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■ 3日目
朝9時集合。 入り口に団体演奏の人たちでごった返していたところを通り抜け下手から 控え室へいき荷物を置いて、集金したものを買出し担当者に渡した後 皆で早めに昼を食べにいく。 案の定、地下1階には黒いメンバーがうようよ。
Vla.パート内のこぼれ話などで盛り上がりつつ、12時の開演に間に合うように戻り、 舞台衣装に着替えてから客席へと急いだ。 開会のファンファーレを作曲したのが、大会のボランティアスタッフと聞いたからだ。 インタビューによるならば勢いでかき上げたそうであるが曲として オーソドックスにまとまっていた印象だった。
その後、福岡大学のブルックナー交響曲第四番・茨城大学のシューマン交響曲第3番、 静岡大学のブラームス交響曲第4番を聴く。 福岡大学は指揮者が個々の力を引き出すよう工夫が感じられる指揮だった。 茨城大学の指揮者は若く、指揮台の上で飛び跳ねていたが、全体として勢いが良かった。 一番目を引いたのが静岡大学の指揮者である。 女子学生による指揮だったからだ。
あとで聞いたところによると、彼女は3年生ときいた。 全体としては1,2の集中力で3・4楽章を聴きたかった。 しかし学生同士の集中力が凄まじい。 演奏会が70回を数えるオーケストラってこういうことなのかと思われた。
その後の近畿大学、日本大学も聞きたいのは山々だったが、16:30に1度 集合することになっていたので、楽器を出してそのまま外を通って地下1階へ。 企画の最終打ち合わせをしつつ皆音を出す。 緊張のためか集合時間より大幅に早くから皆出している。 私はというと、その勢いに呑まれると本番の体力がもたないと感じたので 脇にのいて回りを眺めつつ少々さらった。
そして舞台のわきへケースもつけぬままの楽器を片手に外を通って移動。 本番を迎えた。 やはりシェレンベルガーさんの知名度は凄まじく、お客の数が増えていた。 しかし不思議と緊張しない。 むしろ高揚していた。 1楽章で1箇所カデンツァ(オーボエだけが自由にソロを吹く部分)の後に出るところを コンマ0,01秒ぐらいの差で先に出てしまいシェリさんからちらと 目配せをくらったが、拍手はあっという間にやってきた。
火の鳥の降りばんであるチェロとオーボエの6人は舞台横に通じる廊下のところで待機。 終わりに近づいたところで花束と色紙を持ちスタンバイする。 シェリさんの講評を舞台で聞けないことに少々疎外感を覚えつつ、 Qが出たところでダンケシェンの掛け声と同時に花束をシェリさんへ その後コンミス・コンマスへ。 コンミスにはどうにか驚いてもらえたようだ。
慌てていた私は指揮者の前を通って帰ってしまった。 大失敗である。 しかもこれがビデオに残るのだから始末におえない。
戻ってきてからお客様へむけて、ありがとうを言う。 それから舞台袖においてあった楽器を急いでとりにいき アンコールであるラデツキの準備となった。
この人数がまた半端ではない。 ヴァイオリンはコンミスを残し、ビオラと一緒に舞台の下におり チェロは若干移動、そして金管楽器が2階にもいた。 様々な音がすると感じて後で打楽器の子に聞いたら、 シンバルを持ってきたり、タンバリンなどの楽譜にはない打楽器が色々と入っていたとのこと。
そうして最後のオーケストラ大会は、楽譜のFin,のマークとともに終了したのである。 写真とこれからくるであろうビデオにその姿をとどめて。
2003年11月24日(月)
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