そよ風


2006年09月05日(火) フェンスの向こう側

窓を開けると、フェンスの向こう側に

いつもノラにゃん達がたむろしている。

いろんなニャンコ達が、入れかわり立ちかわり。


これは、ファミリー。母猫は、ただいま授乳中、お父さんは見張り役。

りりしい顔!

えらいね! 授乳が終わるまでじっと母子を守っている。

窓からカメラを構えている私をずっと警戒しているんだね。

野良ニャン達は実に平和だ。
以前のように、決してゴミ袋をあさったりしない。
野良ニャンだけど、ちゃんと餌をもらっているから。
私もほんとうは餌をあげたくてたまらないけど、やらない。
でも、この状態を密かに喜んでいる。楽しんでいる。
これって、ずるいかなあ・・・



2006年08月31日(木) やっと、二十年後に・・・

ちょっと、怖いかも・・・


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その二十万円というお金が自分達に利益をもたらすのか、
全く無駄となってしまうのか、
二人にとっては、ちょっとした冒険だったと思う。
なにしろ年代的にも、無駄使いが大嫌いで、
金銭にはかなり細かい人達だったから。

しかも投資の対象である長男の嫁は、はなはだ頼りない。
二人が嫁に期待するもの(よく気がつく、よく動く、シッカリしている、等々)
に関して、すべて自分達の期待レベルからは、ほど遠い存在だ。
だいいち、活発でシッカリ者の嫁ならば、とっくに運転免許などは取得しているはず。

とは言っても、当時、私の周囲には、同年代の女性で運転免許を持っている人は
多くなかった。地域差もあるとは思うけれど。
たしかに、駅から徒歩五分、近くにはスーパーも病院もあるという環境、
車の免許がなくて不便だとはあまり感じなかった。
なんと言っても、車の運転にも興味が無かった。
だいいち、私は極度の方向音痴でもあるし、
のんびりと歩くのが好きな人なのだ。

「これからの時代は、お嫁さんが車を運転できんと困るんや。
 昼間、男の人は会社に行って家に居ないから、何かあった時は
 お嫁さんが病院に連れてってくれんとなー」と、姑は言った。

「私があんたみたいな歳やったら、絶対に免許を取るわ」と。

それでも、いっこうにその気にならない嫁。

とうとう、「費用を全額こっちで負担するから、運転免許を取ってほしい」
と、二十万円のお金を持って、私に頼みに来た。

ざっと二十年前の話。私は三十代半ばだった。
二人とは、もちろん主人の両親だ。

親に頼まれて、しぶしぶ(?)免許を取得したはずの私だったが
その効力は、この二十年間、ほとんどすべて自分自身の為にだけ発揮された。
パート先への通勤、買い物、趣味、など、いろいろ。

私の運転免許が実際に両親の為に役立つことは、あまりなかった。
舅が八十歳を越えても、なお自分で運転していたからだ。
しかも、私とちがい何処にでも車で行く人だった。京都、奈良、四国にでも。

しかし、長い入院生活を余儀なくされた舅。
よくぞこんな交通の不便な田舎に来たものだと、感心したくなる病院。
しかも、我が家からも、主人の実家からも、車で一時間弱かかる。
家の近所には、公立の病院だってあるというのに。

親戚の医者に紹介されて初めて行った病院に、そのまま入院となって三ヶ月、
姑はこの時ばかりと、何度も私に言う。

「ほんまに、あんたが免許を持っててよかったわー」

姑の友人達を送迎する時も、おそらく事情を知っておられるのだろう。

「良かったねぇー、免許を持っていて」と、口々におっしゃられる。

大阪と和歌山を往復する日々が続く。日によっては二往復。
私も正直、少しは借りを返せた気分などを味わってしまう。
それもやっと、二十年後にね・・・

でも、これから先のことを考えると、少し不安だ。
今まで、どこに行くにも舅運転の車ばかりだった二人は
タクシーを利用するということを全く知らない。

それでも、あの時の二人の行動がなかったら
私は、生涯、自分で車を運転することはなかっただろう。

でもきっと、それなりに、車に頼らない健康的な生活を送っていて、
もっとスリムな体系を維持できていたかも知れない。

なんてね! いろいろ考えてしまうわけ。

ハンドルを握りながら・・・


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