夕暮塔...夕暮

 

 

水の中 - 2002年08月23日(金)

水の中 無我になるまでこの腕が 弧を描き時を止める瞬間



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全力で泳いだ後の心地良い高揚感と疲労が懐かしい。水に入るのが好きなのに年々プールから遠ざかるのは、泳ぐ前に化粧を落としたり、その後でまた日焼け止めや化粧を施したりという細々とした行程を避けたいからだ。コンタクトユーザになって、また一層敬遠する要素が増えた。大人になるとこうやって少しずつ面倒が増えてゆくのだろうか。勿論楽しみも増えているんだけれど、どんどん怠慢になっていく気がして。



どうしてまた、あなたの事を考えているんだろう。わからない人だと思っているのに、きっとあなたは私への気持ちを、どんどん忘れてしまっているんだろうと思っているのに。一回くらい、見合い、してみたら。そんな風に言われた。何だか投げやりな、気持ちの入っていない言い方だった。隣にいる共通の友人が、あ、という顔をした。おしゃべりな人だけれど、一瞬言葉を失った様子だった。私自身がそのときどんな顔をしていたのか思い出せない、ほんの2日3日前のことだと言うのに。彼に訊きたい、私はあの時、どんな顔をしてた? あなたがそう言うのを聞いて私は驚いて、どこか酷く落胆した。彼は悲しんでくれると、当然のように思っていた私は傲慢だ。どうしてそんな事言うの、するって言ったら、また怒るくせに。…そう笑って、冗談にして返そうと思って、私は結局言葉にできなくて曖昧に目を伏せた。いつまで経っても、そんなことばかり。やっぱりダメなのかもしれない、ダメだと思ってしまいたい。彼が一番正直だった時、私はとても頑なだった。あの頃に帰れたら、多分イエスと言える、そんな風に時々考える。もう遅い、難しい、私は多分、彼を傷付けすぎた。


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雲を読み - 2002年08月21日(水)

雲を読み 夏の終わりを風に尋く いつかはこうしてすべて凪ぐように



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一周年を過ぎて - 2002年08月20日(火)

気付いたら、この短歌日記を始めてから一年が過ぎていた。初期のを少し読み返すと、今よりずっと「読む」人の事を意識している事が明らかで苦笑する。けれどまあ仕方ない、そういうことも初々しさの一面と思えば許容できる。


同期が一斉にスポーツジムに通い始めた、そうでもしないとやってられないと口々に言いながら。私は全力で泳ぎたいと思うけれど、ジムに通う気にはならない。…まだならない、と言うべきか。

「父親にね、ノイローゼのノイちゃんって呼ばれるようになった…」
私達は弾けたように一斉に笑う。でも誰1人として完全に他人事とは思っていない所が苦しい。
「私なんかさー…お盆に家に来た親戚に、父親が毎回毎回 ”こいつ、おかしいんだよ” って私を指差して言うのよ、いや、本当に」
とうとう息抜きにと北海道旅行に連れて行かれたという話を聞いて、成る程と思う。道を歩いていて独り言を言うようになったら、確かに危険かもしれない。30にもなってこんな事に、と嘆く彼女を私はやんわり慰める、上手な慰撫になっているのかどうかはわからないけれど、無いよりましとは思う。


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触れたまま - 2002年08月19日(月)

触れたままこの世が終わればいいなんて大丈夫まだ思ったりしない




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空を塗り込めたように厚くどっしりした雲を背景に、下層の雲が恐ろしいスピードで流れていくのを、窓際に立って見ていた。薄雲の千切れるようにどんどん形を変えてゆくその隙間から、淡く茜が透ける。灰の雲を透過した光が何とも不穏な色で町並みを染めるから、ようやくの雨上がりを帰途につく人々が、ちっとも幸せそうに見えない。あの雲の上は、燃え立つような夕焼けだろうか。


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夏の影はただ沈黙の - 2002年08月18日(日)

濡れそぼる 夏の影はただ沈黙の中にあるだけ 誰の為にも




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電池交換を依頼していた腕時計を受け取りに行く。雨はゆるやかに鮮やかな色の夏花を濡らしている。台風が近い。髪を切りたいなあ、とぼんやり思う。長さはこのままでいい、少し軽くしたい。道なりに若い人向けの新しい美容室がいくつかあるけれど、ガラス越しの店内はどこも混みあっている様子。


