番茶日記
札幌編から神奈川編へ
PC持ってないからかなり不定期更新
内容も寂びれてます

2002年11月10日(日) 赤ペン先生に会いたい

今日は失恋しました。

なんて嘘です、する相手がいませんもん。
髪を切ったのです。
ずっとパーマだったのでストパーをかけたところ
二の腕ぐらいまでの髪の長さで私自信がびっくりこいてました。
この長さをね、こう、そう、ばっさりと切ったのです。
「長年付き合っていた恋人と昨日破局しました」というテーマできりました。
唯一の自慢は髪質のよさだったのですが、パーマとカラーで痛みきっていてショックだったので切ってまた伸ばし始めます。
ちなみに失恋したのは切ってくれた方の担当美容師さん。(5年間の付き合いの末の)
「クリスマス嫌です」「その二人の期間中私は一人だったんですよ!片思いの相談はかわいいけど叶ってしまったときにはただのノロケつまんないからいい!!」そんな会話中私の髪は無くなっていった。

その後ゲイバーでやってる、カフェイベントに乱入し女の子の多さにもびっくりしてしまいました。「レズバー?」って思って。
そんな中、「女っぽくなる特訓」をやってました、レズとじゃなくてゲイと。
「女の子みたいだね」「だ・か・らあたしは女なんだよ!!」こっちでなこんな会話中、私のゲイ度はアップ。
女子への道は遠い。

今日一日活動していたので疲れたのでHPの作成もせず寝ます。
いちおー結構いいとことまでできてるのですよ。
ただ、私のやる気の無さが問題なだけで、
公開する前からやる気のないHP、最近の一番の問題だなぁ



2002年11月09日(土) 女だらけの焼肉大会(レズ合戦)

なんか2・3行だけのシンプルな日記にあこがれるのですが
力不足で書けません。長い日記を書くと「うわ!長いこんなんあたしが見る側だったらよみたくねー」以上言い訳今日も長い。

こないだ24/7のおじょうが「イッチその日空けといてね」といっていたので今日の夜の時間を素直に空けておいていたのです。
そう今日は24/7の集い、肝心の24/7のコンビ不在の。

接客態度はいいとはいえないが、罪なほどおいしい店でしたしかも安いし。
七輪で焼肉なんて初めて体験できたし。
ビックカメラのような帽子をかぶったGB氏と二人で最初は飲んだくれていたところ、もみかえコンビ(ミニサイズ)がきて
焼肉屋だっていうのに韓国海苔ばかり食べていたら
さいちゃんコンビ(冬ブイブイ)が到着して
女だらけで肉を食らっておったのです。

さいちゃんは寄っていくと嫌な顔をしつつも頭を撫でてくれて
もみかえも寄っていったらかまってくれて
そんな私の姿を見たGB氏は「こいつ本気な目をしてる」とこちらは私の頭をバンバン叩く
以外と一人身はおいしいです。

酒はおいしいし肉は美味いし、カップルはかまってくれるし
生理が始まってだるくてもいい日でした。
りょう・おじょうこれなくなって残念だったね
楽しかったよ(いやがらせ)

雪がふってテカテカしてる道に自転車は危なかったでした酔っ払いには。
帰り道の話



2002年11月08日(金) 糸電話が最近あついらしい

最近体調不良のせいかメールも電話もまったくせずに、というか普段からマメな方じゃないからしないんだけど。
気づいたら今日で4日間携帯がメールがこない
「あ、新記録だ。こうなったら1週間ぐらいを目指そう、日記で連絡は電話でと書いとこう私もメールはしないでおこう、うひひ日記のネタになるわ」
と思った昼下がり(根暗同好会会員ならではの考え)

順調に携帯はうんともすんとも言わず、帰りに本屋によって友だちが真面目顔で写っている雑誌を見て「くすり」と笑って、
駅のホームを歩いている最中
俺様のお尻に振動を感じたドキドキしながら携帯を尻ポッケから取り出してみる「どうか、電話でありますように」
しかしメール、しかもさっき雑誌でみてた友だち、しかもしかもで4日前の最後にメールくれた人、4日ぶりの返事メール。

その友だちの彼女さんに「私友達○○ちゃんだけかも」って冗談でいったことがあるけど本当にそうかもって思ってしまった。
携帯鳴って、あたしは帰りのJR車内で虚ろ顔。

って私最近の流行語は「あたし友達あなたしかいないわ」
色んな人にこの言葉吐いていたら「あんたはだいぶ八方美人」といわれた。
「えへへ」と笑ってリアクション。

そうか明日は8時に集合か(今日のメールより)



