「昴さん。幸福の四条件て知つていますか」とローラは昴に云った。 「何ですか,出し抜けに」 「実は、今日会社に退職の意思表示をしてきたの。そうしたら部長が、幸福の四条件の 話をしてくだきったの」・ 「それでは、本気で僕との結婚を考えてくれているんだね」 「そうよ。真剣よ。だから私の質問に答えて」 「志、健康、金、あとはなんだろう。セックスがうまくいくことかな」 「そうね。結婚生活ではそれは欠かせないわね」 「セツクスがうまくいかなくて、浮気をしたり離婚したりというケースが結構あるんじ ないだろうか」 「子供が出来なくて夫婦仲がうまくいかない、などということも聞いたことがありますよ」 「つまるところ、セックスがうまくいかないということでしょうね」 「僕達の場合、その心配はなさそうだね。君は十分満足しているようだし。よがり声は最高だものね」と昴が言うと 「まあ昴タラッ」とローラは昴を打つ真似をした。 「志、金、健康この三つはいいわね、セックスは家族愛に含まれると思うわ。もっと大く把えて、その人を取り巻く人間関係ということよ。この四つの中で一番大切なものは何だと思いますか」 「僕は志だと思う。将来に対する希望とでも言ったほうがよいのかな」 「部長に言わせれば自己実現ということですよ」 「私に言わせれば志ということだと思うよ」 「私達にいま一番欠けているのはお金ね」 「志さえあればお金はついて来るさ。健康で志があれば今お金のないことは問題にはならない」 「私達の場合、私達を取り巻く人間関係が一つの阻害要件になっているわね」 「心配しているんだよ。ローラさんの両親は、ほんとに僕達の結婚を許してくれるだろうか。そのことだけが問題だと思う。いよいよとなれば、駆け落ちするだけの覚悟はしているんだけど、できれぼ祝福されて結婚したいからね」 「大体、目処はついているのよ。昴の気持ちが固くて心変わりしない限り、説得してみせるわ」 「その点なら、大丈夫だよ。ローラさんは僕の誇りであり、宝なんだから。志さえ堅持していれぼ、お金の問題や年齢差の問題なんか克服していけるよ。僕の心はローラさん以外にはないんだから」 「昴の志を聞かせて欲しいわ」 「僕の志は3年内に独立して、工事を請負えるようになり、5年後には会社を設立し15 後には市会議員になり、20年後には国会議員になることだ。今二十歳だから25歳で社長 35歳で市会議員、40才で国会議員、50歳で大臣になるということだ」 「素晴らしいわ。目が輝いているわ。それだけのことが言える若い人が最近いないのが しいわ。私が昴に注目したのは貴方の目が輝いていたからよ。そして仕事に夢中になっている姿よ。人の嫌がる残業や休日出勤を買ってでるのは何時も昴なので最初はこの人守銭奴かなと思ったわ。だけどそれにしては目の輝きが違うのね。それが私の気持ちを動かしたんだわ」 「ローラさんが私をそんなふうに思って呉れるのは有り雛いが、私には財産はなにもないですよ。父親は私が小さいときに蒸発したし、残された母親は兄貴と私と妹を育てる為 、託児所に預けて、キヤバレー勤めをしたんです。とても貧しく人様に誇れるものは何もないんですよ。あるのは健康と志とやる気だけ」 「私だって今までに幾つか縁談もありましたし、恋愛もして結婚しようと思った人もいますわよ。でも具体的に話が進んでくると逃げ腰になる男ばかりで、実りませんでした」 「何故ですか」 「私の理想が高かったから」 「ローラさんの理想とは」 「志の高い男であることよ」 「私は志が高いことになるのですか」 「現代の男はなんですか。皆、小市民的な発想しかできないのかしらね。マイホームを守って、遅れず、休まず、働かずで適当に会社生活をすごせばいいと考えている人達ばかりですわ。管理社会だから実力の振るいようがないなどと言って適当にやっているのですから。いじましいたらありやしない」 「志の高いことでは誰にも引げをとらないつもりです」 「自分は志が高いと口では言えるわ、でもそれを保持し実現することは難しいことよ。 志の高きが本物か偽物かを見分げる物差しがあるわ」 「その物差しとは何ですか」 「コンプレックスよ」 「コンプレヅクスだって」 「そうよ、しかも劣等感のほうがバネになるのよ。優越感のほうは往々にしてその人を駄目にするわ。優越感に安住して自分を高める努力をしなくなるからよ」 「ローラのコンプレックスは何」 「八才も年下の男性と結婚すること、この劣等感がきっと人間関係を円滑にしていくバネになると思っているの、親戚や友人達はいろんなことを言うでしょう。でもそれは社会の既成観念に囚われた俗人の言葉よ」 「ローラ、僕は幸せだ、志を高くもって必ず実現するからね。志が挫けそうになったら 励して欲しい」 無料で使える自動返信メール