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「牛肉偽装、やってるだろうとは思ってたんだけど、まさかこんな大事になるとは」
渦中の会社に勤める友人から久々のメールが届く。どうしているんだろうと少し心配に思っていたら、実にあっけらかんとしている。しかし、やってるとは思っていたのか……。私は全然疑っていなかったから、びっくりしたよ、と笑いまじりに返す。



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真夏を手渡して - 2002年08月17日(土)

君がこの指に真夏を手渡して 呼ぶ声も遠く穂波埋もる



君は今 頬に真夏を携える 笑む歯ひかりて世も眩むごと




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風の朝 - 2002年08月16日(金)

風の朝 月の夜 嵐吹く闇に 君想う時を目を瞑り過ごす




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「明日の試合、ポジションは?」
「わからん」
「明日の朝言われるの」
「…うん」
「……」
「……」
「ゼッケンはいつ貰うの? 朝付けるの?」
「もう貰った…もう付いてる、多分」
「何番」
「”1”」
「……それ、ピッチャーって事なんじゃないの?」
「…ああ、まあ、そう」
「………」


試合、見たいな、と私は誰に言うでもなく呟く。もう一度、更にもう一度。言う度に身体から色んなものが抜けて、私はどんどんしぼんでいく気がする。弟は黙っている、この子も随分大人になった、私を無理に慰めずじっと時を読む。私は明日代理出勤を引き受けた事を心底後悔するけれど、今さらどうしようもない。マウンドに立つこの子の手足は、どんな風に動くんだろう。

「もう行くから…元気でね、試合、がんばってね」
私はきっと笑えていない。黙って弟の手元を見つめる。普段ならいくらだって愛想笑いができるのに。弟は、東京で頑張ってね、と言う。こんな事言うようになったんだ、とはっとさせられつつ、言葉にできる程の元気がない。




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流星は - 2002年08月14日(水)

流星はゆうべのことよ この空を夜間飛行で悠然とゆけ



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エアコンを付けっぱなしで眠ってしまい、早朝に目覚めた。身体が冷えている。昨日夜遅くに庭に放したうさぎの事を思い出して下へ降りていくと、両親がゴルフウェアに着替えて出掛ける準備をしている。雨だというのに、中止にはならないらしい。
期待に反して、ケージの中は空っぽだった。しかも雨でかなり気温が低い、昔のうさぎ達と違ってあの子はずっと室内飼いで育てているから、雨になんてあたったことはない筈だ。じわじわと不安になってきて、傘を開いてパジャマのまま庭に出た。「この間は、墓所のあたりにじっとしてたって聞いたんだけどな」と、追ってきた父が言う。2人で屋敷墓の周りをじっくり探すが、見つからない。困った、もしかして凄く遠くまで行ってしまったのだろうか。ため息をつきながらもう一度家に戻ると、ケージの斜め後ろ、あのふっくらとした姿がある。
「……いた!」  私が歓喜の声をあげると、父が「さっきはいなかったのに」 と驚いている。背を撫ぜるとうさぎはちっとも濡れていない、代わりにひげの先に蜘蛛の巣がくっついている。どこに隠れていたの、とわたしは安堵してようやく笑う。


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三日月ひとつ - 2002年08月11日(日)

野の西に 三日月ひとつ星ひとつ きらめきて夏の宵に入るかな



血の縁で結ばれし子を救いあげ少女そのまま力尽きぬと





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血縁という言葉は、噛締めてみれば何という重さだろう。沖縄で今日亡くなった女の子は、溺れたいとこを助けて水際の友人に託した後、力尽きたのか自らがそのまま水に沈んでしまったという。夏は取り分けこの手のやりきれないニュースでいっぱいだ。
海難事故の報せを聞く度思い出す事件がある。世の中にこんな悲しくて優しい偶然があるのだろうかと、あの時わたしは初めて思い知った。もはや殆ど薄れてしまっている彼の面影を夏の瞼に映す、私は彼の、遠慮がちで穏やかな笑顔しか知らなかった。


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この声が - 2002年08月10日(土)

この声が風になればいい かたちなどとどめないまま君に届けと



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