2002年11月07日(木) 気持ちも心も25度の角度で

「あれ!」
「あ!」
「なにしてたの?」
「カレー食ってきたさ」
「美味しかった?」
「うん」
「よかったね」
「スプーンにカレーすくうことにらっきょ一個食ったね」
「ははは、このらっきょ女」

「なんかこういう会話って幸せを感じるね」
「何で?」
「いや、どうってことない会話だけどすっごい平凡でいいじゃない?」
「そうなの?」
「平凡さが、一番幸せだよ」
「へー」



2002年11月05日(火) 季節の変化に体が追いついてない

季節の変わり目で体がついていきません。
アレルギーのせいで内臓が鼻から飛び出すんじゃないかと思うほどのくしゃみとかめったに使用しない喘息の薬もこの時季には役立ちます。

この4日間、非常に健康的な生活を送ってました。
朝夜の犬の散歩とご飯もちゃんと作り、お弁当までこしらえておりました。
野菜もたくさん食べたし。
親が不在な時の方が健康的に過ごせるってなんだか微妙ですね。

90%の平気と10%の不安、ちょっとしたはずみで逆転することだってある。
といった人生相談をパソコンの先生にしてしまったりして気づけば1時間ほど話込んでしまいました。
退会届を書いていて、なんだか悲しくなってしまって
ついつい弱気な本音の羅列。

漠然とした不安を目に見える物全てに変換できたとしたら、気が楽になることは簡単なのでしょうが
漠然と不安を抱えてそれでもやっていかないと、生きてはいけないのだろうと少し思ったり。

昔「いつも幸せそうでいいね、悩みなんてないでしょ?」と平然と言われたことを思いだして、すごく嫌な気分になりました。
絶対そんな言葉を言えるような人間にはなりたくないと思った今日。




2002年10月31日(木) なんて自然な不自然さ

明日から4日間、パソコンに触れません。
そんなわけで、日記も書かなきゃHPの作成も一時中断というわけです。



2002年10月29日(火) 今日は霰が降ったからガツンとこれは違うだろっと

「いいよ」
「それはダメだよ」

わかりやすい優しさってあると思うんですよ。
なんでもかんでも「いいよ、いいよ」というと「なんだか優しいなぁ」と思ったりするけど、それでいいものかと
自分で良かれと思ってやってることに「いいことかもしれないけどちょっと違うじゃない?」と叱ってくれるものも優しさの一種じゃないかと
「うーん」となって「でも私はこう思うからこうする!」って気づけるし、「ハッ」として「私なりのやり方もあるけど、こういう考えもあるなぁ」と気づけたりしません?

私、個人的に自分の周りの人はキチンとしてる人が多いので好き勝手にやることがいいことだと思ってますが、自分で責任ぐらい取れる心がある人たちだから、つまり信じてるってことです。(こういう人は事が最悪の事態になっても後でも、人のせいにするなんてことしないから)
内心「違う」と思ったらいいます。うわべ「いいよー」なんていうとなんか生半可なナヨナヨな付き合い方になりかねないし。

全ての人にそういう対応をとるわけでなく、心から信用してる人にはそうしたいと心掛けてます。
全ての人を心がけていても疲れるだけじゃないですか。
好きな人限定!

好きな友達が落ち込んでいるとき駆け寄って心配する気持ちも大事ですが、
そっとして欲しいときに「大丈夫?」を連呼すると、それは優しさの押し売りです。
そして、「ほっとく」と「見守る」では大きな違いがあります。



2002年10月28日(月) 珍しく携帯が朝から晩まで鳴っていた

最近寒いです、カクテルなんてオサレチックなものより日本酒熱燗がじわじわと美味くなる季節到来。
2リットルの焼酎とナプキンを近所のスーパーで買うあたしはナウでヤングなウブなあの子じゃないっすか。(しかも自転車で持ち帰る)

今日は母・姉・私で「男なんて女々しい生き物談義」を居間でくり広げてしまいました。
母いわく「えばる男なんてたいしたことない、つまんないことにこだわるくせに、手柄をすぐに欲しがる奴が多い」と辛口で
姉は姉で「女の子が仕事できると、文句いう奴が必ずいる」とこれまた辛口。
私も私で今の職場って女の子がしっかりしてるから成り立っていて店長(男)は意味もなく細かいところにうるさくっておもわず
「こんなんだったら、手伝ってくれないほうがまだマシ」と暴言を吐いてしまうこともしばしば。

