一日後記

2009年01月17日(土) あんこうキムチ鍋。

午後、相方共々お世話になっている方の入院先へお見舞い。
病名は知らないが、胆汁を一旦管で体外に出し
それをまた後で飲むのだそうだ。

私は実際お会いして話したのは10数年ぶりだったし
相方の上司に当たる方なので、最後まで気になったことが聞けなかった。

「ご自分の胆汁って、どんな味するんですか?」


* * * * * * * * * *


昨日夕方、妹が電話でアンコウの下ごしらえを聞いてきたのに触発され
今日の晩ごはんは“あんこうキムチ鍋”。
たまたま冷蔵庫にキムチが2kg弱もあったので
たぶん合うだろうと思いついた。

あん肝は少量のゴマ油をひいたフライパンで焼き
木杓子でつぶしながらキムチを加え、モロモロになるまで崩す。
それをお鍋に移し、濃い目に引いただし汁を加え
お味噌とキムチの素を加えてスープの出来上がり。

あとはそこに好みのお野菜とアンコウを入れればいいだけだ。




それぞれお皿に取り分けたところで、写真を撮り忘れたのに気づいた。

(ニラが既に一部変色して見た目が・・・。汗)


今回はスープ用に肝を崩してしまったので、後で雑炊にするために
アンコウの身や皮は小さいザルに入れてお鍋にセットした。
こうしておくと、骨のカケラや小骨が紛れ込む心配がない。

よって残ったスープは漉さずにそのまま明日
“あん肝たっぷり雑炊”になる予定。
お鍋だけで満腹になり、雑炊の入る余地がなくなったせいである。




2009年01月14日(水) 無題。

ちょっとココロの抽斗を整理したくなり、久々に一人ドライブ。

実は昨日行くつもりで一旦家を出たのだが
40分後運転中にひどい悪寒に襲われ、断念。
幸いこちらは生姜湯とお布団のお蔭でひどくならずに済んだ。


・・・まぁ、そうは言っても
どうしても私の好きな場所へと向かってしまうわけで。




約半年ぶり。セルフタイマーで自分撮りをしてみたら

波や空の青い部分が何故か白くとんでしまった。



ココロの抽斗はといえば、寒い中で小一時間も
海を見ながら考えていたせいだろうか
ひとまずは納めることができたらしい。


それでも整理下手な持ち主のこと
いつまた中身がはみ出すやもしれないが
そうなったらまた、ここに来ると思う。




2009年01月12日(月) ご好意 でも・・・。

1ヶ月ほど前、相方が職場の上司(女性)から
『ワインは飲まないから、良かったら奥さんと飲んで』と
家にあったという2001年のラベルがついたやつをいただいてきた。

この上司、かつて同じ職場にいたから私も知っているし
私が辞めてからも何度か飲みに連れて行ってもらったことがある。
結構な酒豪なのだが、ワインを飲まないとは知らなかった。

せっかくいただいたんだから飲もうと
ワインオープナーをぐりぐりやっていた相方が
『・・・これ、やばいかもしれない』と言い出した。
見ればコルクがもろもろに崩れかけている。

試しにグラスに注いでみると、普通の白ワインなのに
貴腐ワインかと思うくらい黄色くなっている。
恐る恐る口に含んだら

・・・すごい酢酸くさく 飲めたものじゃない。

“お酢みたい”とか“ワインビネガーの代わりになるかな”とか
そういった余地は全くない、とにかく“酢酸”のような味で
当然、なす術なく流しに全部捨てた。


で、今日また同じようにワインを1本もらってきた相方。

相方:「○○さん(上司)から、またもらっちゃったんだけど
    ・・・嫌な予感がするんだ」
私 :「でも、もしかしたら今度は大丈夫かもよ?」

しかし『いや、ここ』と相方が指差したところには1996年のラベル。
前回のより5年も古いわけで。

ちなみにそのワイン、開けてみたら

今度はカビくさく、歯茎の裏に嫌な味がいつまでも残る。

よって当然、即座に廃棄。


上司にも悪気はないと思うから、どうにもこうにも始末が悪いものである。





2009年01月08日(木) 丁寧な仕事。

拙宅から近いところに“草月”という和菓子屋さんがあり
ここの“黒松”というどら焼きを時折、お遣いものにしている話を以前に書いた。

昨年29日、黒松を10個ずつ2ヶ所に持って行くことになったため
いつものように電話で予約をしようとしたら、年末は予約ができないという。
仕方がないなとお店に行ってみれば、いつもより2割増くらいの行列で
待っている間に、やはり黒松が好きな実母へ電話をした。

