速さは確かにネット上を盛り上げているように見える。実際に盛り上がっているのかもしれない。けれど、一体どれだけの記事に価値があるといえるのだろう。まぁそんなことを言い出せば、それ以前からそこかしこに増殖してきた記事の全てにちゃんとした価値があるかどうかは怪しいところなのだけど。
朝何時に起床しただの、どこへ行って誰と会って楽しかっただの、それに対する「いいなーわたしも誰々に会いたい」だの「俺も今日はどこどこ行ったよ」だのというコメント。そういうもんを爆発的に増殖させただけではないのだろうか。
と、ちょっと攻撃的に書いてみたけれど、自分の文章だってそれらに含まれている。価値なんてない。
じゃぁ何に対してそんなに息巻いているのかっていうと、どこかのだれかが作り出したシステムに、我々が知らぬ間に組み込まれ、組み込まれたことにだって気づかないうちに、ハムスターの回し車を走るがごとく無意味、無価値ななにかを作りだしつづけていることについてだ。しかもいくら回し車を高速で走ったってどこにも行けやしない。いずれ息を切らして脱落していく。体力のある者もいるだろうが、どちらにしろ飽きが来て結局脱落していく。なんと無情な。そして人生は無常だ。括弧笑い。
いや、別にシステムがどうとかこうとかどうでもよいぞ。別に怒ってなんかない。ただ無意味に文章を書いているだけだ。ただ回し車の上を走っているだけだ。
話がまとまらない上に次から次へと考えが膨れ上がってきてどうしようもない上に今日は日に焼けた。そう、こういう文章こそがまったくもって無意味なのだ。「日焼けにはなになにがいいらしいよ」なんて書き込みがされやしないかとどきどきする。が、幸いここにはコメント機能はないので安心だ。安心な僕らは旅に出ようか。回し車を降りて旅に出ようか。


2005年05月21日(土) 楽・楽しい

楽と楽しいは同時に存在しうるだろうか。

たくさん楽だとつまらない。

ちゅっくらいの楽は楽しいかもしれない。

ただの楽はもうすこし楽しいかもしれない。



反比例?



全然楽じゃない=めちゃめちゃ楽しい!!!




2005年05月20日(金) シャットアウト・ぐるぐる

ひとはあんまり驚くと、思考が止まるものなんだね。

言葉が右から左へ抜けるばかりで、頭に入らなくなる。

シャットアウト。

内側から溢れる感情を押しとどめるので精一杯。

でも案外「冷静なふり」は、できるもんだ。

もちろん、冷静ではない。ふり、である。

そして頭の中ではぐるぐる。

ぐるぐる。



そしてまだまだ私、こどもじゃん。。


2005年05月19日(木) 世間知らず

作家、デザイナー、政治家、芸能人、全然知らない。知らな過ぎる。


2005年05月18日(水) CM入れるタイミング

最近、だらだらとテレビを見ている。

で、気になったのがコマーシャル入れるタイミング。

「正解はCMのあとで!」

「このあと○○さんの身に信じられないことが!!」

ってな調子でCMにいくことは、もはやひとつの技法のように使われていると思う。

クイズ番組やらバラエティなら多少こんにゃろーと思うけどまぁ許せる。

視聴者の期待を高める効果もあるかもしれない。

けれど、この手法をニュース番組で使うのはどうかと思うのだ。

こっちは情報をさっさと手に入れたいのに。

だったらネットのニュースサイト見たほうがよっぽど効率的に思えてならない。

わりとまじめなニュース番組だったのでがっかりした。


2005年05月03日(火) 山手ループ・野音・終幕

オール明け、まっすぐ帰らず、またしても山手ループの旅へとでた。

午後から日比谷野音でライブがあるので、東京をぐるぐると、暇をつぶした。

そして、睡眠もとった。

結局7周した。

友人曰く、新記録だそうだ。


それからなんとなくはじめて田町で降りた。

徒歩で日比谷公園を目指す。

途中、東京タワーが見えた。



ゆるゆるとしていた。

野外で、持ち込み自由で弁当やらやきそばやら缶ビールやらおかしやら広げてらあ。

しゃぼん玉が飛んできたりして、これが野音か、、と。

天気も最高で。座席だって2列目!!


とにかくポラリスが良過ぎた。

空に吸い込まれそうだった。

思わずポラリスワンマンのチケット買った。

ROVOは照明演出に度肝を抜かれた。

クライマックス、

人力で高速回転させたステージ両脇のミラーボールから発せられる予想だにしない迫力の光線。

左右から光のシャワーが、ぴやーーーっと!!!

近頃、四角く投影されたプロジェクションものに飽きてきていたので

これはかなり刺激になった。


そして本編も終幕となる。





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