一日後記

2008年09月26日(金) 甘いもの。

過日の後記にも書いたのだが、自分用にと
甘いものを買うことは殆どなく、今では外で食べることもないに等しい。
『おいしそう』とは思っても『食べたい』に結びつかなくなったのだ。


小さい頃は、多くの子供がそうだったように
甘いお菓子は大好きだった。
ただ“チョコレートやキャラメルなど歯にくっつくもの”
“飴やガムなど口の中に長く留まるもの”
“着色料や香料などの添加物がたくさん使ってありそうなもの”
こういったものは、実母が買ってくれなかった。

・・・早い話駄菓子屋にある、子供が好きそうなものは大概ダメだったわけで
今思い返すと、家にあったものといえば
リッツ・ギンビスのアスパラガスビスケット・サラダ煎餅・ピッカラ・
ハッピーターン・ルマンド・オールレーズン
冬場なら干芋や干し柿。あとは母の手作りのもの。
(たぶん他にもあったとは思うが、およそこんなところ。)

中学生になって多少買い食いが大目に見られるようになると
今までの反動からか、部活の帰りにコンビニで1リットルもの
メロンソーダを飲んだり蒸しパン2〜3個平らげたり。

高校生の時は(形ばかりの)茶道部にいたお蔭で
“お茶菓子”と称してお菓子大量買い。
一番ひどい時なんて月餅とコージーコーナーのケーキが
一人一個ずつ出てきたこともあったが
女子高生の恐るべき胃袋はそれらを全部平らげた。
もっとも顧問の先生がいなかったからできたことであり、
確かお作法そっちのけでお薄を点てては飲み放題をしたようにも思う。
私のカバンに森永のハイソフトが2〜3箱常備していたのが普通だったのもこの頃。
(そういえば昔はハイソフトって何種類かあったハズ!)

それらがパタリと止んだのは、おそらくこの直後
一人暮らしを始めて“本格的にお酒を飲み始めた頃”と合致し、今に至る。


なぜこんなことを書いたかといえば
コンビニで見かけてつい懐かしくなり、買ってしまったから。





アーモンドグリコとハイクラウン。

何故か記憶にあるのだが、実母が買ってくれたとは思えないので

おそらく父方の祖父にでも買ってもらっていたのだろう。

しかしいくら懐かしくても、一度に食べられる限界はチョコをひとかけ。



2008年09月23日(火) 手間。

栗を茹でること3分、そのまま冷まして
ひたすら鬼皮と渋皮を剥くこと約3時間。
半分は今晩のお夕飯に、半分は冷凍して次の機会に。

で、今日のお献立。




栗・栗・栗・栗・栗ごはん〜♪

あとは時計回りにお茄子の揚げ焼きおろしのせ。〆秋刀魚と若布と胡瓜の和え物。

自家製イカ塩辛に、お味噌汁と鴨サラダ。(鴨ロースはおつまみ用に冷凍してあった加工品を使用)



栗は少し下ごしらえに手間がかかるけれど、この時期に
つい一度は手が出てしまう食材だったりする。





2008年09月19日(金) 母語録。

実家に行く用があったので、近所の草月(和菓子屋)
黒松というどら焼きを8個ほど買う。
実母がこのお菓子を気に入っていたのを思い出したからだ。


皮に黒糖と蜂蜜を使っているため素朴な香りで
何よりしっとりもちもちとした食感がいい。
あんこも甘さが控えめなので、割と男性にもウケが良かったりする。
なので時折お遣い物にするのだが、概ね好評で
以前親友の舞台の差入れに3〜40個ほど持って行ったところ
親友曰く“あっという間になくなった”らしい。

もっとも私自身は甘いものを買い置くことが殆どないから
近所とはいえ、これを食べるのは年1〜2回程度。


実家で昼食後のお茶に、実母と黒松を半分ずつ食べていると
彼女がこんなことを言い出した。

「ところでこれって、何でトラ模様なのかしらね。」

・・・えーと・・・。
商品名が“黒松”ってついてるでしょ。
クロマツの表皮っぽいでしょ。(ちなみに実母の実家は造園業)
それに百歩譲って“ヒョウ柄”ならまだ分かるけど、“トラ模様”って。




これのどこがトラに見えたのやら。



* * * * * * * * * *

この“黒松”、特に週末は表まで行列ができることがあるほど
人気があり(お一人で20個30個はザラ)たとえ数個買う予定でも
行く前日くらいに電話で取り置きの予約をするのが
オススメかもしれません。

あと、これは余計なお世話ですが・・・。
このお店の周辺道路はそれほど広くないため
車で行かれる時には近くのコインパーキングに入れた方がいいと思います。
最近はお店にも貼紙がしてあるせいか、路駐はだいぶ減ったようですが
広くなくても、交通量はそれなりにある道路ですので。




