あきら
目次未来過去

My追加
2007年10月17日(水)

目の前で…宙を舞った。


目の前で、足を痙攣させて…
小さなその身体が、宙を舞いました。
前の車は悪くない。
きっと、この子猫が急に飛び出してきたのだと思う。
辺りは夕闇の中…、岐路を急ぐ前の車は、悪くない。

でも、それが網膜に焼きついた瞬間。
私は、「嫌!!」って叫んでました。
ワナワナと震えてしまって。
避ける事も出来ず、私はその子猫の上を通過していきました。
幸い、私はタイヤで轢いた感触はなく、
前の車のどこに当たったのかは、見えませんでした。

心臓が妙な拍動となり、呼吸が荒くなって、
パニックを起こしかけていました。
何とか、必死に車は運転し続けたのですが、
今、戻れば、まだ生きているかもしれない…
足とかを轢かれたのかもしれない…
と、次の次の信号で、Uターンをして、戻りました。

その子猫が轢かれたのは、何と、動物病院の前だったんです。
すぐに駆け込めば助かるかも…。
一縷の望みを掛けていたのです。

対向車の明かりに照らされた、その小さな物体は、
全く動きませんでした。

反対車線の住宅側にあった、少しだけのスペースに車を停めて、
車から降りると、もう駄目なのがすぐにわかりました。
夕闇の中、黒い小さな道路についたシミの様な存在になっていたから。

私が更に轢いてしまったのか…
それとも後続車の、どれかに轢かれたのか…
ハッキリと観なくても…解りました。

対向車側の直ぐ手前の信号が赤になっていたので、
車から降りて、瞬時にその子の身体の下に手を入れて、
動物病院の前の駐車場の脇の草の上に、身体を横たえました。
土の上じゃなきゃ、土に帰れない。
掘って弔ってあげる程、直視出来ない、弱い自分。

何故か血には触れなかった。
ハンカチを手に巻いて、ハンドルを握って…
号泣しながら帰りました。

帰って、自分の部屋で大泣きして、
少し収まってから、娘を抱きしめに行きました。
私の鎮静剤。

「はいはい。(ポンポン)」

って、どっちがお母さんなのか解らない幾度もあるこの情景を、
旦那は、また眺めていました。

次の日、子猫の身体はそこにはありませんでした。
でも、夏の日に日陰の藪の中に移動させた子の身体は、
今、毛だけが浮かび上がって、車越しに観えます。




↑段々、土に返って行ってる…。


(8月25日参照)



2007年10月10日(水)

殺意を覚えた瞬間。


あぁ、駄目だ。
どす黒い感情が心に渦巻いて、
ここで吐き出さないと…。
大人気ない告白します。

先日、コミュニティーの運動会がありました。
私は子ども会の世話人をさせて頂いているので、
子供を引率しておりました。
まぁ…色々な経緯は書きませんが…
その岐路。
娘の同級生の女の子の一人が、こうノタマイマシタ。

「あ〜ぁ、○×(娘の名前)は良いなぁ。
車で来て、一競技だけ出て、車で帰ってさぁ。」

にっこり笑って、私はこう答えました。
「じゃぁ、以前にも言ったけれど、腎臓くれる?
大丈夫よ〜♪腎臓は二つあるからね♪一個で生きていけるからぁ〜♪」
周りの子達は何も言いませんでした。

「あ、やっぱ、嫌だ。」
と、彼女はこうノタマッテこの話題は終わり。

たったこれだけの事が、鬱々と日常の中で心の中に溜まったままで…
あれから、数日経つのだけれど、フッと、
彼女をどこか海外のもぐりの病院に引きずっていって、
腎臓を抉り出してやりたくなるのです…。

幸いな事に、その台詞を言った時には、娘は既に自宅で安静にして、
その場にはいませんでしが…
娘に数ヶ月前に、
「体育を休む事や、車で送迎する事に、異議を唱える人居る?」
って尋ねたら、
軽くノタマッタこの女の子の名前だけを挙げました。
彼女が、たかが子ども会の行事だけでしか顔を合わせない私に対して、
既に、2度も同じ様な事を言ったという事は、
娘には何度言ってる事かと思うと…

私のこの感情は、自分に投影してるから…って言うのもあるかもしれません。
私も体験しているからこその、この激しい感情なのかもしれません。
自分を責めているからこその感情なのかもしれません。
娘を同じ様な立場にしてしまうなんて…

娘が生まれた時、「心臓は?!」って、医師に尋ねて、
五体満足だって知らされた時の喜び…。

…あぁ…
逆恨みだ。
ただの逆恨みだ。
娘を守れなかった自分への後悔と不甲斐なさが、
鬱屈して溜まっていたから…
ただの起爆剤になっただけだわ…。

彼女は、悪くない。
むしろ、昔はこうやって言う子ばかりだった。
彼女はまだマシな方だ。

泣いたら、少し、すっきりしたや。








      

あきら |メール