管理人の想いの付くままに
瑳絵



 童話(?) 「捨てるべきもの」

 それは、悲しい話。
 
 南の国に王様がいました。南の国は小さな国でしたが、土地に恵まれ、周囲を山や海に囲まれていたため農業や漁業が盛んでした。そして、地の利のよさに他の国から攻められることもありませんでした。
 だから、本当なら国民はとても平和に、穏やかに暮らせるはずなのです。ですが、南の国には王様がいました。自分を一番に考える王様で、国民から多くの食料や織物を納めさせました。
 採れた食料の半分を、織った布の半分を。国民の大半が五人以上の大家族。そんな中でこれだけ摂られれば国民は生活するのが精一杯です。物々交換で成り立つ国で、織物を仕事にしている家は、必ず食べ物と交換しなければ生きていけません。どんなに食料があっても、着る物や布団になる物がなければ凍えてしまいます。
「なんで、たった一人の王様にこんなに摂られなければいけないのだ」
 国民は声をそろえて言います。
 しかし、お城には多くの兵隊がいます。もちろん、兵隊は国民がなるので農家や漁師や機織の家の子ども達です。食べる人間を減らすために、子どもを兵隊にする家は少なくないのです。
 王様に歯向かえば、自分たちが殺されるだけでなく、兵隊である子どもまで殺されてしまいます。だから、だれも王様に文句を言えないのです。
「王様を殺してしまえばいい」
 そう言う国民もいた。しかし、王様がいなくなったら国をまとめる人がいません。他の国との交渉もできなければ、侵略される可能性もあります。国民はとても悩みました。

 ある日のことです。王様は考えました。
「東の国と手を結ぼう」
 王様が言いました。
「そんなことしなくても、今のままでいいのではありませんか」
 大臣は言います。
「東の国は金が採れるんだ。手を結べば交易ができる」
 織物で言えば北の国には負けますが、食料で言えば南の国の右に出る国はありません。つまり、食べ物と金を交換しようと考えているのです。
「やはり、国において財力は欠かせない」
 王様は、自分が楽に暮らすことしか考えていませんでした。
「ですが、東の国の金と交換する食料はどうするのですか?」
 大臣は言い募ります。しかし、王様は聞く耳を持ちません。最後には
「なに、食料なんて国民が今以上に頑張ればいいことだ」
 とまで言い出します。
 王様は知らないのです。どんなに国民が頑張って食料を調達しているか。そして、どんな思いでその半分も王様に納めているのか。それを当然と思っている王様に、国民の辛さは分かりません。

 そして、とうとう東の国へと使いをやりました。
 それに対して東の国の王様は、ある問いかけを返しました。

   大工、漁師、猟師、農家、医師の誰か一人を切り捨てて下さい。
   その選択が、正しければ南の国と手を結びましょう。

「これはどうしたものか」
 使いは、帰って来てそれを王様に伝えました。王様は悩みました。そして、国で一番頭のいい賢者を呼びました。賢者は言いました。
「王様は、誰かを切り捨てる気なのですか」
「もちろんだ。出なければ東の国とは手を結べない」
 賢者は
「誰かを切り捨てるくらいなら、諦めた方がいい」
 そう言いましたが、やはり王様は聞きませんでした。そして、とうとう王様は決めました。
「医者を捨てよう」
 その決定に、多くの国民が反論しました。王様専属医師を除けば、この国には医者が一人しかいなかったのです。他には、その医者の見習いの助手が一人。小さな国とはいえ、毎日大変なな労働を強いられているのだからケガ人、病人は後を絶ちません。
「それだけはお止め下さい」
 賢者も、いつも最後には王様の命令を聞く大臣をも反対しました。
「なぜだ」
「なぜって、医者は必要です。医者はこの国にたった一人しかいないんです」
「だからだ」
 縋るような大臣をも気にせず、王様は言い切ります。
「一番大事な人間を切れば、向こうだって此方の真剣な思いを汲んでくれるだろう」
 何が真剣な思いだ、そう叫びたかったのは大臣だけではありません。結局は、王様がもっと贅沢をしたいだけなのだとみんなは分かっていました。
 しかし、全国民の願いも空しく、医者は言葉どおり切り捨てられました。

