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2009年06月09日(火) あの日の海 (6) |
翌朝になっても夫からの返信はなかった。 怒ってるのかな。それとも呆れた? なかなかベッドから出る気分になれず、そのままチェックアウト直前まで過ごす。 のろのろと起き出して支度を済ませ、チェックアウトしてホテルの外へ出た。 動き出したばかりの休日の街をひとりふらふらと歩いた。 駅前まで来たところで、レンタカーの文字に目がとまり、数時間だけ車を借りた。 もう一度、海が見たい。 そう思って昨日3人でドライブした道を辿る。 昨日とはうって変わって梅雨空で今にも雨が降り出しそうな空。 それでも、もう一度。 適当に合わせたラジオからは、十年前のヒットソングが流れる。 なんてタイミング。なんて偶然。 懐かしさと切なさとやり切れなさと...いろんなモノがあふれそうになる。 最後のカーブをやり過ごして、右折すると、 海の家がどんよりとした空の下で迎えてくれる。 車を降りて、砂浜まで歩く。 いつもここに来る時は、足元が気になって下ばかり向いていた気がする。 でも、今日はぼんやりかすんだ水平線を見据えて、歩いた。 天気のいい日には見えるはずの大きな島も、今日は見えない。 ひとつ、息を吐いて身震いをする。 こたえは、ひとつだけ、なのだ。 背筋を伸ばして、もう一つ息を吐く。 見慣れた海に背中を向けて、車へ戻った。 結局、空港に着いて携帯の電源を切るまで、夫からの連絡はなかった。 不安はないわけじゃないけれど、もうどうしようもなかった。 帰らなくちゃ。わたしの帰る場所へ。 そこで待っている人がわたしを必要としてくれるのかはわからないけれど。 満席でざわついている機内の自分の席で、ほんの1時間、毛布に包まって眠った。 無事空港へ到着し、荷物を待っている間に、恐る恐る携帯の電源を入れる。 しばらくすると、メールの着信があった。夫からだった。 『言い訳は後でじっくり聞くから、早く出ておいで』 怒ってる?...のかな。わからない。 でも、早く出ておいで、ってことは迎えに来てくれてるのかな... 荷物が出てくる時間がすごく長く感じられる。 早く行かなきゃ、あの人のところへ。 荷物のチェックを済ませて外へ向かう。 きょろきょろしながら夫に似た人影を消去法で探していく。 ...いた。 夫はゆっくり振り返り、初めて会った時と同じ顔でふわっと笑った。 「おかえり」 なんで笑ってるの?ウソついてたのに。 「ケリはつけてきたか?」 わかってたの?それでも笑えるの? 何にも言えないで泣いてるわたしの頭にポンと手のひらを乗せて、 もう一度「おかえり」とつぶやいた。 わたしの勘違いだったのかなぁ。 その上わたし、この人のこと、ものすごく不安にさせて... 「...ごめんなさい」 夫は乗せた手のひらでくしゃっと頭を撫でた。 わたしは、手の甲で涙をぬぐい、カバンの中でクシャクシャになった小さな箱が入った袋を夫に差し出した。 「これ...」 夫はちらりと袋の中身を見て驚いた顔をして、また笑った。 「帰ってから、聞こか」 ポツリと言って、わたしのカバンを持って、肩を抱いて歩き出した。 「うん」 そう言って、やっと笑えた。 だいじょうぶ、わたし、しあわせになる。 - 完 - |
2009年06月08日(月) あの日の海 (5) |
3人で囲む夕食のテーブルはとても楽しいものだった。 もちろん、昔よく行ったイタリアンのお店。まだお店が以前のようにあるのがうれしかった。 その周辺もやはり無くなっているお店があったり、 新しくできたお店もあったりしてそれが時の流れを感じさせた。 それでも、勝手がわかるお店でその日のオススメをつつくのは幸せだった。 そのうちに、マチコがタクミに目配せする。 あ、そかそか... もっともらしく咳払いするタクミ。 実は、俺ら結婚することになったんだ。 まだ他の連中には話してないんだけどさ。 まずはユウコに話をしなきゃ、ってマチコと言ってたとこだったんだ。 虫の知らせだったのかなー、こうやってユウコが来てくれたって。 「そう。おめでとう。いつ報告されるのかな、とは思ってたけど。」 すっと準備していたかのようなお祝いの言葉が出る。 でも、聞きたくなかった、直接タクミの口からなんて。 