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「そうですね。ぜひ聞かせで下さい」 「幸福の四条件ということを言った人があるんですよ。幸福の四辺形とも呼ばれています。その第一は、本人の健康です。男女とも精神的にも肉体的にも健康であること。第 に、経済的な基盤があること。つまり多くはいらないが文化的で健康な生活ができるだけの収入が確保されること。 第三に、二人を取り巻く人間関係が良好であること。感情的な蟠りがなく、親戚や兄弟の中に犯罪者や精神異常者がいないこと。第四に、自己実現ができること。自分でやっていることや生活していることに生き甲斐ややり甲斐を感じられること。この条件のどれか一つが欠けても幸福とはいえないと思います。こういう観点からローラさんの縁談を考えたとき両親は第二の条件つまり経済的基盤のことを一番心配されて反対しておられるのだと思う。その点をもう一度良く考えて結論を出した方がいいと思いますよ。何といっても親は子供のことを一番考えていてくれるのだからね」 「ありがとうございます。非常に良いお話を聞かせて戴きました。よく考えて見ます」
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志を捨てた加賀美に淑子が魅力を感じなくなったからである。加賀美は見合いをして資産家の娘と結婚し平凡なサラリーマンの道を選んで今日に至った。淑子は医者に嫁いで 人の子を設げたが夫に若くして先立たれ、学習塾を経営しながら二人の子供を育てあげ親の責任を果たした。あのとき淑子の言った「目が輝いている」男として、弁護士になっ いたらもっと違った人生になっていただろうと思ったのである。 回想から現実の我にかえった加賀美は、年長者の貫祿を示さなければと平静さを装って 言った。 「私も二人の娘の親だ。幸い二人とも最近、世間並みな結婚をしてくれてほっとしてい ところだからローラさんの両親の心配はよく理解できるよ。やはり相手が年下だったら いに反対したと思うよ。外国人であっても多分反対するだろうな」 「普通の親ならそうでしょうね」 「そりやそうだよ。親が誰よりも娘のことは心配しているのが健全な家庭のあり方だと思うよ」 「世間の常識に従って、年齢差も三才位年上の平均的な男性と結婚して子供を二人位生んで、教育ママをやり、郊外に戸建てのマイホームを持ち、あくせく住宅ローンを返済するために家計をやりくりして夫の定年退職を迎える。あとは夫婦で海外旅行を何回か楽しんで孫達に土産物を買って帰る。そんな中で生を終える。これが平均的な日本人の現代の幸福というものでしょう」と世の中が分かりきっているような口ぶりである。 「ローラさんの幸福観とはどんなものですか」 「よく分かりませんわ。でも目が輝いて何かに向かって進んでいるという状態。心の満足とでもいったことではないかしら」 「心の充実という面に着目した点は最近の若い人には珍しく、敬意を表します。だが、 貴方の御両親の心配されるように幸福は精神だけではない。物質も伴うものですよ。そこ 老婆心ながら。幸福の条件というものについて話してあげたい。・・童話でも小説でも 王子様と王女様や若い男女が困難を克服して結ばれ、幸福な生活を送りましたというハッピーエンド物語が多いのですが幸福の内容は書いていないことが多いでしょ。そこで幸福とはなにか、その内容を考えてみる必要があると思いますが、どうでしょう」
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加賀美は何時から自分の目は輝かなくなったのだろうかと考えた。加賀美が大学を卒業したのは日本の高度成長がその緒についた頃であった。加賀美には学生時代に付き合っ ている淑子という女性がいた。加賀美が理想主義的な人生観を語るとうっとりした表情 慎ましやかに聞いて呉れるのが淑子であった。淑子は土地の資産家の娘で三人姉妹の末っ子であったが父を早く亡くし、賢い母の手一つで育てられ、田舎の小中学校は加賀美と同じ町立の学校に通ったが、高校、大学はミッションスクールヘ進学した。 