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りょうちんのひとりごと
りょうちん
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2005年08月19日(金)
Vol.600 自分を映す鏡

おはようございます。りょうちんです。

「りょうちんのひとりごと」も今回で第600号。いつも読んでくれて、ココロからどうもありがとう。気持ちは毎日でも書きたいと思っているのだが、パソコンが壊れたり俺のライフスタイルが変わったりで、去年の夏の第500号からは約1年かかっての今回だけど。これからも地道に更新していくつもりではいるので、引き続きよろしくお願いしますなのだ。
さて、いつも「ひとりごと」を読んでくれている俺の友人から、ステキなご意見をいただいた。「りょうちんってさー、ホントは腹黒いのに、なんで好感度を上げるような話しか書かないの? もっと腹黒いことも書けばいいのに!」。そうやって笑いながら言う彼とは何度も俺は会ってるし、「ひとりごと」からは見えない俺の人柄も知っているがゆえの発言なのだろうが。でも、彼にも即答したことを改めて記しておくが、好感度を上げるために書いた「ひとりごと」なんて今までひとつもありませんから〜!
読んだ人が不快に思ったり気分を害することは書かないようにしているけれど、誰かに媚を売るとか良く思われたいとか、まして好感度を上げようなんてことは一切考えてないのだ。俺にとっての「ひとりごと」は、いわば自分を映す鏡。俺自身が思ったり感じたことをコトバにして残すことで、自分を見つめ直すための重要なアイテムにしている。だから好感度を上げようなんて、考えているはずがない。
でも、「ひとりごと」からわかる俺が、俺の本当の姿ではない。たかが600という数の「ひとりごと」を隅々まで読んでも、見えない俺の部分ももちろん存在する。彼は俺と会ってそういう見えないところも知っているからこそ、貴重な意見をくれたのだ。「ひとりごと」からはわからないかもしれないが、彼の言うとおり、俺だって腹黒い部分も持っている。やましいこともエッチなことも、悪いことだってたくさん考えたりもするのだ。よし、彼のリクエストに答えて、これからはもっと俺の腹黒い部分も見せていくのもいいかもしれないな。なんちって。



2005年08月15日(月)
Vol.599 右腕を失ったおじさん

おはようございます。りょうちんです。

千葉からは遥か離れた九州は熊本県、阿蘇山の麓に、母方の遠い親戚がある。俺が4歳の時の祖父の葬儀の席で、俺はそのおじさんに出会った。おじさんは右腕がなかった。なんでも戦争で出兵した際、手榴弾を右手に受けて肩から先を切断したんだそうだ。命は助かったものの、その後は右腕がない生活をしなくてはならなくなり、俺が会ったその時もおじさんはすべての動作を左手だけでこなしていた。
おじさんに呼ばれて、小さな俺はひざに抱かれて一緒にごはんを食べた。おじさんの喪服は中身のない右腕の部分だけがぶらぶらしていて、おじさんが動くたびに揺れていた。ひざに座りながらテーブルに茶碗を置いて器用に左手だけで食事をするおじさんを見て、俺は子供ながらにとても衝撃を受けた。
思い返してみれば、俺が戦争について真剣に考えるようになったのは、あの日おじさんに会ったことがきっかけだと思う。祖母からは戦時中の話を聞いたこともあったし、TVでは夏になると毎年のように平和祈念の特番もやっていたけれど。戦争を知らない俺はそれが遠い昔の出来事にしか思えなくても、実際に戦争で痛手を負ったおじさんを目の当たりにしたことで、戦争の悲惨さから目を背けるわけにはいかないと考えるようになった。だから今でも「戦争」というコトバを聞いて真っ先に思い浮かべるのは、右腕を失ったおじさんのことなのだ。
今年の夏がはじまりを告げた頃、おじさんが上京してきた。うれしいことにおじさんは俺のことを覚えていてくれて、俺にも会いたいと言ってくれたんだそうだ。俺もとても会いたかったのだが、どうしてもお互いの日程が合わず、約30年ぶりの再会を果たすことはできなかった。おじさんもすっかり歳を取り、今や80歳を過ぎてすっかりおじいちゃんになってしまったそうだが。今度会う時は、俺が熊本まで足を運ばなくっちゃ。
戦後60年を迎えた今日、戦争について改めて考えた俺は、おじさんに手紙を書いてみようとココロに決めた。



2005年08月13日(土)
Vol.598 進め!

