|
|
2004年12月07日(火) ■ |
|
Vol.530 母の小さな冒険 |
|
おはようございます。りょうちんです。
母にとって、ここのところ穏やかな日々が続いている。去年大病を患ってから入退院を繰り返したあと、今年になって自宅療養をするまでに回復した母は、おとなしくのんびりと毎日を過ごすようになった。2週間に一度の通院、食事制限、大量の薬の服用、水分摂取の制限など、病院からのたくさんの約束を守らなければならない母は、元気だった頃よりもかなり窮屈な生活を強いられているはずだ。それでもイヤな顔ひとつせず当たり前のようにそれらをこなしているように見える母が、ちょっとすごいと思ってしまったりする。自分自身のこととはいえ、本人にしてみればやっぱりそれなりのストレスを感じているのかもしれないが。 病気のせいで障害を背負ってしまった母は、歩くことに不自由なカラダになってしまった。そのため家のあちこちに手すりをつけたり、風呂場には母専用の丸椅子を置くようになったり、母が生活しやすいように家の中も少しずつ変わったりした。外出の際も、短い距離なら杖を使ってゆっくりと歩くことはできるのだが、少し長い距離になると車椅子に頼らざるを得ないのだ。だから今までは母が外に出る時は、家族の誰かが母の付き添いとして一緒に行動するようにしていたのだが。 先日、母の友人から家に遊びにおいでとお呼ばれのご招待をいただいた。しかしあいにく、父も俺も弟も仕事。母の付き添いで誰かが一緒に行くというわけにはいかない。だがさんざん考えた末、好奇心旺盛な母はひとりで友人の家に行くことを決めた。母の病状を知る友人からの「大丈夫、車で送迎してあげるから安心して!」というコトバに後押しされて、そして母の小さな冒険が始まった。 俺らの心配をよそに、数時間後母は満足げに帰ってきた。よほど楽しかったのだろう。次々といろんな話を、うれしそうにしきりに俺に話してくれた。元来、家でじっとしているより外で活動することを好む母である。母にとって短い冒険ではあったが、話を聞いてそれがとても満足するものだったのは一目瞭然だった。もしかしたらこれをきっかけに、母は更なる冒険を密かに企み始めているのかもしれない。
|
2004年12月05日(日) ■ |
|
Vol.529 32歳の負け惜しみ |
|
おはようございます。りょうちんです。
目が覚めると、どうしたことかカラダが動かない。まるで金縛りにあったかと思うほど、カラダが石になってしまったように動かしたくても動かせなくなっていた。それでも気合いを入れてカラダを起こそうとすると、全身に激しい痛みが走る。痛みの原因なんて、考えなくても明らかだった。理由は、前日のキャッチボール。寝る前は右肩が重いと感じていただけだったのに、翌朝になると筋肉痛による激しい痛みが全身に広がっていた。でも俺には仕事が待っている。痛みをともなうカラダにむち打って、ロボットのような動作しかできない俺は無理矢理仕事に向かう。結局その日はひいこら言いながら、しかめっつらのままなんとか仕事をこなした。 運動不足だったのは、もちろん認めるのだが。それと同時に、俺も体力が落ちたなぁと改めて思ってしまった。学生の頃は、キャッチボールなんかよりももっと激しい運動をしても、翌日にここまで筋肉痛に悩まされることなんてなかったのに。いつのまにか俺は、少しずつ体力を失ってしまっていたようだ。 そういや先日、友人の家に行った時。昔の写真に写っていた友人と今の友人の姿を比べて、「老けたなぁ…」なんて言ったら彼はひどく落ち込んでいたけれど。それは当然俺にだって当てはまることで。毎日毎日、ほんの少しずつの目には見えないスピードで誰もが年を取ってゆくものだから、気がつけばいつのまにか若さを失いつつある自分に驚いたりするのだ。そうやって誰もが外側からも内側からも、体力や若さと引き換えに年を取るものなのである。 でも、年を取ることはけして悪いことじゃない。体力や若さにもちろん魅力はあるけれど、年を取ることでそこにはない重みや威厳や経験を身につけることができる。ただ闇雲に時間だけが過ぎて無意味に老けこんでゆくのではなく、こうやって年を取ってゆくことをプラスに考えていかなくちゃ。だから、自分の年齢をしみじみ考えたりしてユウウツになんかなってられないのだ。 なんて。こんな言い分、32歳の負け惜しみにしか聞こえないかなぁ。
