2006年07月14日(金) |
bleach your soul. |
例えばそれは、一滴の勇気の物語。
あるところに、少女がいた。
村一番の貧しい家の生まれだった。
母はなく、父は飲んだくれで、
少女はいつも日陰にうずくまっていた。
村の子供たちは、少女を言葉の限り蔑んだ。
ほら見ろ、乞食がいる、いいや、あれは悪魔だ、
服の裾にこびり付いてる、
あれは何、あれは血だよ、
見てはいけない、連れ去られるよ、
いつも下を向いているのは、魔方陣を書く為さ。
学校に行く鞄の中で、
筆箱をかちゃかちゃと鳴らしながら、
子供たちは蔑んだ。
実は、少女が、日陰に咲く花を愛でているとも知らずに。
少女に友はなかった。
父は少女を毎日殴った。
少女には、それが何故だかわからなかったが、
受け入れなければだめなことだけは知っていた。
今日もまた、朝が来る。
少女にとって、死んだような一日が始まる。
それでも少女は幸せだった。
昨日のこと。
少女にとって唯一の友、
日陰の花が咲いたから。
それは抜けるような白だった。
日陰に咲いた花だけど、
どんな花より真白だわ。
今日も花が咲くかも知れない。
少女はそそくさと日陰にしゃがむ。
今日は花がふたつになった。
透き通るような白だった。
あぁ、日陰の花。
あなたは、今日も、強く生きてる。
少女はにっこりと花に微笑んだ。
その時。
少女に言葉の雨が降る。
やい、悪魔、お前は日陰で毒を育ててるんだろ、
それで誰かを殺すんだろう、
悪魔、この悪魔、
やっちまえ、
こいつ、やっちまえ。
子供たちは、少女を突き飛ばし、
日陰の花を踏みにじる。
くたくたに萎れてゆく日陰の花。
少女は、思わず、叫んだ。
『ぅぅ・・・ぅぁ〜!!んあぁ!!』
ヤメテヨ、の気持ちが宙を舞う。
少女は言葉を知らなかった。
幼い頃から、少女に語りかける人など、いなかったから。
返事をする必要がない。
しゃべりかける相手もいない。
少女は言葉を知らずに育った。
だから、子供たちの蔑みもわからなかった。
ある意味で、少女はとても幸せだった。
無抵抗で、無意識で、自我のない、極めて無垢な、少女。
その少女が、初めて、人を突き飛ばした。
日陰の花を守る為に。
子供たちは囃し立てた。
うわ、こいつ、毒草を守るつもりだ、
やっぱり人を殺すつもりだ、
絶対悪魔だ、
いいや、悪魔なもんか、こいつは死神だ!
わぁわぁと囃し立てたまま、子供たちはどこかへと。
少女は慌てて駆け寄った。
日陰の花は無事かしら。
鼻血も拭かずに駆け寄った。
花は萎れて泥まみれ。
少女は友を失った。
心の支えを失った。
最後の旗がぽきんと折れた。
あたし何をしてるんだろう。
少女は死を知らず、
生きる意味を失った。
ぽとりと涙が一粒こぼれた。
その一粒を皮切りに、
次から次へと涙がこぼれた。
生まれて初めて泣いた日だった。
『泣くんじゃないよ、お嬢ちゃん。』
ナクンジャナイヨ、オジョウチャン・・・。
弾かれたように少女は顔を上げた。
いま、いま、あたしに向かって、誰か、誰か。
『あたしさ、お嬢ちゃん、日陰の花さ。』
少女は驚いて凝視した。
『最後の最後に、あんたの涙で、
ちょっとだけ時間をもらったのさ。
いいかい、お嬢ちゃん。
あたしはもう長くはないが、
世界はどこまでも広いんだ。
ここを出ておいき。
その目でしかと、世界を見るんだ。』
言うが早いか、花は枯れた。
少女はもう、泣いてはいなかった。
そうか、セカイはヒロイのか。
そして少女は旅立った。
頭にちょこんと帽子をのせて。
母の形見の帽子をのせて。
日陰の花によぉく似た、
抜けるような白色の。
いってらっしゃい、おねえちゃん!
日陰で若葉が見送った。
いってらっしゃい、おねえちゃん!
少女は一歩を踏み出した。
世界をしかと、見るために。
例えばそれは、一滴の勇気の物語。
再生へと続く物語。
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