日々雑感
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今住んでいるアパートには風呂がない。給湯器もない。エアコンもなかったのだが、「付けてあげるわよ」という大家さんの一声で、設置してもらえることになった。
午前中の早い時間から電気工事の人が二人やってくる。親方と修業中のその弟子という組み合わせで、弟子のほうはエアコン設置は初めてという。壁に穴を開けるためのドリルの扱い方から足場の組み方まで、ときには叱られ、あるいは諭され、この親方、なかなか厳しい。
「一を聞いて十を知れって言うだろ」「今やってる作業が、次に何につながるのか常にイメージしながら手を動かせ」「数字にとらわれないで、最後は自分の目で実際に見た感覚を信じろ」「後片付けは心をこめてやらなきゃダメだ」等々、人生訓の本にでも出てきそうな台詞が続々。それでいながら、手が空いているときは、こちらに向かって、最近手がけた工事の話だとか、自分が担当したお店の話だとか、いろいろと裏話を聞かせてくれる。
作業を待っている間、1階へと降りる階段の踊り場(というほど広くもないが)で外を眺めていた。高いビルや高架に囲まれ、そこだけぽっかりと古い家やアパート群が残る隙間だ。向かいに建つビルのずっと上の階では、小さな男の子がベランダに出て何かを見ている。布団が干されている階もある。2階の中華料理屋の裏口が見え、従業員がひっきりなしに出入りしている。自転車で、あるいは徒歩で、行き交う人がいる。建物だらけだけれども、意外に緑も多い。隣はトタン屋根の空家で、人の気配が消えた中、夾竹桃だけ鮮やかに咲いている。
ここに住んで8ヵ月、この場所をこんなふうにちゃんと見たのは、はじめてかもしれない。ずっと心ここにあらずで、他の場所のことばかり考えていたような気がする。ビルの谷間の穴ぐらのような部屋にいて、けれどもここがとりあえずの自分の居場所だ。「今、ここ」から目を逸らしても、きっと結局はどこへも行けない。
昼過ぎに作業が終わる。試運転も成功し、「いいでしょ。楽園みたいでしょ」と親方。この後、ふたりは以前工事を担当した「カフェ」にてランチをとるらしい。お金のない店長に頼み込まれて破格で工事を受け持った縁もあり、ランチをとったり、一服したり、今ではすっかり常連なのだとか。「男の感性とはちょっと違うけどね、いいんだよね」。マスターに話しといてあげるから今度行ってみてよ、電気屋のおやじの知り合いって言えばコーヒーくらい御馳走してくれるから、すかさず後ろから、店長、独身だよ、と、弟子の声もする。アルコール類の品揃えもよいというし、今度ぜひ行ってみます。
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