雑感
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「これ持っとき。」と父が私の手に渡したのはピカピカ光る ロレックスだった。 盤面がゴールドで10個のダイヤモンドがちりばめてある。
趣味らしい趣味をまるでもたない父だが、こつこつと貯めて 腕時計を集めていると知ったのはそんなに昔ではない。 コルムやロレックスを母に内緒で手に入れては、こっそり私に 見せてくれた。実際に使うわけではないのに、ぜんまいはきっちり 巻かれ、いつ取り出してもチクタクチクタクとこれこそが ほんとの時計だと言わんばかりにしっかりと動いていた。
父が仕事から引退し、時計を必要としない生活に入った頃、 最初のロレックスは弟に、プラチナの楚々としたコルムは母の 手に渡った。 大事にしてきた時計を私に託したのは、この時計を 手に入れた時とは資産状態も転げるように悪化してもう子供に家以外 は何も残してあげられないと悟ったからだろうか。 父の時計に対する思いがこもった時計を、ほんとにいいのかなと 思いつつもしっかり受け取った。
高級品にはまるで縁のない娘の手に渡った時計は、以前のように 大切に扱われることもなく新たな持ち主の手首で荒っぽく仕事 をさせられている。 机のあちこちでぶつかるので、もう少しお手柔らかに 扱ってくださいと持ち主に小言を言っているようにも聞こえる。
腕時計はマラソンレース以外では身につけないのが普通なのに 日常生活に入り込んできた、このすました時計を眺めては つかみどころのない、今ここを流れている時間について思いを 巡らしている。
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