文ツヅリ | ||
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2004年11月13日(土) 【高桂】 刺草 |
ザアザアと雨は降り続いた。 生憎、傘は持っていない。 棲家まではまだ遠かった。 仕方なく屋根の下に滑り込む。 肩の雫を払い、空に目をやる。 雨は一向に止む気配がない。 灰色の雲が町に降りて来たかのように、一面を自らの色に包む。 まばらに、頭を腕で覆いながら駆ける町人も、いつか途絶えた。 人気のない町は静寂を称えていた。 雨音を除いて。 単調な雨の音は思考を鈍らせる。 ノイズの塊が膜となって、両耳に貼り付いているようだ。 外はざわざわと五月蝿いのに、内はしんと暗く、冷たい。 目をつむると、土の湿った匂いが肺を満たす。 取り込まれそうだ。 否、というよりこれは願望で。 ノイズに包まれ、全てを食われてしまえたら。 どんなにか楽になれるのだろう。 カララ 背後で引き戸の開く音に、思わず肩が撥ねる。 同時に目が開き、視界が戻る。 肩越しに見えた。 暗闇から青白い腕が伸びる。 手が。 「よォ……久しぶりじゃねえか」 視界に広がって、肩の上に留まった。 かさついているのにどこか粘り気のある声で。 名前を呼ばれる。いや、名前じゃないが。 ひどく、懐かしく。 脳の奥を揺さぶられる。 「高杉か」 思っていたよりずっと小さな声になり、自分で驚いた。 聞こえているのかいないのか、それには答えずに、高杉は鼻を鳴らした。 「なにしてんだよ、こんなとこで」 「お互い様だろう」 相変わらずつれないお返事、大きなお世話だ、――それより手を離せ。 昔と変わらない一辺倒のやりとりのあと。 「情報収集。」 どこかせせら笑うような響きを持つ声だった。 それにただ、目を向けた。 顔は包帯で隠れて見えなかったが、口が笑っていた。 「女、か」 「男だったりして」 眉をひそめると、高杉は喉の奥で笑った。 ああ、――ウリか。 仕事自体を汚らわしいとは思わない。 それは、そう、仕事だ。 手段の一つであり、さほど珍しくもない。 しかし、――。 「お前が?」 「なかなか高く売れるらしいぜ」 言って、うなじの辺りを掻いた。 次いで揺れる袂から、僅かに甘い香りがした。 特有の甘い香り。 遊廓の女、特有の香り。 ゆるりと目をそらし、嘆息した。 「変わったな」 「悪いか」 「何も」 「嘘つけ」 「嘘など」 「なら」 ――その顔はなんだ?―― ぐいと顎を引かれて前髪を捲りあげられた。 『その顔』とやらがさらけ出される。 湿った髪は押さえ付けられ、ぺたんと上部に張り付く。 香りが強くなった。 「なんだと言われても」 俺には俺の顔など見えないのだが。 ただ、目の前にあるお前の顔が嬉しそうに歪むので、筋肉は引き攣っている気がする。 「気に入らないんだろ」 「何がだ」 「俺が」 変わった俺が。 あるいは――変われない自分が。 頭を引き戸に五月蝿くぶつけられて、不快なことこの上なく。 更に引き攣る顔を見て、また笑う。 「お前は変わらないな」 「必要がない」 「そうか?」 すると、ふいに噛みつくように、唇を。 「や……、めろッ」 突き放すが、再度抱き締められると敵わない。 節の目立つ細い指を髪に潜らせ、こめかみの上を流れるだけで。 「……やぁ……んぅ」 舌が絡みついて、思考が麻痺する。 角度を変えて、深く吸いついてくる。 その間に、髪を梳いていた手を、着物の内に滑り込ませる。 太ももの裏まで撫でつけて、そして―― 「触るとでも?」 ハッ、と目を開ける。 そう、いつの間にか目を閉じていた。 感覚だけで高杉を追っていたのだ。 触れられる、段取りまで。 今度こそ突き放した。 すると高杉は目を細め、喉を鳴らし、笑う。 「お前は変わらないな」 大きな、お世話だ。 目を背けて、唇を拭った。 しかし、そうすることが拒絶に繋がるとも思えなかった。 結局、享受しているのは自分の方だった。 思い知らされた。 これ以上ないと言う程に。 唇がジン、と痺れた。 どうすることもできないまま、視線が足下まで降りていた。 裾まで、地面を弾いた雨に濡れている。 一向に止まぬ雨。 心なしか酷くなってきているような。 こんなことなら、雨宿りなどせずに帰ってしまえば良かった、などと。 後悔しても、もう遅い訳だが。 無駄だと解っていながら、悔やまずにはいられない。 乱れた裾を整え、息を長めに吐き出した所。 「お前も祭に来るか?」 脈絡のない言葉に、思い出すまで暫くかかった。 祭。 近々、将軍が態々その姿を晒してまで、町に下りてくるという、あの。 滅多にない機会。 でも。 「俺は、行かぬ」 お前が来るのなら。 「来いよ」 「行かぬ」 「来いよ」 「行かぬ」 「来い。」 行かぬ。 言ったところで逆らえない。 それをこの男は知っている。 俺が、お前に逆らえない事を。 抗う言葉を最後に言えないまま、項垂れた。 高杉にしては優しく、もう一度引き寄せられると、頬に口付けを残し。 そして、 最悪の言葉でもって、俺を縛り付けていった。 ――アイシテル―― それはノイズとなって、繰り返し繰り返し、頭の中で降り続ける。 一向に止まずに、他の雑音を奪ってしまうのだ。 ザアザアと。 そう。 既に、俺は食われていた。 楽になれる方法などない、その中に。 * * * 雨が降っていた。 いつまでも降り止まない雨。 そうしてお前が来るのだ。 そうして、自らの色で俺を包むのだ。 <終> ×−−−×−−−× 史実の幼馴染ってのを活かして、高桂ラブラブ設定。(え、どこが?) どーも下手くそで申し訳ない。話どんどん飛んじゃってね。 なんか結局意味不明じゃねーの。 ……いやあ、高ヅラって一度は書いてみたいよね!(知らんがな オフィシャル無視しちゃってすいません。祭とか色々「えぇー」みたいな。 |
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