夕暮塔...夕暮

 

 

降り積もるたびにはればれと - 2002年11月27日(水)

きんいろの降り積もるたびにはればれと 君の旅立つ冬が始まる



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…本当に、先の見えない旅に出るっていう感じなのだけど。
おっとりとした口調で徳橋さんが呟くのを聞きながら、私はその先の明るさを予感している。今日は快晴、風が吹くと銀杏の葉が一斉に舞い降りて、乾いたアスファルトを柔らかな金色のじゅうたんに変えていく。


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寂しさを歌うより早く - 2002年11月25日(月)

寂しさを 歌うより早くこの肩に雪が降ればいい はやく



雪はいつこの肩に触れるのか誰も辛いばかりの闇などいらない




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電話来ない、と同僚がさびしげに呟く。就業後のホーム、「せっかくお化粧直したのに」 可愛らしくふてくされ気味の表情を作るのを、私は苦笑して見下ろし、そっと首を傾げる。付き合っていくうちにわかってきた、この人は、おどけてみせるけれど実はもの凄くプライドが高くて熱情的なのだ。多分こういう時にどんな言葉をかけても慰めにはならない。彼女はきっと、あのいかにもマスコット的でキュートな童顔で損をしている。あんなものじゃない、あの人の内面は、もっとずっと生々しく女の人なのに。


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待つ人の - 2002年11月21日(木)

待つ人のいないドア開ける冬の日も淡々と過ごしてゆく強さを



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日付も変わる頃、友人は地下鉄の改札近くで自宅に電話して、帰宅の遅さを告げた後、「ああー…ちょっと考える」 と顔を少し曇らせて答えて終話する。不思議に思って、何を? と尋ねると、「お風呂、今日入るか、明日朝にしようかなって。」
いいね、そういうの。私はなんとなく心暖められたような気持ちになって、つい口に出してしまう。もちろんひとりの暮らしは嫌いじゃない、面倒も多いけれど、虚勢じゃなく心地いい事もたくさんある。

「ご飯とか、こんなに忙しくても、自分で作ってるんでしょう? 凄いよね、本当…」
一度も実家を離れたことのない彼女が真剣に尊敬をこめて言っている事がわかるから、全然嫌な感じはしない。この手の発言は微妙だ。ニュアンスひとつで自慢にも嫌味にもなる。
だから私は素直に笑う、「ご飯作るのってすごく楽しいよ、この頃ちょっと凝りすぎてて、1日潰れることもあるけど」。
もちろん、実家暮らしだったらいいなあって、思う事も沢山あるんだけどね。

穏やかで優しい祖父母と、もう12歳になるビーグル犬の事を考える。
電話線でつながろうと思えば容易い、受話器の向こうに懐かしくてきれいな光景が広がる、地平線ぎりぎりまで満たす新雪の平野、庭に霜のおりた朝、冷たい水の底で眠る錦鯉たち、ひややかな感触の廊下に満ちる澄んだ空気と、祖母が畳を擦る箒がけの音。声も凍るように清冽な冬の始まり、なのにこんなに甘くて、今は少し痛々しい。

本当は、人間は多分ひとりで生きていくことには向かない生き物だと思う。
だけど私は今1人だ。自分で、そう選んだから。


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てのひらが - 2002年11月20日(水)

てのひらが暖かいねと言いたくて そっと握り返してみる昼下がり



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今更 - 2002年11月19日(火)

正直なところ、気色が悪いとしか言いようがない。何とも複雑な気持ちになる。あれだけこちらが困惑しているのを承知で追い詰めたり、機嫌にまかせて不愉快な気持ちにさせたりしておきながら、今更この態度なのか。内心溜め息をつきながらも表情は過剰になりすぎない程度にはにこやかに保っておく。あんまりサービスし過ぎると、期待させてしまってやっかいだから。多分上手にできているだろう、自分がこういう事を平然とできる性質で良かったと思う、少なくともここでは、このささやかな処世術が私の身を充分に助けた。