加賀美は勉強が良く出来て小中学時代は開校以来の秀才だと言われていたが、両親が 地からの引き上げ者であったため、飢餓の辛さをよく知り尽くしていた。苦学しながら 立の有名進学校を経て国立の一流大学ヘ入学した頃、加賀美と淑子の交際は始まった。 賀美は弁護士になってゆくゆくは政治家になろうという志を持っていた。この志を淑子によく語って聞かせていた。 淑子は加賀美の言葉を信じて、あなたの目が輝いている限り、志が実現するまでどんなことがあっても付いていくわと言った。加賀美の志は簡単に砕けた。アルバイトをしながら苦学を続けて、志を実現するよりも友人達のように学生生活をエンジョイしながら大 を卒業し、一流会社に就職して世間並の小市民的な生活をしたいとの誘惑が心に芽生えはじめた頃、淑子との交際は終わっていた。
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「まさか退職したいというのではないだろうね。ローラさん」加賀美武史は単刀直入に 切り出してローラの顔を覗き込んだき込んだ。 「まことに申し訳ありませんが、そうなんです。三月一杯で退職させて戴きたいのです が」ローラは消え入りたい風情で加賀美の目を見上げながらなにかを訴えている。目標 定面接の際、加賀美の質問に対して暫くの間結婚の予定はないと断定したことを思い出 ていたのかもしれない。 「つい十日前の目標設定面接の時、少なくとも後一年間は縁談のエの字も無いし、辞め ことはありませんと言っていたばかりではないの」とつい詰問口調になってしまう。 人事担当者としては社内の人の異動には常に神経を尖らせておかなげれば人員計画に齟 齬を来すので、野暮を承知で質問をする習性ができている。 「まことに申し訳ありません」 「おめでたですか」 「いいえそうではありません」 「それなら、何故辞めるのかな。あなたのお友達田沢真美さんが退職するのでそれが引 金になったということかね」 「それも一つのきっかけです」 「田沢真美きんが、あなたより後から入社してきて、あなたより先に結婚退職するから 辛くなったというのかもしれないが、そんなことはよくあることで何も気にすることは いと思うがね」 「そんなことは全然気にしていません」 「それなら、何も辞める必要はないじやあないの。不景気で就職難の時代なんだから、 職先を探すのも大変だろう」 「それはそうですが、いろいろありまして」 「職場で人間関係が気まづくなったとか、お局さんが嫌がらせをするとか」 「そんなのではありません。皆さん良い方ばかりですし、今時の会社としてはお給料も いほうだし、残業もないから働く場所としては最高だと思ってます」 「では辞めなくてもいいじやあないですか」 「でも辞めたいんです」 「何故ですか」 「どうしても理由をいわなければなりませんか」 「勿論。理由なしに退職届けを受理するわけにはいかないよ」 「まだ決めたわけではありませんが、多分結婚することになると思います」 「付き合ってている人がいるということですか」 「ええ」 「それはよかった。相手はどんな人なの。会社の人なの」 「色々ありましてまだ申仕上げる段階ではありません。私自身の気持ちとしてはその人 結婚したいと心に決めているのですが、障害が沢山ありまして今月一杯で結論を出した と考えている所なのです」 「それなら敢えて相手の名前は聞きませんが、どんな問題があるの、よかったら聞かせ 貰えないだろうか」 「まあいいじゃありませんか。はっきりしたら御報告いたしますから」 「親に反対されているということなの」 「それもあります」 「相手の人が海の向こうの人で肌の色が違うとか」 「それは違います」 「特殊な地域出身の人とか」 「それも当たっていません」 「それでは年齢が極端に離れているとか、或いは姉さん女房とか」 「・・・・・・・・・・・」 「図星のようだね。それで何才くらい違うの」 「かなり離れています」 「一回りも違うのかな」 「そんなに離れていません」 「それでは何才なのよ」 「8才です」 「相手が年下ということですね」 「ええ。恥ずかしいわ」 「何も恥ずかしがることはないでしょう。最近のはやりだからいいじやあないですか。 花だって8才年上の姉さん女房だったでしょう」 「・・・・・・・・・・・」 「それはそうとして、あなたのように美人で聡明な人が何も年下の人と結婚しなくても い人は沢山いると思いますがね」 「端の人はやはりそう思うのでしょうね。