おはようございます。りょうちんです。

決意を固めた友達へ。
もう弱音は吐くなよ。決めたのはおまえだろ? 相談はしたけれど、俺が否定をしても決意は最初から突き通そうと決めてたんだろ? だったら俺は、その潔い決意を応援するに決まってるじゃないか。後押しするしか俺にはできないじゃないか。
おまえの決意を聞いた時、極端なやり方に最初は俺も動揺したさ。夢をつかむのに苦労は必要だけど、そこまで自分を追い込まなくてもと思ったさ。でも、おまえの説得力のあるコトバと固い意志とまっすぐなまなざしを感じて、反対する気持ちは微塵もなくなったんだよ。むしろ、おまえがそこまで悩み決めたことを、すごいと思ったんだよ。現状を打破して新しい世界へ進むことは、口で言うほどけして簡単じゃない。自分を苦しめて夢をつかむその時が来るまで、長く辛い道のりは続いていく。でもそれがおまえの選んだ道。大丈夫、おまえならたやすいことだよ。
だって、おまえは本当はもう十分に強くたくましいんだから。ただ、そのことに気づいてないだけなんだよ。だから時々弱音を吐いたりしちゃうんだ。おまえは俺なんかよりも全然若いのに、しっかりしてるし賢いし頭の回転も良いし的確な判断を即座にして行動できるすごいヤツだ。俺はそんなおまえを尊敬してるんだぞ。だけど、おまえに足りないのは若さゆえの経験。でも、これから歩んでいく困難な道の中でたくさんの経験をすることで、弱音なんか吐かないようなもっと強い男になれるはずだよ。そうやっておまえは、どんどん強くたくましい男になっちゃえばいいんだよ。そうなれば、おまえは最強の男。俺なんかきっと、足元にも及ばないよ。
おまえのメールを読んで俺の涙が止まらなくなったのは、これからは一緒にバカなことができなくなるのが寂しかったからじゃないからな。おまえの固い意志が俺のココロに響いて、確実に強くなっていくおまえの姿がうれしかったからなんだぞ。今までみたいにすぐに会うことはできなくなるけれど、おまえが夢をつかんでもっと強くなって帰ってくる時まで、俺はずっと待ってるからな。だから、進め!



2005年08月11日(木)
Vol.597 2度登るバカ

おはようございます。りょうちんです。

そして俺は12年ぶりに、日本でいちばん高い場所に立つことができた。
午前10時半。須走口から俺らは登山を開始した。12年前と同じ登山口から同じルートを辿り同じ山小屋に泊まって、あの日と同じように頂上をめざす行程で。天候はくもり。目標の山頂は、鉛色の雲に隠れて見えない。あの雲の向こうにあるゴールに向けて、8kgの荷物が入ったリュックを背負い一歩一踏みしめて登っていく。
雲は時折雨を連れてきた。山小屋のベンチで休憩をするたびに落ちてくる雨はゆっくりしすぎるなよと急かしてくれているようで、シャワーのようにここちよく降り注ぐ雨粒に感謝をした。やがていつのまにか行く手を覆っていた雲が晴れ、山頂が顔をのぞかせた。麓の方に目をやると、遥か小さく見える街並みとすばらしい雲海。気がつけば俺らはずいぶんと登ってきていたようだ。出発から6時間。12年前よりも早いペースで、宿泊予定の8合5勺にある山小屋へ到着。思ったよりも俺の体力はまだ残っているようだ。
夜、外へ出た。ぼんやりと遠く霞む街の夜景。そして見上げれば満天の星空。天の川まではっきり見えた。流れ星もいくつも見えた。岩だらけの登山道に寝転がり、さそり座や夏の大三角の下で俺らの天体観測は時間も忘れるほどに夢中になれた。
起床は4時。山小屋の前で日の出を待つ。やがて絵に描いたような雲海の向こう、雲の隙間からオレンジ色の太陽が顔を出した。御来光だ。線香花火のような暖かな光は、疲れと眠気を忘れさせてくれなおかつ希望と感動を教えてくれた。
2日目、山頂に向けて再び俺らは歩き出す。ここからは急勾配が続き、すぐそこに見える頂上がなかなか近づかない。ペースを落とし何度も休みながら、そしてついに俺らは頂上に辿り着くことができた。涙が出るほどの大感動はなかったけれど、富士山のてっぺんで食べたおにぎりは最高にうまかった。
富士登山には、「登らぬバカ、2度登るバカ」という格言がある。12年ぶり、2度目の富士山制覇を果たした俺だが、バカな俺に3度目はあるのだろうか。



