日々雑感
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昨夏、友人が入谷の朝顔市のお土産だといって朝顔の鉢を持ってきてくれた。青い花をいくつも咲かせたあと、かなりの数の種がとれた。今日、久しぶりの晴れ間を見て種まき。水につけて種を柔らかくしておくと発芽しやすいというので、湿らせた脱脂綿の上に一晩載せておいたところ、二つが種まきを待たずして小さな根っこらしきものを出している。引き出しの中に入っていた間も、芽となり、やがて花を咲かせるものは、じっとこの時を待っていたのだ。無精してこの時期まで延ばして申し訳なかったと思う。明日から十分に気温が上がって、楽に発芽できるとよいのだが。
「種」といって思い出すのは、
まだ夏が終わらない 燈台へ行く道
と始まる、西脇順三郎の「燈台へ行く道」の中の次の箇所だ。
岩山をつきぬけたトンネルの道へはいる前 「とべら」という木が枝を崖からたらしていたのを 実のついた小枝の先を折つて そのみどり色の梅のような固い実を割つてみた ペルシャのじゆうたんのように赤い 種子がたくさん 心のところにひそんでいた 暗いところに幸福に住んでいた かわいい生命をおどろかしたことは たいへん気の毒に思つた そんなさびしい自然の秘密をあばくものでない その暗いところにいつまでも かくれていたかつたのだろう 人間や岩や植物のことを考えながら また燈台への道を歩き出した
午後からバスに乗り、隣り町の図書館へ。帰りは歩く。路地裏の、とある家の前に、子どもの小さな靴が二足、きちんと並べて干されていた。
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