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いい天気に何もしないのはもったいない。 さりとて行くあてもなし。 そうだ、たまには近所を散歩してみよう。 町内の公園を巡って、ちょっとした花見散策。 花はちょうど見頃で、のんびりといい時間を過ごせた。
思えばずっと、家から駅の往復ばかり。 久々に行く道には、オシャレなデザインの家が建ち、 雑木林の保護運動があり、 マンション建設反対ののぼりが林立していた。 ううーん、知らなかった。 寝て暮らす場と、日常の活動する場が、かけ離れているのだなあ。 それは「いいこと」でも「悪いこと」でもないのだけれど。 と、排気ガスと土ぼこりの匂いを嗅ぎながら思った。 >>>photo
2004年03月16日(火) |
傷つくことと、傷を知ることと、成長することと (裏庭) |
梨木香歩『裏庭』再読。 この作品を読むには、勇気がいる。 人それぞれ、自分の中に「傷」を持っていること。 その傷に気づかないふりをして、「なんでもない」日常を過ごしていること。 でも、本当は傷に向き合って、大切にしていかなくちゃってこと。 成長するって、そういうことなの?
前回よりも、少しは梨木さんの言いたいことに近づけたかな。 結末のシーンが、前回よりも辛い気分にならなかったから。 でも、やっぱりこの作品は難解で、痛くて、辛い。 ひっかかりを覚える部分も、ままある。 好きなんだけどもね。
2004年03月14日(日) |
コロボックルの歴史と後日談(小さな人のむかしの話) |
佐藤さとる『小さな人のむかしの話』読了。 以前、なぜか読みかけだったので、改めて最初から読んでみた。 シリーズ本編は、5巻で完結したけれど、 あとは自由に想像をふくらませて、それぞれに楽しんでごらん、 というお手本のような話の数々。 わたしも今夜、寝ながらひとつ考えてみようかしら、なんて思ったり。
でも実は、ファンにとっては「あとがき」がたまらない。 佐藤さんが、どんな風にコロボックルのことを考え、愛しているのか、 ひしひしと伝わってくるから。
2004年03月09日(火) |
思い出は、思い出だけに |
ついに「田舎」をなくした。 祖母が独りで暮らしてきた家を、とうとう、明け渡すことになったのだ。 (注:祖母自身は、叔父たちと同居して健在) 木と、土と、水と、暗闇の匂いのする、茅葺きの平屋。 そして、祖母が丹精してきた畑。 思えば、祖父が亡くなってからずっと、私の心には、 いつかココとつながりがなくなってしまうことへの恐怖があった。 どんなに暑い日でも、この家に一歩足を踏み入れると、 ひやりとした空気が肌をなで、一瞬目の前が闇になる。 まるでそこが異界への入り口のような、不思議な感触。 その家に、もうわたしは入ることがない。
梨木香歩の作品を読むとき、 いつもわたしはあの田舎の家を思い浮かべていた。 『西の魔女が死んだ』でいちごを採るのは、あの辺り、 『からくりからくさ』で与希子が昼寝をしていた木は、あの辺りに、 みんなが食事をした部屋と、旗を織っていたのはこんな部屋で 最後に燃えてしまった家を見送るのは、こんな景色で……
さよならするのは、淋しいけれど そういう場所を持てたことを、今とても感謝している。
「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」を観てきた。 どうも、ストーリーを語るので精いっぱいな印象が…… 原作を先に読んだから? でも原作を先に読んでたから、何がどうなったのか、よく分かった。
個人的に、今回の最大の関心事は、ラストどこまでやるか。 これはうまくやったな、って思った。 へたすると、指輪戦争終了、 おめでとー、わーい、って終わっちゃうかと心配だったけど。
でも、アラゴルンのあっさり都入りには拍子抜け。 あと、レゴラスのアクロバティックな見せ場は、絶対に変! 他にも不満はあるけど、もちろん良かったとこもたくさんある。 例えば、エオウィン&メリー一世一代の大勝負とかね。
中でも、やっぱりサムがよかった、うん。 あの、けなげな泣き顔(しょっちゅう泣いてる)、たまりません。 彼をかりたてるものはなんだろうね? 欲を言うと、蜘蛛にやられたあと、自分はどうしたらいい? って葛藤が観たかったよー。
前2部はまだ良かったけど、 「王の帰還」は、舞台があまりに散在していて、 それで映像化した結果も散漫なんじゃないかしら。 それぞれを語りきれない感じ。 これはもう、文章と映像という表現手段の違いで仕方ないのかも。 アカデミー賞11部門受賞は、だから3部作の合わせ技だと思うね。
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