【読書記録】桜庭一樹「荒野」 |
ストーリー:中学生になってはじめて乗った通学電車で、セーラーの襟が挟まり困っていたところを、同級生の神無月悠也に助けられた荒野(こうや)。入学後の印象はあまりよくなかったものの、恋愛小説家である父がある日突然神無月蓉子さんと結婚する事になり、荒野の家に大きな変化をもたらした。いつも怒ったような顔をしていた悠也と日本人形のような荒野の12歳から15歳のお話。
※はじめに断っておきます。この作品の感想をまとめるにあたって、だいぶ考えました。けれどまとまっていないような感じが自分でもします。悪意はありませんが、素直に好きです!ともいえない微妙な感じの内容になってしまっています。もし、ファンの方などがいらっしゃいましたら、それを承知の上で読んでいただけると幸いです。
読み終わって振り返ると、思うところがありすぎて全部は拾えない気がしますが、一番インパクトが強かったのは、生々しい…な、という感覚。生理的なことに引っ掛けた内容が随所で出てきて、本来あまり表面化させるべきことじゃないことだからこそ、本能的に軽い嫌悪感のような何かが漂っていて…。(本の内容に対してというより、その物事に対して。文章のチョイスをするときに、なぜこの言い回しでこのエピソードを持ってきたのかなぁと、そのあたりが残念でした。生々しくても、対峙の仕様によっては魅入られるほどの魅力になることもあると思います。やるならぐわっとつかむくらいに…でも、そうすると全体の雰囲気を損なわれるだろうし、うーん、これでいいのかなぁ)
作者、女性ではないかと感じました。よく言えば、とてもリアルで、もしかしたら味わったことがある感じ…動作にしても、その場の雰囲気にしても、なので、感覚に訴えてくるものがあります。
と、若干マイナスのような感想で始まりましたが、全体を見るととても面白いタイプの小説でした。3部構成で、一部が180p程あり三章構成になっているのですが、テンポ良く進み、読みづらいことはないので、気がついたらあっという間に読み終わってしまいました。構成力がすばらしい!
内容紹介では第一部の12歳部分をあげましたが、第二部では荒野を好きな男の子が出てきて、事態はゆっくりと変化します。この子も「ああ、クラスにこういう子っているよね〜!」という明るくてちゃっかりまとめあげちゃうタイプで、すごく愛嬌たっぷりな純情少年…かと思いきや。笑 このエピソードを見ていると、本当にこの時代はタイミングが大切なんだろうなって。いろいろな経験が無いからこそ、いろいろなものが刃になって自分を傷つけてくるようにも感じるし、実際に意図せず傷つけてしまうこともある。このあたりの場面を読了後に振り返ってみると、荒野の視点でつづられた文を読んでいたときには違う事が彼女の頭を占めていてそっちがもやもやしていて、阿木君についてはあまり深く考えていませんでしたが、阿木君視点で考えると本当に苦しいな〜としか言いようがないですよね…。最後の庭のシーンなんかを見ると、そんなに悪い子じゃなかったんじゃないかとさえ思います。どれも”彼”の一部だったんだろうなぁ。
荒野の恋愛って何だろう、好きって何?に対しての解決、見事だと思います。スイッチが入ったように人を好きになることがあるかもしれないけど、大半はそうじゃなくて、ちょっとずつ気がついたら人を好きになっている、それは自然なことだけど、人は意識した瞬間から変わってしまう。小説におけるその一瞬にいつもなんとなしに違和感のような何かを感じていたのですが、じわじわとにじみ出てきて、それでもはっきりしたものじゃなくて、ほんのりと淡い。だけど淡かった思いを、はっきりと自覚するときがやってくる。その過程が好きでした。
他にもそれぞれのキャラクターが一癖あって、それぞれの荒野との関係に楽しませてもらいました。主に以下。 中学でできた友人。運動ができて、徐々に男子の注目を浴びるようになったフレンドリーな麻美。美人でお手入れも欠かさず、自慢の友達の江里華。父・正慶の女性が必須の恋愛小説とその女性達、男性のようにさばさばした家政婦の奈々子さん、義母として荒野の家を変えた蓉子さん。
明るい純粋ハッピーな物語では無いと思う。生きていくのって案外生臭くて、だえど楽しい事だっていっぱいある、言葉にするとそんな文章が浮かんできそうな小説。面白いと思うのですが、もう少し進化した形が見てみたいというのが正直な感想。NO.10■p506/文芸春秋/08/05
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2009年07月09日(木)
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