私:「2日にみんな集まるから、その時用のお茶菓子に黒松、どう?」
母:「あら、いいわね。私黒松好きだし、ケーキよりそっちの方がいいわ。」
私:「分かった。何個くらいあればいいかな?」
母:「・・・たくさんあった方がいいね。(笑)」
私:「たくさん、ね。(苦笑)じゃぁ宅配で送るよ。
   日付指定できないらしいけど2日までにゃ届くでしょ。」
母:「ありがとう、よろしくね。」

それで、25個を軽い気持ちで送ったまでは良かったのだが
・・・実際届いたのは昨日のことだった。
ちなみに実家は現在実の両親2人と、犬1匹。
母は最近甘いもの好きになったとはいえ25個は多すぎる。

ここで分かっていただきたいのは、草月側には何の落ち度もない。
なぜなら注文を受ける時にも『いつお届けできるか分かりません』と
何度か言われていたからでもあり、
『(確実に届けるなら)直接お持ち下さった方が・・・』とも言われたからだ。
しかも一昨日の夜にご丁寧にも私(=依頼主)と実家(=送付先)に
きちんと『発送の準備ができましたので』と電話を下さった。
だから『いくら何でも2日までには届くだろう』と思い込んだ私が悪い。

ちなみに25個の半分は、翌日都内に住む妹家族へ送り
残りは冷凍して、実親がお茶請けにすることになった。
実は“いつでも買えるから”とここ半年以上食べていないんだけれど。(苦笑)


それにしても。
ここ(草月)の接客マニュアルはどうなっているんだろうと、時々不思議に思う。
年末の混雑する店内でも声を高ぶらせることなく、淡々としかも上品に
お客様をさばく様子や品物を包む様は、見ていて気持ちがいい。
一昨日電話をいただいた時も、正直なところ面食らった。

これが“品格”ってヤツなのかなと思ったりもする。




2009年01月07日(水) 賀状あれこれ。

■昔の元同僚。
 お互い職場が変わっても暫くはたまに会ったりもしていたが
 そのうち段々疎遠になり、ついには年賀状のみのやり取りになってしまっていた。
 ところがそれも数年前に彼女の住所が変わったらしく、宛先不明で
 戻ってきてしまってからは音信不通のまま。
 引越先が東京から少々離れていたのには驚いたものの
 ひとまず元気そうなので、ほっとひと安心。

■義父。
 同居しているというのになぜかウチに年賀状をよこしてくる。
 『同居してるんだし、ま、いっか』と私は毎年忘れるので
 それを見て焦って相方に年賀状を渡し、直接届けてもらうわけで。
 ・・・しかし一緒に住んでて年賀状なんて、おかしいと思うのは私だけだろうか。

■高校時代の同級生。
 これまた年賀状のみの付き合いになってしまっているが
 住んでいるのは拙宅から徒歩15分弱のマンション。
 その近くのスーパーにはよく行くし、モロに生活圏内なのに
 “なかなか会わないね”と書いて早数年経った。
 お互い気づかないだけなのかもしれない。

■高校時代の恩師。
 “教師よりクライミングの仕事の方が忙しくなってしまいました”って
 確か40代くらいで始めたように聞いていたけれど
 どうやら今でも続けていらっしゃるらしい。
 私の記憶が間違っていなければ、あと数年で定年のはず
 ・・・何だかんだ言ってる割にはお元気だなぁ!!

■中学時代の恩師。
 学区変更で2年生になる時中学が変わったにも関わらず、ご縁があったのか
 1・2年は副担任、3年では担任だった先生。
 こちらは私が中学卒業時には50代前後と記憶しているので
 お元気ならばおそらく義父と同じくらいのお年だろう。
 ただその頃には(病名は知らないが)既に持病があって
 あまり健康的とは言えなかったように思う。
 数年後、学年全体の同窓会でお会いしたのが最後で
 その時はもう退職され、歩くのに難儀そうで杖を使っていらした。
 毎年達筆な筆で届く年賀状を見ては『お元気そうでよかった』と
 思っていたのだが、今年はついに宛先不明。
 今までのご住所は先生が身を寄せられているお宅だったし
 単に引越しただけなら、いいのだけれど。。。



 < 過去  INDEX  未来 >


Haruki [MAIL] [HOMEPAGE]