昨日、Hの夢を見た。 Hの前腕部の夢を見たと言ったほうが正確かもしれない。
長らく旅に出ているHの、影膳ならぬ影床を据えている。 つまり寝床を一人分、余計に敷いている。 ただ単に、広々眠りたいだけでそうしているのだけれど。
夢の中で、私はその影床に手を伸ばしていた。するとそこには、 間違えようのないHの前腕部があり、私はそれに触れたのである。 帰ってきているのだ!ただいまも言わずに布団の中にいる。
事実を確認するためとはいえ、朦朧とした意識を覚醒させるのは嫌な作業だな、と思いながら、よく考えてみたらそんなことは在り得ないから、 やはりHは帰ってきていないのだと気付いた。
夢のようだ、と言うのは夢でない時に吐くべきセリフなのに、 夢のようだと思ったら夢だったというオチは、滑稽だな、 と思い可笑しくなった、まさにその時まで、私は夢の中にいた。
そして、あのHの前腕部の生暖かい筋肉質な感触だけを残して、朝になった。
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デリーまで下りてきたHから、予定よりも遥かに早く帰国できそうだ、 という連絡が翌日入り、これだったのかと思う。 察するに、腕だけ先に、家へ帰ってきたのだろう。 ボルヘスの小説のように、時空を超えて。
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しかしだからといって、諸手を挙げて嬉しい訳ではない。 私は急いで、人に会うなどの色々な予定を、 とりあえずキャンセル又は調整せざるを得ない。
HはHで、万感の思いで家路を辿るのであり、 それなりに出迎えられることを期待しているのだろうけれど、 それにはそれなりの心構えや準備というものがあるのだ。
だから、帰国予定日までゆっくりタジマハルでも見物しててくれ、 とも思うのである。
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