ゆるゆると車椅子押す短き日
来し方はみなそれぞれや枯木立
南天の実の数ほどにある真
冬満月ひらりと猫の過ぎにけり
水仙の透きとほりつつ枯れゆけり
齢をとるということは確かに哀しいことではあるけれど、 また一方で、とてもおもしろくたのしいことでもある。 若いときは、口が裂けても言えないこと、などと、ばかば かしくも考えたりするものだが、いまは、ほんとうのことが なんでもなく言ってしまえる。 人生というものが 多くの場合 悔いの積み重ねである としたらその理由というか 拠ってきたるところは唯ひと つしかないと私は考えているのである。 肉体の若さみずみずしさとともに精神の老年が同生でき ないというこの哀しい一事に尽きると思うのである。
大原富枝著「メノッキオ」より
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水仙のように気品のある人は 2000年1月28日、87歳で昇天
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