|
2004年12月03日(金) ■ |
|
Vol.528 念願のキャッチボール |
|
おはようございます。りょうちんです。
実のところ、ちびっこだった頃の俺はあんまりキャッチボールなんて好きじゃなかった。理由は簡単、グローブを使うのが下手だったから。いとこからもらったおさがりのグローブを使って野球をして遊んだりもしたけれど、上手に使えないグローブのせいでエラーばかりしていた守備よりも、バットを振り回して打席に立つ方が断然楽しかった。 そんなに好きじゃなかったキャッチボールなのに、高校野球に興味を持ち出してから、俺は久しぶりにキャッチボールがしたいと思うようになっていた。でも悲しいかな、ひとりではキャッチボールはできない。俺の欲求は満たされることなく、今度は弟からもらったおさがりのグローブも部屋で眠ったままになっていたのだが。長年の俺の念願が叶って、今日ついにキャッチボールができることになった。ほこりをかぶったグローブを出してきて、車に乗り込む俺。雲ひとつない快晴で、風もなく鮮やかな初冬の高い青空が遠くまで広がっている。キャッチボールをするには申し分ない天気だ。公園に着くと、準備運動もろくにしないままグローブをはめて、俺らはいよいよ念願のキャッチボールを始めた。 投げては捕り、捕っては投げ。ボールは行ったり来たり。ただ単調にそれだけの繰り返し。たったそれだけのことなのに、久しぶりのキャッチボールはこの上なく楽しかった。相変わらず上手く使いこなせないグローブのせいで何度もボールを後方にそらすたびに走って追いかけて捕りに行くのだけれど、それもまた適度な運動になって、すぐに汗だくになった俺らは12月だというのに半袖のシャツのまま夢中でキャッチボールに没頭していた。我を忘れるほど投げ合っていたせいですっかり右肩の自由が利かなくなってしまった俺だけれど、痛みをこらえながらも街灯の灯りが点くまで俺らは楽しくて仕方がないキャッチボールを続けていた。 今度は弟からバットを借りて、近いうちにまたキャッチボールをしに来よう。その時までにはもっと肩の力もつけなきゃな。てか明日の仕事、この肩で大丈夫かな。
|
2004年12月01日(水) ■ |
|
Vol.527 クリームシチューを食べよう |
|
おはようございます。りょうちんです。
「♪あったかいクリームシチューを食べよう〜♪」なんてFMから流れてきたから、今夜のメニューはクリームシチューに決定。仕事をしながら早くもおいしいクリームシチューのことばかりを、俺は考えていた。 仕事の帰りにスーパーに寄る。冷凍庫の中には凍らせておいてあるお肉もあるし、先週の特売の日に安売りしていたシチューの素もある。ジャガイモとブロッコリーと牛乳も冷蔵庫に残っていたから、ここで買うのはにんじんと玉ねぎ。秋の長雨のせいで野菜の価格が上がっているけれど、このスーパーはそれでも比較的安い方だ。山型のおいしそうなパンも安く手に入ったから、あったかいクリームシチューとふわふわのパンを食卓に並べよう。 ここ数日ですっかり冷え込んだ。北風も窓を叩いて、いかにも寒そうな音を立てている。昼間は日がさしてぽかぽか暖かな小春日和でも、朝晩はストーブを出して部屋を暖めないと寒くて仕方ない。確実に秋から冬へと変わっていく中、シチューを食べるには最適な季節になった。寒い夜だからこそ、おいしいクリームシチューを食べておなかからあったまろう。 家に着くと、さっそく俺はクリームシチューの調理に取り掛かった。早く食べたいのをちょっとだけ我慢して、たっぷりの牛乳で作ったシチューをじっくりことこと煮込んでゆく。にんじんやブロッコリーが色鮮やかで、マジでおいしそうだ。仕上げにコーン缶をあけて、遠慮することなくたっぷり入れてみた。ついに完成。湯気までおいしそうなあったかいクリームシチューを、ではいただきます。 濃厚でまろやかなクリームシチューの味が、口いっぱいに広がってくる。うまい! 気をつけなくちゃ口の中をやけどしちゃうくらい熱いけれど、思ったよりも断然おいしく仕上がったクリームシチューに俺は大満足。一緒に並べたパンとの相性もバツグンで、たっぷり作ったはずのクリームシチューはあっという間になくなってしまった。また北風の強い寒い夜は、おいしいクリームシチューを食べようっと。