それでは、これで」 「待ちなさい。結婚するかしないかの結論は何時だすの」 「年内には決めたいと思っています」 「先方の両親はこの縁談には賛成しているの」 「ええ。そちらは大丈夫です」 「問題はローラーさんの両親の反対が障害になっているということなの」 「そうです」 「御両親がこの結婚に反対される理由は多分経済的なことだろうと思いますよ。ローラ ーさんは今28才でしょ。すると彼氏は20才だ。その年齢だと、日本の年功賃金制度のも では給料が安くてやっていけないのではないかな。有名芸能人か有名なスポーツ選手で ければまず経済的にやっていけないと思う。人の親なら誰だってそう考えるよ」 「そうなんですよ」 「御両親がどうしても許して下さらないときはどうするつもりですか」 「その時は駆け落ちする覚悟です」 「決意は固いのだね」 「はい」 「あなたのような美人で聡明な人が、何故8歳も年下の男性と結婚しようなどと考える かよくわからないね。丁度恰好の適齢者が沢山いる筈なのに」 「たしかに、好意を寄せて下さる方は沢山いますわ。でも私の気持ちが燃え上がらない です」 「贅沢をいって」 「今回は、気持ちが燃え上がったというわけですか」 「そうなんです」 「何故ですか」 「とても目の美しい人なんです」 「目が美しい?」 「そうなんです。輝いているのです」と蝋羅が真剣な顔付きで言った。 加賀美は「輝いているんですか」とおうむ返しに声をだしたが、頭を一発殴られた思いであった。
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蝋羅の結婚 暮れも押し迫り、営業担当者はカレンダーを持って挨拶廻りに忙しく、総務担当部長 加資美武史は大掃除の指揮やら年末調整の指示とか、迎春のための門松、しめ縄、保有 両のお札の交換等、目の回る忙しさのただなかに居た。 「部長、少しだけお時問を戴けないでしようか」と石沢蝋羅が真剣な眼差しで言った。 「面倒な話かいと加賀美武史は、心臓がキュンと鳴るのを意識しながらも平静を装って いた。 「ちよっと込み入っていますので」と蝋羅は人の良さそうな顔の頬に紅をさしながら答 えた。 「それでは、応接室へ行こうか」と加賀美武史は蝋羅を応接室へ促した。 加資美武史はこの会社へ入社以来、人事担当者として、何度こんな形で女子事務員と 対したことであろうかと思いながら庶務の小母さんヘコーヒーと緑茶を頼んで応接室へ った。今までの経験では十中八九が退職の意思表示である。早速明日には求人広告会社 電話して補充採用の広告をうたなければなるまいと考えていた。職業安定所は最近「ハ ーワーク」等と呼び名を変えて、失業者達の集まる所という暗いイメージを払拭しよう しているが、若い女性達の職業紹介業務にはあまり寄与していない。駅頭で小銭を払え 簡単に入手できる「トラバーユ」とか「ビーイング」等という求人雑誌のほうが若い女 達にとっては手っとり早い情報源だし気にいった賞品でも選ぶ感覚で就職先を選べるか である。 蝋羅はローラと読み、一風変わったバタ臭い名前なので、珍しさも手伝って苗字で石 と呼ぶ者はなく「ローラさん」で通っていた。ローラは三年程前に欠員補充のため「ト バーユ」に求人広告を乗せた時、これに応募してきた三十人の中から唯一人選ばれた気 てが良く容姿端麗で秀逸な女子事務員であった。機転が効くことは営業事務には最も向 ており、その如才ない機知に富んだ電話のやりとりと来客の応対には客先に評判が良く 会社のイメージアップには大いに貢献している看板娘ともいうべき事務員であった。 勿論ワープロはブラインドタッチの技能を有しており、汚い見積もり原稿でもこれを ちどころに立派なドキュメントに仕立て上げて呉れるし、検算を頼めば見とれる程の素 い指先の動きで電卓を叩き間違いを正して呉れるのである。そしてなによりも人柄がよ 、美人ですらりと伸びた脚はファッションモデルにしても十分通用するものを持ってい 。 年齢は28歳で適齢期にあり、社内外の若い男性からはよく電話がかかってきていたので 彼女を射落とす果報者はどんな男であろうかと社内の関心事であった。
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2005年10月26日(水) |
ベチャの面6(完結編) |