「俺ってスッゲーぜ」という男に限って口だけである確立は高いと思うのですよね。これは性別とわずにいえることなんですけど
口より信じれるのは態度なのだと思う。
私見た目男っぽいのですが、以前職場の人間関係にウダウダいったときに「なんかいってやっかぁ」やら「守ってあげるよ」といった女の子に強さを感じた(ごめんねぇ、こんなフニャチ○女で、ついてないけど)
墓穴掘ってしまった。

話は戻って、女3人今雑談へ
結婚の話になって、姉も私も結婚する気がさらさらなくって。
それを母にいったところ「変な人と結婚するより、一人でいたほうが気楽だからいいんじゃない、ただ一人で暮らしていける術を身に着けておけ」とさっぱりといってました。

この夜、父は私の灰皿のタバコてんこ盛りを注意し、その傍で母は「早くねよっと」と寝支度をしてました。
この世で一番強いのは「肝っ玉を持ったお母さん」ではないのでしょうか



2002年10月26日(土)

車内にビール持ち込んで、一気の飲んだらゲップをかます。
タバコをスパーと吸って、煙まみれで外を見る。
揺れる電車から見えるのは、何もない田舎の風景。
「もう、疲れてしまったのですこの場所に、だから遠くにいきました。
一人でそっと誰にも知れず、立つ鳥後を濁さずに」

すいません、嘘です。
従姉妹の結婚式に行ってきました。
家族で主席するくせに、現地集合というので一人電車に揺られて行ってきたのです。
従姉妹の家族写真になぜかイッチ家も乱入して、写真には10人中男は父と叔父だけ、他8人みんな女。(女が多い家系)
いやーみんな着物で煌びやかでしたよ。
スーツ着たのはあたし一人(しかも黒)あまりに地味で母は「あんた北朝鮮のバッチでもつけたら?」とシャレにならない(本当に)冗談をかましておりました。
着物着た従姉妹も「くの一」といってふざけまくりでした。

内心「結婚しないの?」攻撃に遭うのではないかと思っていたのですがそんなこともなく、飲んで食ってカラオケでモーニング娘。なんか歌ったりして、「新郎はトランクスではなく、ブリーフ派」(控え室で目撃したので)といういらん情報も流したりして式は和やかに終わりました。

母は最初から最後まで泣きっぱなしで、父は家で練習をしたという万歳三唱(?)を披露し、訪問着を着た姉は皆に「サイコロ投げろ」といわれるぐらい極妻だった。
母は泣き顔でも、私がどっかにフラリと行く度に「拉致られんじゃないわよー」とまたシャレにならない冗談をかましておったのです。





2002年10月25日(金) 昔があるからこその今現在

たまには昔の話をしてみよう。
「私昔、ゲイバーで働いてました」
と書くと「女じゃないじゃん」とつっこみがきそうですが

昔、友だちと昼間にゲイバーを月1で貸しきってカフェをやろうという話があって、ススキノのマックで企画書を手書きで書いて。
ゲイバーの方からOKが出て、実際一日ゲイバーで働いて色々のお店の方からご指導いただいたわけです。
お客さんからは「あれ?女の子がなんで中に入ってるの?」と聞かれたりしりして「一日体験入店ですぅ」と笑いながら接客したりして。

いざ始まってみるとお客さんは友だちだらけで、仕事帰りのノンケ友だちも遊びにきたり、友だちが持ってきたケーキをみんなで分けて食べたり、
6時過ぎてアルコール解禁時間になったら働いている私が速攻でウォッカをストレートで飲んで接客してたり。
みんなもみんなで好きなこと話して、後かたつけとかも率先してやってくれた。
お金を貰ってやっていたわけではないし、儲けとかも全然意識してなかったから出来た芸当なのでしょうが。

みんなで何かをやることでたくさんの人と仲良くもなれたけど
集団でいるからこその息苦しさとかを感じてしまったし
揉め事とかもあったし、やる意味がなくなったので辞めてしまったけど。
めったに出来ないいい経験をやらしてもらったと思う。

あのカウンターしかない小さい店はもうないし
一緒にマックで企画書書いた彼は今は東京で学生として暮らしてる
私は私で個人としての楽しさを感じつつ生活してる
今でも、あの店で教えてもらったレシピは私の机の引き出しのどっかにある。
そして今現在、私がカフェをやってきたときにお客として出会った子が今、違うゲイバーでカフェを続けてる。

私は私の生活が、昔出会って別れた人には今の生活が。
それなりの違う人生があって、それでも元気にやっている



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