|
2004年11月26日(金) ■ |
|
Vol.526 腹痛に襲われる |
|
おはようございます。りょうちんです。
スーパーで買い物をしていると、鈍い痛みが俺の腹部を襲い始めた。最初はたいして気にならなかったのだが、痛みは次第に加速度を増し、俺は無意識のうちに手で腹部をさすっているくらいにまでなっていた。 ちょっと賞味期限切れのものを食べたってどうってことない俺のカラダだが、それでも時々腹痛に襲われることはある。でもそれは、動けなくなるほど腹いっぱい食べ過ぎた時や、うっかり寝冷えなんかをしたせいでおなかの調子が悪くなった時などだ。たいていはトイレに行ったりある程度時間がたてば痛みも治まるものなのだが、今回は違った。便意はまったくもよおしていないし、時間がたつにつれ痛みはどんどん増しているのだ。それよりもいつもの腹痛と明らかに違うのは、痛みを発している場所。みぞおちのあたり、胃の少し下の部分が激しく痛みを放っている。 もはや買い物どころではない。前かがみになって歩きながら必死で早々とスーパーをあとにした俺は、四苦八苦しながら家に帰ってきた。とりあえずトイレに駆け込んでみる。便座に座り、何か悪くなったものでも食べたっけなんていぶかしがりながら、その日食べたメニューを朦朧とした意識の中で思い返してみたが、まったく思い当たる節はない。それでも痛みはどんどん増すばかりで、うっすら脂汗も浮かべるほど七転八倒しながら、結局30分ほどトイレで格闘しても成果はなかった。 治る気配がまったくないまま、もうこれは横になるしかないと俺は考えた。少し眠ってそれでも治らなかったら薬を飲むか病院に行こう、そう思って布団に倒れこんだ。右側を下にしていた方が良いなんて聞いたので、藁にもすがる思いで言われるがまま右を下にして横になってみた。すると。不思議なことに、あれよあれよという間に痛みは引き、あんなにもだえていた俺は数分後には元気になったのだ。痛みの原因も痛みが治った原理もまったくわからないのだが、あの痛さは何だったのかとあきれ返るほど、ウソのように痛みは消えてなくなった。こんなことがあるんだもん、俺のカラダってどんな構造になっているのか興味津々だったりする。
|
2004年11月25日(木) ■ |
|
Vol.525 船は来たけれど |
|
おはようございます。りょうちんです。
彼は密かにずっとタイミングを待っていた。気がつけば、彼の今乗っている船はいったいどこに向かって流されていくのかわからず、それゆえに不安と焦りが知らずに彼のことを苦しめていた。だから、いつか別の船がやってきた時は、すぐに乗り換えよう。ずっとそう思っていた。そんな時、タイミング良く目の前にやってきた別の船。しかも目の前に来た船の行き先は、なんと彼がずっと夢に描いていた方向に向かって進んでいくのだという。彼にしてみれば願ってもないチャンスだ。ついにその時が来たのだ。彼は船を乗り換えるため、あわてて準備に取り掛かった。 しかし。よくよく調べてみると、この船の先行きは非常に険しいようだ。嵐が近づき暗雲が立ち込め、激しい荒波が行く手を遮っている。彼の夢へと向かう船には違いないけれど、現実は厳しくこの船に乗るということはかなりの苦労を覚悟しなければならない。おまけに、この船に乗ったからって彼の思い描く夢に絶対に辿り着けるという保証はないのだ。 穏やかだがどこに流れていくかわからない今の船にとどまるか、それとも困難なのは明らかだが夢の方向に向かっていく船に乗りかえるか。そんな人生最大の究極の選択に迷った彼は、「りょうちんならどうする?」と俺に相談してきた。 俺は数日間考えに考えた末、結局自信を持って言える答えは出せなかったのだが。「やってきた別の船に乗り換えても良いと思うとは、手放しでは言えない…」、という意見を彼に伝えた。雲行きが怪しいとわかっている船に、自ら飛び込んで行くなんてしない方が良い。タイミング良く船は来たけれど、その船が必ずしも良い船旅を約束してくれるとは限らない。一度船を見送っても、また次にやってくる船を気長に待つのも一考であるとも思う。焦る必要はない。そう、俺は思ったのだ。 最終的に、彼が船を乗り換えたのか、それともそのままとどまったのか、それは俺にはわからない。しかし、どっちの船に乗っても、彼の旅はまだまだ続いてゆく。