自分は結婚してるのに...なんかずるい、わたし。 それに、こんな気持ちになるなんて、あの人のことだって、裏切って... ユウコ、ごめんね。 不意にマチコが言った。「なんで?...もう昔の話じゃない。酔ってるの?」 ううん、大丈夫。ごめんね... わたしは、注文したのにほとんど口をつけてない白ワインで、ほんの少し唇を濡らした。 マチコの言うこと、言いたいこと、なんとなくわかる。 タクミは黙ったままだ。 あの日の3人から、結局誰もあの場所から動けなかったんだ、この10年。 「もう!あんた達は、ほんとに気にしぃなんだから...」 そう言いながら、視界がぼやけた。 でも、それがどういう涙なのか、自分でもわからずにいた。 ホテルの部屋に戻って、買ってきたお茶を一気に飲み干した。 シャワールームに入り鏡を見たら、なんとなく顔が浮腫んで見えた。 「今度会うときは夫婦だねー、きっと。」 別れる時に、そう言って二人に笑ってみせた。 わかりやすいなぁ、ふたりとも。露骨にほっとした顔するんだもの... お茶を買ったドラッグストアで、もうひとつ買ったものがあった。 小さな箱からスティック状のそれを取り出して、握り締めた。 あの優しい人は、まだ知らない。 その優しさの裏に、何があるのかも、わたしはまだ知らないでいる。 どうしよう。 一旦、シャワールームから出てため息を一つつく。 携帯を取り出して、一気にメールを打つ。 『ごめんなさい。本当は今新潟にいます。 明日最終の便で帰ります。迎えに来れる?』 間髪いれずに、送信した。 どうしてウソを告白したのかわからない。 でも、これでフィフティー・フィフティーだと自分を納得させる。 ...勝手にそう思っただけなのにね。 再び、シャワールームへ行き、お湯を溜める。 とにかくゆっくり浸かろう。 それから... 入浴から戻っても、夫からの返信はなかった。 この旅行を決めた時から感じている不安が大きくなる。 眠れない夜になるかと思っていたけれど、驚くほどすんなり眠りに落ちた。 |
2005年04月02日(土) あの日の海 (4) |
その店から、今度はタクミが車を出した。 当然のように海沿いの道へ向かう。 好きだったっしょ?海。昔っから。 マチコがそう言って笑う。 ユウコは何かあったら必ず海に行ってたよねぇ。 家に行ってもいないな、って思ったら 必ずといっていいほどあそこ行ってたよね。 タクミはなんにも言わない。 でも、車は海沿いの一本道をひた走っていた。 通いなれた道。 最後にあの海を見に行ったのはもう何年前だろう? 今は、近づく夏を感じさせる日差しが降り注いで眩しい。 まだ梅雨の時期だというのに珍しく晴れた日だった。 「懐かしい」 まだオープンしていない海の家。 そして、海からの強風で砂だらけの駐車場。 すぐに車を降りて、家の間の隙間を抜けて砂浜へ降りる。 タクミが追いかけてきた。 ユウコ、慌てすぎ。 「ごめんごめん。マチコは?」 ジュース買ってから降りてくるよ。 「そか」 そう言って、黙り込む。 なにを話したらいいんだろう。 三人なら、適当なことも言えるけど、 タクミだけを相手にいい加減なことは言えない。 昔から、そう。 タクミの前ではわたしはウソはつけない。 「変わんないね、ここ」 ほんとは知りたいの。 マチコとはどうなってるの? 聞かなくても二人を見たらわかる。 でも、きちんと知らないと、わたし... 「ほんと懐かしい...ね?」 そうだな。 結婚しているのにね、へんなの。 この街に来たら、気持ちがどんどん昔に近づく。 どうにもならないとわかっているのに、 気持ちが止まらない。 「わたし、ここでね、いつも考えてたの。 何かあったからって必ずここに来てたわけじゃないわ。 ここが好きだったのもあるし、 誰も知っている人がいない場所だから、 素のままの自分の気持ちを思い出せたわ。」 波の音、太陽の光、潮のニオイのする風。 どした?ユウコ、急に。 「ちょっと昔を思い出しただけ」 タクミー!ユウコー! ジュースを手にマチコが笑顔で砂浜へ降りてくる。 コーラを持っている手を振りながら来るから、 お前なにしてんだよ、それ炭酸だろ? そうタクミに怒られてゴメン、って笑った。 |
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