2005年08月09日(火)
Vol.596 充実した夏

おはようございます。りょうちんです。

今年、俺はとても充実した夏の日々を送っている。相変わらず忙しい毎日ではあるが、ココロに満たされた満足感を久しぶりに感じている。仕事があわただしいのはいつものことだけど、それでも気持ちがいっぱいいっぱいにならないでどこかに余裕すら感じているのは、それ以上に充実したイベントが次々とやってきて俺の意欲があふれているからなのかもしれない。
思い返してみれば、大学時代の夏はいつもこんなカンジだった気がする。仕事に追われることもなく、適当にバイトやレポートなんかをこなしながら、企んだイベントをどんどん楽しんでいく。あの頃はあの頃で悩みや葛藤もあったに違いないけれど、今になってみれば青春時代の夏を俺は存分に謳歌していた。
そんな夏に、今年は似ている。7月、梅雨が開ける前から高校野球観戦で何度も球場に足を運んだ俺。夏のひざしを浴びて、今年も俺は真っ黒になった。気温が上昇して連日真夏日を記録するようになると、うるさいくらいに蝉も鳴き出して気分も高まってきた。8月に入るとすぐにこの夏いちばんのイベント、12年ぶりの富士登山。夏前から上げてきた俺のモチベーションはここで一気に最高潮になり、大成功でこの企画を終えることができた。正直、富士登山が終わった今、達成感とともに終わってしまったという寂しい気持ちも感じているほどだ。夏の甲子園もはじまった。海へ行って友人とはしゃいだりもした。夏のイベントが、てんこもりだ。
そんな中、立て続けに俺は相談事をされた。普段は明るく笑っている彼らも、ココロの中では悩みもがき苦しんでいることを知った。それでもなんとか前向きに進んでいこうとがんばっている姿を見て、俺も負けてられないと思った。そんな意欲が俺の気持ちを高ぶらせて、仕事が忙しくても夏を満喫しようとするパワーに変えることができているのかもしれない。夏はまだまだ続いていく。もっともっと、今年の夏を楽しんでいかなくっちゃ。



2005年08月01日(月)
Vol.595 大切なのはプロセス

おはようございます。りょうちんです。

俺はもう決めたんだ。あの山に登ることを。道のりは困難で、口で言うほど簡単じゃないことは百も承知の上で。険しい道の途中、時には見上げるほどに高くそびえる崖に出くわすかもしれないし、激しい雨風が襲い行く手をさえぎるかもしれない。しかし、想像を超えるアクシデントやハプニングがたとえ起こったとしても、俺はあの高い山に登ることを、もう決めたんだ。
例えば、俺にある人が質問したとする。「山の上には、いったい何があるの?」。正直なところ、それは俺にもわからない。頂上からは下界を遥かに見渡せる広大な景色が広がっているかもしれないし、見上げればどこまでも澄んだ青い空があるかもしれない。いや、もしかしたら何もないかもしれない。でも、俺が山を登る理由は、山頂にある何かを探すためではなく、そこへ辿り着くまでの長く険しく困難な道のりで起こるいろいろな出来事を経験するためなのだ。だから山頂には何もなくていい。なぜなら、山頂へ着くまでに求めていたものが見つかるはずなのだから。
こんな例え話を出してみたけれど、これは他にも言えることがたくさんあると俺は思っている。世の中、結果がすべてだと考えている人がいる。特に最近は、何かにつけて結果で判断されることが多い風潮にある。仕事の業績がどれだけ良かったとか、テストの成績が何点だったとか、素敵なルックスの恋人がいっぱいいるとか。「勝ち組」や「負け犬」というコトバは、そういう風潮から頻繁に使われているのかもしれない。たしかに、結果で答えを出すことも必要な時もあるとは思う。数字で表せば、たやすく比較できる場合もあるからだ。でも、仕事も勉強も恋愛も、全部がそういうケースばかりじゃない。
どんなふうにしてそうなったのか。それが最も重要なポイントになることもある。結果が出るまでにどれだけ苦労したとか、どんなことを身につけ学んだのかとか、そういうことをもっと重視すべき場合もあるのだ。答えは山頂にはない。結果がすべてではないのだ。そう、大切なのはプロセスなのだ。