|
2004年11月20日(土) ■ |
|
Vol.524 年賀状を書く余裕 |
|
おはようございます。りょうちんです。
いつからだろうか、俺は年賀状を書かなくなってしまった。学生の頃は、少なくとも高校生の頃は年末には毎年年賀状を買ってきて、友人や恩師に向けてせっせと筆を進ませていたのに。いつからか俺の元へと送ってくれた年賀状の宛て主へ返すだけとなり、それさえもしないまま過ごしてしまう年もあるほどになってしまった。だから俺宛ての年賀状も年を追って数を減らし、今では毎年数通の年賀状しか俺の元へはやってこない。 でも昔は、年賀状を書くのが楽しかった。芋版画やあぶり出しなど、毎年いろんなアイデアで凝ったものを作ったり。カラフルなペンやスタンプなんかも使って、それなりには苦労もしながらもこつこつと仕上げたり。差出人へのコメントも、ひとりひとり想いを込めながら違ったコトバを選んだり。そうやって地道に作り上げていく行程が楽しかった。 でも、やっぱり年賀状を書かなくなった最大の理由は、時間がなくなったということだろう。年末は毎年とても忙しい。特に社会人になってからの年末は、毎年目の回るほどの忙しさだ。そんなあわただしさの中で、時間がないという理由から年賀状を書く余裕なんてなくなってしまったのだ。初めから筆まめだとは言い切れない俺が、忙しい年末の合間を縫って年賀状など書けるわけがない。学生の頃とは違って年賀状を書く時間があるのなら、もっと他にやるべきことが俺にはあるのだ。 とは言っても、だからってやっぱり年賀状を書かないというのは淋しいと思う。年に一度くらい、疎遠になりかけた友人宛てに想いを綴るのも悪くはない。コトバだけならメールでも済ませることはできるのだが、それだけじゃちょっと味気ないし。今年ももうすぐ12月。郵便局の前には、年賀状販売中と書かれたのぼりが風に泳いでいる。結婚しましたとか子供が生まれましたとか、そんな写真付きの年賀状は俺には作れないけれど。今年の年末は、久しぶりにしっかりと年賀状を書いてみようかな。
|
2004年11月19日(金) ■ |
|
Vol.523 流暢な英会話 |
|
おはようございます。りょうちんです。
ちょっと混雑した電車の中。吊り革につかまって立っていると、前に座っている人の会話が耳に入ってきた。久しぶりに偶然会ったと思われるこのふたりの会話が、俺のところへもなんとはなしに飛び込んでくる。 彼女は今、日本橋のデパートで販売の仕事をしていて。毎日忙しくて、週末に休暇を取ることもできないんだそうで。連休も無理だとか。来月のクリスマスもやっぱり仕事になりそう。お昼休みを取る時間も不規則で、おまけに仕事のユニホームがカッコ悪い。一方、コンピューターの仕事をしている彼は今日も会議があったようで。会議の資料を彼女に見せていたが、彼女にはちんぷんかんぷんだったようだ。彼の仕事が始まるのは11時。年に4回長期休暇も取れるようで、今度の休暇には母が待っている田舎に帰るんだという。 彼女には21歳の弟がいて、弟はフリーター。いずれ父の経営する会社を継ぐ予定らしいのだが、姉である彼女は心配なんだそうだ。一方彼には妹がいて、彼に似ていてればとってもキュートかもしれないと彼女は言っていた。彼は以前と髪形を変えたようで、彼のしているバックルと指に光るリングとともに、彼女には素敵に見えたらしくずっと誉めていた。 なんてことはないこんなごくありふれた会話なのだが、実は俺、途中から彼らの会話をずっと集中して聞いていた。理由は、彼らの会話がすべて英語で話されていたから。彼女は日本人なのだが、彼の方は褐色の肌をしたどこをどう見ても外国の方で。会話から、彼の田舎はフロリダにあるらしいということがわかった。彼らが電車を降りるまでのほんの30分くらいの会話中、彼らの話す英語を聞いていてその8割くらいの内容は理解できた気がして、俺もまだまだヒアリングの力は残っていたんだなぁなんて思ってしまった。でも、英語を話すとなるとてんでだめな俺。彼女のように流暢な英会話ができる人って、ホントうらやましい。英会話スクールに行くまではしたくないけど、誰か俺に英会話を教えてくれないかなぁ。
