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春の花を片付けた。 お気に入りのテラコッタの鉢を割ってしまった。 厄落とし、と思うことにした。
家の周りの雑草を抜いた。 雑草を抜くたび、掘り返された土の辺りでわらじ虫が蠢く。 去年まで、そんな所にわらじ虫はいなかった。 それも、かなりの数だ。 思わぬ所で虫に蠢かれて、かなりギョッとした。
昨年、ゲジゲジが家の中に侵入して以来 不快害虫撲滅を心に誓い、こまめに不快害虫駆除剤を散布した結果 どうやら、彼らは住処を移動したらしい。 しかも、数が増えたもよう。 虫との終わることのない戦いに脱力。
犠牲になったものもいるはずだが、その犠牲を無駄にせず 別の場所で生きることを、ちゃんと彼らは知っているのだ。
有毒なものにまみれても、大した危機感も感じないのは 人間ぐらいかもしれないと思う。
昨日。
どうにも気持ちが上向きにならないのは ホルモンのせいなのか、性格のせいなのか。 考えても、どうにかなるわけではないので 気分に転換に、ピーリングに行く。 昨年の暮れ以来だ。
その後、渋谷であやぽんと待ち合わせ。 時間を潰す間、洋服を見て過ごす。 このところデブ加減が増し、洋服どころの騒ぎじゃないが 着るものがないのも事実なので 買わないとダメかなぁ、着られるものがあるかなぁ という、情けなくも消極的なショッピング。 楽しくない。
デパート内のとある専門店で シャツを試着し、店員その1にサイズの大きいものを探してもらっている間 今度はワンピースに目がとまり、そちらも大きいサイズを探してもらうことに。 すると ワンピース片手に、サイズの大きいものを探そうとしている店員その2に 店員その1が近づいて来て、眉間に皺を寄せ、声を落とす代わりに口を大きく開け 一語一語区切ってはっきりと発音するようにささやいた。 「これは、無理よ。む・り。」 大きいサイズを探すまでもなく、私には無理ということか。
ご当人たちは、私からは死角になって見えないと思っていたのだろうが 残念なことに、一部始終がしっかりと見えた。 さらに残念なことに、自分の扱われ方にショックを受けた私は 「む・り」と言った店員その1が、先のシャツを試着した際には 「よくお似合いですよ〜」と言っていたことにも疑問を抱いてしまい 買うのを止めて、とっとと店を出る。
どうせ・・・。
楽しくなかったショッピングが、悲しいショッピングにまで発展した。
合流したあやぽんに、「実は悲しい出来事があった」と、ことの顛末を説明する。 事実なのだから仕方がない、というようなことを彼女が言ったので 「事実がどうとか、間違っているとか正しいとか、そういう理屈は抜きにして 『それはひどい』とかなんとか、慰めて欲しくて言っているのだ」 と言うと、 「そうか。それはひどいね」と、わざとらしく感情を込めたような口調で言われる。
どうせ・・・。
そして今日。
かずぴーの学校の用事で、多くのお母様に会い 新旧の交流を温めつつ、我が子の進級問題に触れ素行の問題まで仄めかされては 食べることに安らぎを求めるのも無理からぬ 服が無理なのも無理からぬ、ことだと思う。
いつの日か 多分、来年の春頃には、いろんなことが好転するだろう。
2005年05月19日(木) |
いろんな人がいるはずだけど |
かずぴーの中間テストが近づく。
今学期の成績如何では、このまま高校へ進むのが難しくなる。 本人の希望は、このまま進むことなので それなら頑張るしかないのだが、今のところその気配はない。 私は 放っておいて、結果を受け入れるしかないと思っているのだが。
本人がこのまま進みたいと思っているなら、もっと勉強させた方がいいわよ とか 他の学校に移って、上手くいかなかった時は悲惨よ とか 周りの方々に言われるたびに、心が揺れる。
言うべきことは言い尽くした。 何をすべきか、彼は知っているはず。
それでもやらない彼に、悩む。 勉強しないことが、問題なのではない。 「したいこと」と、それに向けて「すべきこと」がわかっているのに それができないことが問題だと思う。 このまま進みたいなら、今のままではダメなのだ。 それを、彼は知っている。 それでも「このまま進みたい」と言い、何もしない。 しかも。 しなければならないこと、は、彼にとって、そう難しいことではない。 やる気にさえなれば。
そんなこんなを、あれこれ考え、胃が痛くなるころ 『人は、好きなことだけして生きて行ってはダメなのか?』 というあたりのことを、考え始める。 誰に聞いても 「それで生きて行けるなら(そんなことが通用するのなら)それでもいいかもしれないけど 実際には、そうは行かないでしょ? いやなことでもしなければならないっていうことを、学ばないと困るじゃない」 というようなことを、誰もが言う。 そうかもしれない。 私自身は、転ばぬ先の杖につまずきそうなほど、先のことばかり考えるタイプなので 言われるまでもなく、遠い昔から、そんな考えが体にしみついている。 しかし。 かずぴーを見ていると 自分で気づかない以上、何を言ってもダメなのだ とか もしかしたら、なんとなく面白おかしく人生を過ごしてしまうことも可能かも とか思えてくる。
いずれにしても、先のことはわからないのだ。
あれこれ考え、悩んだ挙げ句 私の悩みの根源は 自分の子どもに対し、周りの誰もが肯定的なことを言ってくれない という、別の次元の話だと気づいた。
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