「硝子の月」
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「また、おかしな夢を……」 顎に伝い落ちる汗を拭いながら、ティオは無自覚につぶやいていた。 おかしなこと。こんなことばかりだ。この国に着いてからというもの。 おかしな夢? とルウファが首をかしげた。なんでもない、とティオは答える。 英雄たちの夢。まあこの祭の熱気に促されたのだろうと思う。もしかするとそうではないのかもしれないが、そうだとすれば考えてもわからないことになる。 実質、ティオはここまで来ても何も知りはしない。腹立たしい事実ではある。 「……なあ、そういえばこの国の英雄って」 「輝石の英雄?」 「そうそれ。……五人だよな?」 「何言ってるの今更」 あたりまえに頷かれ、そうだよなぁとティオはつぶやく。それなのに夢の中。その輪の中には、静かに微笑むだけの六人目がいた気がするのだ。どこかで覚えがある気のする、遠い印象。 目を閉じてもその面影は遠く、はっきりと思い出すことはできない。けれど、美しい瞳の英雄たちの中、見劣りしない光を宿すまなざし。金とも銀とも言い難い、あの内から淡く光るようなうつくしい目。 英雄の王の傍らに、ひっそりと咲く花のような女がいた。 或いは太陽の傍らの、やさしい月のような。
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