とりあえず一山越えたので、本屋さんに寄ってあれこれと買い込んで家路につく。久しぶりに満足。荷物はもの凄く重たくなったけれど、疲れている時でもやはり幸せな重み。今日は月齢14。


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声をきいてる - 2002年11月17日(日)

胸に灯る熱の在処を確かめるようにしてきみの声をきいてる




新米の馥郁と香るきよらかさ ましずかな冬の夜あたためて





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炊きたての新米は、いい匂いのする湯気を立ててきらきらと光を反射する。ああ、きれい、まるで内側から光ってるみたいだ。ジャーを開けたまま、ほのぼのと感心してしまう。食べ物のなかで一番美しいものって何だろう?


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父に電話を - 2002年11月16日(土)

実家からの電話、お父さんに電話してあげてと母が言う。「もう毎日ゴルフとお酒で、困っちゃうの。お酒は程々にして、ちゃんと病院に行くようにって、言って」 ああ、もう寒いだろうにゴルフなんて、相変わらずそんな生活なのか。お酒に関しては私も人の事はとやかく言えないものの、ほんとうに困った王様だ。うちは割と長命な家系だけれど、父は長生き出来ないような気がする。
幼馴染みだった妻のお小言は当たり前のように聞き流す王様の耳にも、遠くにいる娘がたまに発言すると少しは響くらしいから、久々に雑談でも持ちかけてみようか。 …私はこの頃不整脈出てませんけど、お父さんはどうですか、とか、そんな風に。なんだかちょっと頭の足りない子みたいだけど。


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何がとも - 2002年11月15日(金)

何がとも 示さずにそっと呟いた 「大丈夫だよ」が別れのことば



…………







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国やかなたと - 2002年11月14日(木)

月の野に霜降れば 鳥は黄昏の国やかなたとささめきて啼く



…………







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七色の - 2002年11月13日(水)

七色のゆりかごの内を巡りたる その残灯のうつくしきかな



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「電話、すべき、…かな………」
力無く徳橋さんが呟いて、私は彼女の内心を考えつつあえてそこを押してみる。伏し目がちの表情が美しい彼女の睫毛には深いグリーンのマスカラ、落ち着いたニットの色と合わせてあるのが、控えめで気配りのきく性質をよく表している。徳橋さんが電話したくないのもよくわかる、彼女は立て続けの揉め事や手続きでかなり疲弊していて、もう余分な元気は残っていないのだろう。 だけど。残酷かもしれないと思いながら、私は言わずにいられないのだ。
「わたしが先方だったらと思ってみると、耐えられないかもしれないと思うんです」



事態は思ったよりいい方向に展開したらしい。
「Hさん、すごく感激してたみたいで…。本当良かったと思って、電話してみて」
私は余計な策を講じたのではと不安で仕方がなかったから、芯からほっとしてしまった。

「Hさんが、あなたに、宜しくって。頼りにしているんですっておっしゃったから、ええ私もそうなんですって言ったの。 …わたし今までずっと、あなたに、支えられて来たね」

彼女がいっぱいいっぱいの状態でそっと微笑むから、わたしはたまらなく辛くなる。私はこの作為のかけらもない、腰の座った微笑が好きだったのだ。もう始まっている、抗えない奔流に流されるようにして、彼女と別れる為の日々がどうしようもなく始まっている。
置き土産のような彼女の言葉、そんな風に感謝されるだけの価値が自分にあるとは思えない、むしろ私はそれをそのままあなたに返したいのに。味気ない事務机の前、小柄な彼女を見下ろす形で私は曖昧に言葉を繋ぐ。

 
もう一年あったら。
ことばには出来ない。現実は理性的だ。彼女も多分そう思っているだろう、もう一年あったら、多分こんな風な終わり方にはならなかった。


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