2005年07月29日(金)
Vol.594 眠れない夜

おはようございます。りょうちんです。

思い返せば、いつだって俺はそうだった。先月の愛・地球博の時も、5月に行ったいわきへの家族旅行の時も。オホーツクに流氷を見に行った時も、去年の沖縄旅行の時も。いつもは布団に入るとものの数秒で深い眠りに落ちる俺なのに、どこかへ旅行で遠出をする前の日の夜はどういうわけかなかなか眠れないのだ。そういやちびっこだった頃から、俺は遠足の前の日の夜はなかなか寝つけなかった。そしていまだにそれが全然治らない。もう、なんとかならないものか。
翌日のイベントを楽しみにしていればいるほど、眠れなくなる。頭の中でシミュレートした数々の楽しい出来事を思い浮かべ、妄想の世界は無限に広がってゆく。あそこへ行ったらこんなことをやってとか、何時頃にはこんな体験ができるかなとか。早く眠らなくちゃと思う一方で、想像ばかりがどんどんふくらんでしまう。
それだけならかまわない。しかし俺の場合、眠りが浅かったり睡眠不足だったりすると、肝心の翌日に支障をきたしてしまうこともあるから困るのだ。せっかく楽しみにしていたイベントも、大事な時に眠たくなったり疲れちゃってたりで、ココロの底から楽しむことができない悔しさを味わったりするのだ。前の日にしっかり寝とけばよかったものをなんて、すでにあとの祭り。後悔は先に立たない。
さて。週が開けて8月に入ると、すぐに俺には富士登山が待っている。この夏の最大のイベントとして、12年ぶりに登る富士登山に今からモチベーションを上げている俺なのだが。高山病も天気の行方もそりゃ気にはなるが、実のところ前の日の夜にしっかりと眠って万全の体調で登山に挑めるかどうかが気がかりだったりもする。登山当日、予定ではかなりの早起きをしなくてはならない。睡眠不足のまま登山をすると高山病にかかりやすくなるし、第一体力的につらくなってしまうはずだ。そうならないためにも、富士登山前日はぐっすりたっぷり、深い眠りを確保しておきたいのだが。眠れない夜を克服するためのすばらしい裏ワザ、知ってる人がいたら誰か俺に教えてください!



2005年07月26日(火)
Vol.593 伝説のライブ

おはようございます。りょうちんです。

1989年7月26日、俺は西武球場にいた。目的は、あるアーティストの野外ライブ。ポジティブな歌詞を説得力ある表現で歌い上げる彼女に魅力を感じて、俺はずっとこの人のライブに行きたいと思っていた。高校生の俺には高かったチケット代も奮発して、何度も電車を乗り継いで、そしてついにこの日念願の西武球場に向かったのだった。彼女はどんな歌声を聴かせてくれるのか。俺の好きな曲は歌ってくれるのか。ライブがはじまるまでの間、俺らはそんなドキドキを隠し切れないでいた。
ライブがはじまると、俺の想像以上に力強い彼女の歌声がスタジアムを包み、まばゆい照明と歓声が彼女を包んだ。一緒に歌い、一緒に叫び、こぶしを突き上げ、ジャンプをして。外野席から見る彼女は豆粒のように小さかったけど、パワフルに歌い上げる彼女の存在感はとても大きなものだった。
夕闇に包まれたスタジアムに、いつしか雨が降り出していた。しかしライブは雨なんて吹き飛ばすかのように続く。やがて本降りになった雨はさらに雨足を強めていった。ハイテンションになった俺らには、むしろ雨は刺激的だった。雨が強くなればなるほどボルテージは上がり、ライブも弾けていった。突然の稲光、そして雷鳴。もはや嵐になった。どしゃぶりの雨の中で、俺らは気が狂ったように彼女の歌声にすべてを預けた。しかし、激しい嵐には勝てなかった。これ以上の続行は危険だと主催者が決定した、ライブ中止の判断。彼女は泣いていた。自分のライブがこんなカタチで終わってしまう悔しさに、涙を流していた。最後にアカペラで歌った彼女の歌声は、雨の音にかき消されることなくスタジアム中に響き渡った。そしてこの日のライブは、今でも語り継がれる伝説のライブになった。
彼女の名前は、渡辺美里さん。今では西武球場も名前が変わりドームもついたが、20年も続いた彼女の野外ライブは今年が最後なんだそうだ。最近、車の中で彼女のCDをよく聴いている。なんだか懐かしくて、「パイナップル・ロマンス」が流れるたびに、びしょぬれになって叫び続けたあの日の記憶がよみがえってくる。