2008年09月15日(月) 伊豆にて。 vol.2

石廊崎で海でも眺めた後、箱根の強羅で軽く温泉でも浸かって帰ろうかと
時間的にはゆとりを持ったつもりで9時半に宿を出た。

そういえば途中にあったジャングルパークの廃墟はどうなったかと
歩を進めていくと、やはりまだ廃墟の状態で残されている。
そのまま天然のジャングルのようだから、何が何だかといった感じ。

天気はあいにくの曇り空ながら、崖下で渦を巻く海を見たり
強く吹きつける風を感じるのは、いつでも心地よく感じる。
30分ほど先端でぼんやりしていたが
観光客が増えてきて、通路が狭くなってきたので駐車場に戻った。




石廊崎灯台の先にある石室神社。まぁよくこんな場所にと思う。

海に面した断崖絶壁の上に建っているため、万一火災が起こってしまったらえらいことになる。



一旦下田まで戻り、天城から修善寺道路へ出ようとしたところひどい渋滞で
15km弱の距離を抜けるのに約2時間。


17時過ぎ、強羅のまとい荘に到着。
日帰り入浴は18時までだったのでギリギリ間に合った。
カランが5つ、浴槽は4〜5人入れば足がぶつかりそうなそう広くない浴室。
ただ幸い女湯は私一人だけだったので、ゆっくり足を伸ばして乳白色のお湯に浸かる。
すべすべして肌触りのいいお風呂で気分をリフレッシュして
さぁ帰ろうと箱根口ICに向かおうとしたところ、R1がまたまた大渋滞。

その後もちょこちょこ渋滞に巻き込まれたりで、結局23時帰宅。





強羅へ向かう途中立ち寄った箱根峠の道の駅からの眺め。

・・・曇っている上に夕方とあって、こんな状態。(苦笑)





2008年09月14日(日) 伊豆にて。 vol.1

夜中に家を出て車を走らせ、まずは城ヶ崎で朝日が見たいなぁ
・・・なんて思っていたのに、天気予報はあまり芳しくない。
それでも南伊豆に宿を取ってしまったし
朝日は見れなくても、城ヶ崎は好きな場所の一つなので車を出す。

6時頃城ヶ崎着。時折小雨がパラパラで空はどんより。




ここが好きなのにはいくつか理由があるけれど
一番には“行こうと思えば崖ギリギリまで行ける”という自由さ。
(柵がある場所もあるが、柵がないところは行ける場所まで行ける。
 但し全て自己責任ということは言うまでもなく)
だから私はここに行くためだけにスニーカーを車に載せており
相方そっちのけで崖を登って身を乗り出し、打ちつける波を見ていた。


あちこち寄り道した中で、特筆すべきは伊豆下田の村上合掌造り民芸館




ご主人のお父様が当時一番立派だったものを移築されたものとのこと。

現在はこれらの建物を県外に持ち出すことは禁じられているらしい。


場所“だけ”サイトで確認していたのだが、行ってみて少々『ん?!』と思った。
なぜなら入り口には呼び鈴代わりの鐘と看板。
鐘はともかく看板には“最低30分”とあり
合掌造りは立派だと思ったものの(5階立て)、その場の雰囲気が
探偵ナイトスクープのパラダイスを彷彿とさせるものがあったから、少し躊躇う。

余裕が30分未満だったら、間違いなくその場で引き返しただろう。

おそるおそる入ると、元馬屋だったという場所には囲炉裏があり
残暑厳しい季節だというのに火が熾されている。
ご主人に言われるがまま戸を閉めても、中は思いのほか涼しく
“なぜ火を熾しても涼しいか”ということに始まり
お手製のトンカチを持たされ“上から叩いてマッチに火をつけてみて”と
言われたり(どうやらご主人流の人間観察術らしい)
日本文化についてやその他諸々諸々、いや話の長いことったら!
“最低30分”というのも頷けるもの。

それでもちょっと口の悪いこのご主人の話が面白くて
出して下さったアロエ茶ときゃらぶき、キャラメル(全てお手製)をいただきながら
ついつい2時間も長居してしまった。

実はこの2時間中、ご主人と話をしていたのは1時間半。
もっと家の中も見たかったのだが、まさかこんなに話をすることになるとは思わず
内部の見学が早足になってしまったのがとても残念で
次は時間を作って、ゆっくり建物を見たいと思う。




最高で39人がこの家で暮らしたとあって、内部はかーなーりー広い。

ちなみに3階以上は住居部分ではない。写真は4階の障子を通した光がきれいだったので、一枚だけ。

入場料大人600円以上任意。ちなみに喫煙者には煙草をせがまれる可能性大。

(ご主人曰く『自分じゃ買わない』とのこと)








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