「ベチャよ。べちゃよ」とはやしたてて逃げて行く子供達を追っかけて、小学校前の文房具屋前までくると、餓鬼大将の富雄がするめを齧りながら、女の下駄を頭の上にかざして「香織の下駄はトウキョウセイ」と節をつけて歌っている。下駄をとられた香織が「返して頂戴」と泣きべそうかきながら富雄を追っかけている。 清一は香織の災難を見ると富雄の恐ろしさが頭の中に閃きはしたが、それよりも香織の下駄を取り替えしてやらなければならないという考えの方が先に走った。つかつかと富雄の傍らへ近づいて襟首を掴むといきなり、頬に平手打ちを一発食らわせた。不意打ちにあってたじろいだ富雄が鼻の穴を大きく膨らませてピクピクさせている。すかさず清一が青竹を振り上げると、怯えた富雄は声も出さずに逃げ出した。
清一はこんなに簡単に事が運ぶとは予想さえしていなかったのであっけにとられたが、富雄の逃げていく姿を見ると追っかけてみたくなった。追いかけてみると富雄は一生懸命逃げていく。相手が逃げるとますます面白くなって清一はどんどん追いかけた。今日こそは何時もいじめられている仕返しをしてやろうという気持ちが起きて、富雄が悲鳴をあげるまで追いかけ、青竹で叩いてやろうと清一は思った。面を被っているので、誰がやっているかわからないだろうという気持ちが富雄を大胆にした。いつも威張って清一達をいじめている富雄の姿が今日程みじめに見えた日はなかったと清一は思った。そして、香織にはベチャの面を見せるのはやめようと思った。走りながら今日の出来事は内緒にしておこうと思った。
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この地方には、吉備津彦神社と吉備津神社とが山を幾つか越えた部落にあって桃太郎伝説が伝わっている。清一の住んでいる町は、岡山県南部の藺草と畳表の産地である。氏神様としては鶴崎神社というのがあって、何でも吉備津神社とはゆかりのある神社らしい。伝説によれば、吉備津彦の命が鬼退治をしたことになっており、鬼というのは瀬戸内海の塩飽諸島を根城として内海を暴れ廻っていた海賊だとの説がある。面白いことに吉備津神社と吉備津彦神社のお祭りには鬼がでない。鬼がでるのは鶴崎神社のお祭りだけである。清一の町は鶴崎神社の氏子が殆どなので、祭りといえば鬼がでるものと決まっている。鬼は通常小学校4〜5年生の年頃から17〜8才の青年までが、めいめいに作っておいた鬼面を被り、それぞれに意匠を凝らした装束を纏って、町を練り歩くのである。赤色または青色のシャツを着て、色付きのモンペ風のズボンをはき、足には脚絆を巻き手には手甲をする。腰には超ミニスカート風の腰巻きを巻き、腹には金時腹巻をつけている。ほう歯の高下駄を履き丹精して作った鬼面を被る。鬼面には棕櫚の毛で作った頭髪がつけてあり、背中へ長く垂れ流すのである。
そして手には青竹を六尺くらいの長さに切った物を持ち、青竹をひきづりながら歩くのである。青竹の先は割ってあり、通行人を襲う時は青竹を地面に叩きつけて、パンパンと音を出す。このようなし青鬼、赤鬼が祭りともなれば40〜50匹も出現して町中を練り歩くのである。17〜18才の青年達は町の若い娘達の尻を追いかけ喜んでいるという具合である。 清一は今年、初めて手作りの面をつけて、町へでたのであるが、近所の子供達を追いかけまわし得意になっていた。鬼面をつけて高下駄を履くと小学校4年生であっても、背丈は高くなり大人より大きくなることがある。
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清一はベチャ面作りがうまくいかなかった上に、投げしまで良い餌を富雄に巻き上げられてしまい、面白くない一日だった。清一は家に帰りつくとうっぷんの持っていき場所がなかったので、飼い猫の三毛が清一の傍らへじゃれついてきたのを幸いとばかり思い切り蹴飛ばした。三毛はいきなり蹴飛ばされてギャォーと悲鳴をあげながら、すっ飛んで逃げた。 清一の面作りは進んで、あとはエナメルしを塗り、面の頭に毛をつけるだけとなった。清一はさっきから、面の色を何色にしようかと考えている。赤色か、緑色のどちらかなのだが、装束のことも一緒に考えておかなければ、簡単には決められない。清一は緑色に塗って緑色のシャツを着、黒い袴をはいてみたいと思うのだが、清一の体に合いそうな緑色のシャツも黒い袴も自分の家にはなさそうである。赤なら、姉のセーターと腰巻きを借りれば、恰好だけはつきそうである。腹巻だけ母親にねだって縫って貰えばよいのだ。ここまで考えて清一は赤色に塗ることに決めた。後は頭髪につける棕櫚の皮を伯父の家へ行って貰ってくればよい。 いよいよ秋祭りの日がやってきた。 清一は親友の毅にも内緒で作ってきたベチャの面を被って往来を歩いているベチャの群れの中へ入っていくことを考えると胸がわくわくした。そして何よりも、ベチャ姿で香織のうちへ訪ねて行き、香織を驚かせてやろうと思うと心がはやった。