2005年07月25日(月)
Vol.592 夏祭りには帰ってこいよ

おはようございます。りょうちんです。

日曜日の早朝にかかってきた電話は、母からだった。こんな時間にかけてくるなんてなにか緊急事態かと思いきや、「今日は夏祭りだから、おまえも帰ってくれば?」。あいにく仕事だった俺は寝ぼけたまま無理だと告げると、静かに受話器を置いた。俺は再び布団にもぐりこんだが、夏祭りには帰ってこいよと気遣ってくれたことをうれしく思い、幼かった頃の遠い夏祭りの記憶を思い出していた。
夏祭りと言っても、俺の生まれたところの夏祭りなんて小規模で全然大したものじゃない。それでも、おみこしや出店が出たり盆踊りやカラオケ大会が催される夏祭りはちびっこだった俺らには大イベントで、本当の夏が来た気がするのだった。7月になると毎週日曜日の午後は夏祭りで披露する太鼓と盆踊りの練習がおこなわれ、祭りを待ちきれない俺はよろこんで参加していた。
毎年2日間に渡って催される夏祭り。初日はおみこしが街中を練り歩き、2日目は神社に立てられたやぐらで盆踊りとカラオケ大会がおこなわれるものだった。家では母がお赤飯を炊いてたくさんのごちそうを作ってくれ、いろんなものが食卓に並ぶと俺らは大はしゃぎした。初日の夜、はっぴ姿にねじりはちまきの衣装に身を包んで、おみこしの上で太鼓を叩く。祭りになると血が騒ぐのか、夢中で太鼓を叩いていると気分は爽快だった。沿道で見ている人からおひねりなんかももらっちゃったり、折り返しの休憩所ではスイカやジュースも好きなだけ食べられたりで、とても楽しかった。2日目、今度は甚平に着替えて神社へと向かう。教えてもらった振り付けで盆踊りを踊り、そのあとはいつも見かける近所のおじさんやおばさんのカラオケを聞いたりする。リズムをはずしながら上機嫌で歌うおじさんを見るのも、俺の夏の風物詩だった。すべてが懐かしい、夏の思い出。
今、俺の生まれたところは過疎化が急激に進んでいる。俺も例外ではないが、若者がすっかり少なくなった。聞くところによると、夏祭りも昔ほどの活気は全然ないそうだ。伝統を守っていくためにも、来年の夏祭りには帰るのも悪くない。



2005年07月22日(金)
Vol.591 光が見えるまで

おはようございます。りょうちんです。

夢を見た。もう10年も前に交通事故で死んだはずの実家で飼っていた愛猫に、寄り添っている俺の風景。なでるとやわらかな毛並みの感触も、少し曲がった耳のカタチも、外から帰って来た時のほこりっぽいにおいも、俺を呼ぶ時の鳴き声も、すべてが異様にリアルだった。懐かしさと穏やかさが心地良く重なって、なんだかとても幸せな時間だった。しかし浅い眠りから覚めると、俺はひとりぼっちだった。10年前にさよならしたはずの猫が、現実にいるはずなかった。それが夢だと気づいた俺は、声をあげて泣いた。良くわからないけれど、夢だと知っているのにせっかく久しぶりに会えた愛猫ともう2度と会えない気がして、ただ涙があふれてきた。
いつだってそうだ。精神的に体力的にいっぱいいっぱいでココロに余裕がなくなった時、俺はどういうわけかとても涙もろくなる。理由はわからないが、大したことでもないのにすぐに涙がこぼれてしまうのだ。ふいにFMから聞こえてきた流行りの曲の歌詞を聞いて、仕事に向かう車の中で俺は今日2回目の涙を流した。
今週に入って、仕事のプレッシャーが俺にかなりかかっている。考えることもやらなきゃならないことも山ほどあって、ぐっすり眠る暇もない。忙しくなることは予測してはいたのだが、それに加えてよりによって同じ時に突発的な事故や緊急事態が重なったり、喜ばしくないニュースや嫌いで気の進まない作業もあったりで、心身ともに疲れ果ててしまった。先週は球場に足を運んであれだけ堪能していた高校野球観戦も、今週はネットで結果をチェックするのが精一杯。こんなはずじゃなかったのにと思う悔しさよりも、今は少しでも多く休む時間が欲しかった。
なんだか夏の夕立に似ていると、ふと思った。さっきまではあんなに晴れていたのに、今は激しい雨の中。疲れたカラダを休めることもできず、ただ困難に耐えるだけ。でも、ピークは過ぎた。雨は少し小降りになってきたようだ。もうじき雲間からの光が見えるまで、泣いてばかりいられない。あと少し、がんばっていこう。