2007年08月05日(日) |
抱えられて渡った小川 今はひらり 飛び越えられる。 |
前略 晃三郎様
51歳の誕生日おめでとう! 貴方が家族の傍からいなくなって、五回目の夏が来ました。 今そちらはどんな感じでしょうか。 今日は少し、貴方と私の思い出話なんかをしたいと思って筆を取りました。 読みぐるしいところもあるかとは思いますが、最後まで楽しく読んでくれることを祈っています。 前置きはこんなところで。
まだあたしがほんの赤ん坊の頃の話です。 あの時も今年みたいに暑い夏だったのでしょうね。 あまりの暑さに、貴方は冷凍庫から氷のかけらを取り出して直接口に含むことで涼を取っていました。 その様子があまりに不思議だったのでしょう、あたしは物欲しげな顔で背の高い貴方をじーっと見つめていました。
『ん?欲しいん??』
気がついた貴方は、そのまま氷をあたしの口にほおりこみました。 けれど、それは赤ん坊の口には大きすぎました。 見る見る顔が蒼白になっていくあたしを見て、貴方は焦ったそうですね。 母の方が冷静で、『逆さ向けて背中叩いて!』って言う指示に、おろおろしながら貴方は従ったのでした。 幸い、氷はすぐあたしの口から出て事なきを得ましたが、小さすぎてあたしは何にも覚えていません(だから恨み言ではなく笑い話です)。 おっちょこちょいなところのある貴方でしたが(そしてそれはあたしにきっちり遺伝されています)、あたしに対する愛は並々ならぬものだったと思います。 こんなこともありました。 小さい頃から身体が弱かったあたしですが(週二回は救急窓口にドライブをしましたね。あの時はお世話になりました)、救急車だけは乗ったことがありませんでした。 これはあたしが初めて救急車に乗った時のお話。 翌日、スキーに行く予定のあった晩、あたしの熱はうなぎ上りに上がりました。 風邪だろうか、それとも何か別の悪い病気だろうか、心配している貴方や母の前で、幼いあたしの身体はいきなり痙攣し始めたのでした。 そう、『ひきつけ』です。 あれよあれよという間に舌が喉奥に巻いていくのを発見した貴方は、焦って母に『スプーン取ってこい!!』って叫びました。 おろおろと駆けていく母にじりじりとしながら、貴方は幼いあたしの様子をじっと見守っていたのですが、もう間に合わないと感じた貴方は(舌が喉奥に巻くと最終的には窒息してしまいすもんね)、えいやっとばかりに自分の中指を突っ込んで、無理やりあたしの気道を確保したのでした。 しかし、既に意識を失っていたあたしは、反射的に口を閉じようとしました。 痙攣の引きつりも伴って、それはどんなに馬鹿力だったことでしょう。 貴方の中指にはくっきり穴が開きましたよね。 そのまま指を咥えて離さないあたしに、運転することも適わない貴方は、当時免許は貴方しか持っていなかったのも伴い、娘と二人、救急車に乗る羽目になったのでした。 この話にはオチがついていて、病院でもう一度口をこじ開けてやっと指が抜けた貴方ですが、当直医が内科医だったこともあり、おざなりな消毒をされ、ガーゼを巻かれ、『明日外科に来て下さい』って追いかえされたんですよね。 もちろんあたしは即時入院したのですが。 あの時は痛かったなぁ、と笑いながらいう貴方を今でも思い出します。 それからですね。 うちの車に木のしゃもじが常備されるようになったのは。 いつあたしがひきつけを起こしてもいいように常備されたそれを、回復してけろっと元気になったあたしは『何のために車にのっているのかなぁ?』と不思議に思ったものです(貴方の指の包帯と共に←なぜ怪我をしたのかな〜とのんきに不思議がっていたのです)。 ひきつけを起こした子どもの口に突っ込むのに、木のしゃもじは柔らかく最適なんだと知るのは、ずっと大きくなってからです(スプーンなどは子どもの歯を傷つけるから良くないんだと、深夜の内科当直医に叱られたんですよね)。 それに、こんなこともありました。 喘息がちだったあたしはすぐ扁桃腺を腫らす子どもでした。 そんなあたしに、貴方は良く効くから、と喉ぬ〜るスプレーを強要しました。 泣いて嫌がるあたしを押さえつけ(今思えばそれも愛なのですが)、喉奥にしゅっとスプレーした瞬間、あたしは思わずその味に耐え切れず吐いてしまったのでした。 こんなに嫌なんだ、ってことを伝える最終手段でした。 しかし貴方は、あたしが吐いた瞬間、汚物を手で受け止めて一喝したのでした。
『お父さんだって頑張ってんだから、お前も頑張れ!!』
幼心に、この人にはかなわない、と思った瞬間でした。 いくら子どもだからって、汚物を迷わず受け止めるなんて。 ぴたっと泣くのをやめて、あたしは二回目のスプレーを喉奥に受け止めたのでした。
生涯、力いっぱい真正面からあたしに愛を注いでくれた貴方。 いつまでも貴方はあたしの理想の男性です。
・・・・こんなに穏やかな気持ちで思い出話をできるのは、こないだの金曜の朝方、夢に出てきてくれたからだと思います。 USJでウォーターワールドのショウが始まるのを、二人で待っていましたね。 このショウ見たことある?って聞くあたしに、『いいや、初めて。楽しみやな』って笑顔で貴方は答えました。 悪役のディーコンが出てきて、ブーイングのデモンストレーション(正確にはデモンストレーション中にディーコンは出てこないのですが)を一緒にしてる時にアラームが鳴って、あたしは会社に行きたくなくなりました(でも貴方が許さないだろうと思って飛び起きました)。 今度はドリーム ザ ライドに一緒に乗りましょうね。 家族の誰よりも遊園地を楽しむ少年の心を持っていた貴方ですから、きっと気に入ると思います。 今あたしの一番のお気に入りです。
そうそう、ついでに報告します。 今、付き合っている人がいます。 そんなこと言ったら貴方は泣いて逃げちゃうでしょうか。 彼は、あたしの耳かきをよくしてくれます(貴方がよくマッサージしてくれたように)。 ごっそり出てくる耳くそを、『他人のものは汚いと思うけど、カヨから出るもので汚いと思うものはなんもないよ!』って言うような人です。 そんな時、あたしは貴方に負けず劣らずの愛をもらっているなぁ、と思います。 今後、彼とどうなるかはわからないけれど、あたしはそこそこ幸せに、けれど貴方のいない毎日を悼んで生きています。 それが貴方の一番知りかったことだと思います。 そしてあたしが一番報告したかったことです。
さて、夜も遅くなりました。 そろそろ筆を置こうと思います。 また今夜、夢で会いましょう。
おやすみなさい、おとうさん。
貴方が一番気にしてる、貴方を一番愛する、貴方の愛する娘より。
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