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清一は先刻から一心不乱に粘土を捏ねているがどうしてもうまくつくれない。時折、癇癪を起こしては九分通り出来上がった面型に竹のへらで十文字に罰点をいれて粘土を団子にしている。香織に見せて褒められるような面を作らなければと思うとなかなかうまくいかなかった。また最初からやり直して目を彫りかけていた。 「清一、毅君が投げし針を漬けにいこうと誘いにきとんさるよ」という母の声で清一は今日の面作りはやめることにした。 「きちんと後片付けをせにゃぁおえんぞな」という母のくどい小言を聞くのが嫌なので、「今片づけて行くから待っていてつかぁせぇ」と先手を打っておいて、急いで粘土を丸め、押し入れの中へ投げ込んだ。剛に入ってこられては面作りの現場を見られてしまうからだ。
今まで,畳表を織っていたらしく、モンペをはいた母が藺草の泥で汚れた手を拭きながら毅を連れてきた。毅は既に長靴を履いて手には投げし針の糸を入れた籠をぶら下げている。 「清一ちゃん、何しょうたん。はよう、餌つけにゃあ、ええ場所全部とられてしまうがなぁ」と毅は言った。清一がベチャ作りをしていたことは気づかれずに済んだようである。 「そうじゃのう、すぐ持ってくるけぇ、ここで待っていてつかぁせぇ」と言い残して長屋へ投げし針を取りに走った。
二人は秘密の溝から集めてきて、空き缶に入れておいた三角蛭を地べたにかがみこんでせっせと針に無言のまま取り付けた。長屋の奥からは母の織機を動かす音がカタンカタンと漸くたそがれ始めた裏庭に流れていた。
清一は小学校四年生で農家の毅とは同級生であった。 清一と毅が田圃の畦道を空豆の葉についている雨水でずぼんをぐしゃぐしゃに濡らしながら、六間川に来てみると既に人影が2〜3人投げし針を漬けているのが目に入った。中学一年の富雄も弟の富次と一緒にきているようである。 「清一ちゃん、富雄がきているぜ、どねぇしょうのぉ。三軒地の方へ行こうかのう」と富雄の姿を目敏く認めた毅が相談した。 「そうじゃのう。あいつが一緒じゃと、盗られてしまうけぇのう」 その時富雄の方もこちらの姿を認めたらしく 「おーい清一と毅じゃねぇか。この辺はようかかるんかいのう」と声をかけてきた。こうなっては万事窮すである。 「おえりゃぁせんわぁ。昨日も百本漬けたんじゃが、かかったのは鯰とどんこだけじゃ」と毅が答えた。 「お前ら餌は何をつけとるんじゃ」 「わいらは三角蛭じゃ」 「そうか、お前ら三角蛭か。どこでとったんじゃ。わいら、三角蛭がおらんけえ雨蛙じゃが」と富雄が言ったので、清一も毅もこれは雲行きが怪しくなってきたぞと思うと案の定、富雄が癪にさわることう言いだした。 「おい、お前ら、わいらの投げしと取り替えてくれ。わいら百本もっとるけぇのう、お前らのを百本こちらへ寄越せや」
清一と毅はお互いに顔を見合せたが、何しろ相手が悪い。富雄は中学一年生で、札付きの餓鬼大将である。大柄な上に腕力が強く,富雄の意に逆らうとどんな目にあわされるか判らない。勉強はできないくせに、悪知恵だけは発達していて、学校の先生達もその指導には手を焼いているのである。清一と毅は不承不承、折角臭い溝に入って、洋服を汚しながら集めた三角蛭を餌につけてある投げしを富雄のそれと交換した。六間川と早川は大体清一と毅の領分で、富雄達はこの近くへは姿を見せた事がなかったのに、今日は早々とやってきている。清一は鰻のよくかかる早川を富雄に占領された上に、三角蛭の餌のついた投げしまで取り上げられて、口惜しくて仕方がないのであるが、富雄の理不尽な暴力が恐ろしくて、言うことをきくより仕方がないのである。諦めた二人は、富雄から代わりに受け取った雨蛙のついた投げしを次々に川へ投げ込んで帰路についた。いつしか日はとっぷり暮れて、田圃では蛙のオーケストラが始まっていた。
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