|
2004年11月17日(水) ■ |
|
Vol.522 悩まなければ成長しない |
|
おはようございます。りょうちんです。
野球観戦のあとに立ち寄ったファミレスで、友達とずいぶん長い時間話し込んでしまった。久しぶりに会った友達もその中にいたというもあったけど、クソがつくくらいくだらない話から本当に真面目な話まで。肝心の食事なんてどんな味だったのか記憶にないほどに、俺らは時間がたつのも忘れるくらいいろんな話をした。 話をしていて、俺が思ったこと。それは、みんながんばって生きているんだなってこと。こうやって悩みなんて全然ないように明るく笑顔でふるまっているのに、みんなそれぞれに不安を抱えていて、それなりに苦労をしているんだなって。仕事のこと、将来のこと、恋愛のこと。みんな抱えている不安材料は違っていても、少なからず誰もが悩みを抱えていて、それでもがんばって毎日を過ごしているんだってことを教えられたように俺は思った。 でも。人は悩まなければ成長しないという。抱えている問題を必死の末に解決した時に、人は大きくなるのだという。だから自分をもっと成長させるためには、悩んで悩んでとてつもない苦労をすることが必要なのだとも思う。たった32年しか生きていない俺だけれど、こんな俺でもそう思うことがある。あの時あれだけ苦労したのだから、あの時あれだけがんばったのだから、今の自分があるんだしこれから先もちょっとやそっとのことじゃ負けたりするはずがない。俺にはそう言い切れる自信がある。だからって不安を取り除くアドバイスなんて俺は全然できないのだが、今はつらくても耐えて耐えて耐え抜くことが必要なのかもしれない、いつかきっと今の苦しい時間が力に変わる時が来るはずだから、と言うことしかできなかった。 でも、こうやって共通の趣味を通して集まれる仲間がいるってことを幸せに思った。いっぱい話してのども痛くなっちゃったけれど、俺だって不安でどうしようもなくなった時は、また集まって話し合いたい。よし、それじゃあ野球がないこれからの冬のオフシーズン中は、例の鍋と温泉の企画、がんばって成功させましょう!
|
2004年11月16日(火) ■ |
|
Vol.521 風邪をひいちゃいました |
|
おはようございます。りょうちんです。
本格的に風邪をひいちゃいました。いえいえ、実はちょっと前から風邪っぽいカンジはしていたんすけどね。ひと足先に風邪で寝込んでいた相方とともに行動していたり、仕事が忙しくて睡眠時間も十分に取れなかったりと、いくつかの悪条件が重なっていた中で。寒さに震えながら長時間も我慢して野球観戦をしてしまったというのが、最後のとどめでしたね。木枯らし1号が吹いたあの日、ろくに天気予報も見ずにハーフパンツで出かけてしまった俺。7時間も寒空の下にいれば、バカな俺だって風邪ひくっちゅーの。 今回の風邪の症状で、いちばん厄介なのが咳。いったん咳き込むともう止まらなくなって、呼吸するのが苦しいのなんのって。喘息の症状ってこういうものなんだろうかと思うくらい、止まらない咳のまま肩で必死に息をするしかなかったです。咳のしすぎで、腹筋が痛くなることなんて初めてだし。 この風邪のせいで、俺はホントに久しぶりに仕事を休んでしまいました。病気のために欠勤するなんて、おそらく5年ぶりのことです。カラダだけは頑丈にできていると思っていた俺の、究極の決心でした。あまりの体調の悪さから店に行っても仕事にならないと思った俺は意を決して店に電話をかけ、代打で働いてくれるバイトくんに俺の仕事を託しました。俺が行かなくちゃどうしようもないものもあったけど、最低限の処理だけを指示してなんとかなったようです。協力してくれたみんな、どうもありがとう。 それにしても。俺が風邪で倒れたことを知ると、店の誰もが心配してくれたことがうれしかったです。塩水でうがいしてとか、病院には行ったのかとか、ご飯はちゃんと食べてるのかとか、ありとあらゆる心配をしてくれて。そんなみんなでいてくれたことに、俺はかなり安心しちゃいました。おかげさまで、風邪はまだ完治してはいないけど、もう俺はいつものように元気です。ご心配をかけたけど、また仕事もがんばるもんね。
|
|