〜 Over the Rainbow 〜...

 

 

琴夫の泌尿器科通院2回目&還暦パーティ - 2004年09月11日(土)

今日は、琴夫の精液検査だ。

私は、実家に泊まっていて、今日は晴れやかな母の還暦パーティのため
準備にいそしんでいた。
気持も殆どそちらに向いていた。

そして、実家から一旦家に帰って、着替えて下準備に出かけるため、
家に帰ると、琴夫はテレビの前に布団をひいて、寝込んでいた。
昼間の2時頃なのに。

私が、還暦パーティの話しばかりしていると、
琴夫は「今日、病院いってきたんだよ」
結果があまり芳しくなく、泌尿器科の先生には、
「動いているのもいるから顕微をするといい」と薦められたらしい。
トータル1ml、100万の運動率。
琴夫は、明らかにショックを受けている様子だったが、
私は、3年前の仮?の検査の時に、医者に再検査と言われたときのほうが、
よっぽどショックだった。
どちらかというと、「そうとわかったら、顕微しなくちゃ!」という感じ。
今から思えば、一緒にショックを受けていなくてよかったかな。

不眠症の薬も処方してもらったようだ。

その後、琴夫もお布団から出て、スーツに着替えて、
琴母の還暦パーティに向かった。
琴父の事前リサーチにより、琴母のリクエストの都心の高級なヌーベルシノワ。
私も琴姉夫婦も、是非行ってみたくてとっても楽しみにしていたのだ。

和室に6人集まって、それはそれは楽しくありがたく感謝感謝!
の幸せな夕べだった。
琴母は、本当に楽しそうで嬉しそうだった。
プレゼントも喜んでもらえたし。
琴母は、「ここにいる6人が私の中心、要だ」って言っていた。
家族そろってこうして、健康でいるのがどれだけ幸せな事か・・・
っと感謝の念で胸が一杯になった。

不妊治療に直面すると、「自分はなんて不幸なんだ。神様はいじわるだ」
っと自暴自棄になってしまいそうになる局面に多々直面するけど、
今日のパーティのような時間を開ける、そういった幸せの上に、
更なる幸せを求めて治療してるって事を、忘れないようにしたい。


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琴夫、泌尿器科初診 - 2004年09月04日(土)

近所の泌尿器科へ琴夫一人で初診。
ごく普通の泌尿器科だったが、
通院に抵抗があるみたいだったから、専門の所にわざわざいくわけではなく
気楽にまずは、病院の門をくぐってもらいたかったので、私が調べた病院。

来週精液検査を受けることになる。


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子宮ガン検診 - 2004年09月02日(木)

区の子宮ガン検診を受けに近所の婦人科へ。
結果は2週間後。


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自己紹介&治療暦 - 2000年12月31日(日)

★★★ この日記は、2004年10月12日にスタートした
     不妊治療に取り組んでいる琴の治療日記です。 ★★★

<<琴のプロフィール>>

■1971年生まれ(34歳)
■週3日の派遣社員
■結婚6年目
■琴ニャン(雌3歳)を夫婦で溺愛中

【1998年】 結婚
【2000年】 不妊を疑い病院へ。
       基本的な検査の際、琴夫の男性不妊が判明しそう
       だったのだが、夫婦の話し合いがまとまらず、
       治療が始まる前に、3年の通院ブランク。

【2004年9月】治療を再開する。
       琴夫の乏精子症が発覚し、AIH・IVFもすっ飛ばし、
       現在顕微受精をチャレンジ中。


<<治療暦>>

【2004年】

*ICSI1回目(10/9-11/3)
  採卵数2個(良1-未受精/やや不良1-変性)
  ET中止

*ICSI2回目(11/4-12/3)
  採卵数3個(良1-受精/やや良1-変性/透明帯のみ)
  採卵3日後グレード2で4分割の受精卵を1個ET
  判定(−)
 
      



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