   医者を切り捨てました。この国で一番重要な人間です。
   そして、これが私の気持ちです。
   どうか、手を結んでいただけませんでしょうか。

 そう書いた文と共に、証拠となる医者の身体を東の国へと送りました。
 そして文を出した一週間後、東の国の王様が南の国の王様を訪ねて来ました。それを知り、南の国の王様は喜びました。手を結んでくれると返事をしにきたと思ったのです。
 ですが、東の国の王様の返答は”否”でした。
「なぜですかっ!?」
 南の国の王様は驚きの表情で尋ねます。
「貴方は選択をまちがえた」
「なに?」
「貴方は捨てるものをまちがえたのです」
 東の国の王様が静かに言いました。
「だったら、何を捨てればよかったのですか」
 南の国の王様は聞き返します。
「何があっても国民を捨ててはいけなかったのです。ましてや医者を。医者を捨てるということは全国民を捨てることです」
「条件を出したのはそっちのはずです」
「そうです。でも、私が望んだ答えをいただけなかった」
「貴方は、何を望んだのですか」
 分からない、と、怒ったような声で南の国の王様が問いかけます。
「プライドです。もしくは、その欲です」
 捨てられないからと、別の条件にしてくれと頭を下げれば、もしくは、そんなことするくらいなら手を結ばなくてもいいと、言い切ってくれれば、そうすれば喜んで手を結んだのに。そう東の国の王様は言いました。
「そんなっ」
 南の国の王様は何か言い返そうとしますが、言葉が出てきません。
「貴方は、たった一人の大切な命を救うものを捨てました。つまりは、国民を捨てたのです」
 だから、国民は全てもらいます。東の国の王様が言いました。
「何を勝手なことをっ」
 今度こそ、本当に南の国の王様が怒って言いました。
「私は無理にとは言いません。全ては国民の意思です」
 
 そのことは国民へと伝わりました。そして、全ての国民は迷うことなく、東の国へ行くと言いました。
 南の国の王様は慌てました。まさか、みんなが国を捨てて行ってしまうとは思わなかったのです。気が付けば、王様の下には大臣しか残っていませんでした。
「どうして、お前は残ったのだ?」
 王様が不思議そうに聞きました。
「全てを、なくしてしまったからです」
 切り捨てられた医者は、大臣の一人息子だったのです。妻に先立たれた大臣の、唯一の家族であり、生きがいだったのです。
「もうじき、この国は東の国の一部になるでしょう。あの王様が貴方を殺すことはないでしょう。しかし、貴方はもう王様ではなくなるでしょう」
 私はそれで満足なんです。息子の命で、多くの国民を救えたのですから。と、大臣は悲しそうに笑いました。
 その大臣の言葉は、王様を深い悲しみへと追いやりました。
 たった一人を捨ててしまったことで、自分が全てに捨てられてしまったのだと、王様は初めて理解したのでした。
 そして、それから間もなく、大臣は死にました。
 たった一人で残った国で、王様は悲しみにくれました。毎日、毎日、泣いてばかりで、贅沢のおかげで丸々としていた身体は、水分を全て失ったかのように細くなってしまっていました。

 もう、何日経ったのか分からなくなった頃、お城の外が賑わいを見せていました。不思議に思った王様が外を見ると、そこには昔と変わらない国の姿がありました。
 国民が田畑を耕し、漁に出て、機織をしています。王様は夢かと思い、頬をつねってみましたが目覚めません。それでこれが現実なのだと理解しました。
「王様」
 呼ばれてそちらを見れば、そこには賢者がいました。
「国民が、この地がいいからといったので、東の王様が帰してくれました」
「そうなのか」
 王様は、賢者の言葉を、ただ呆然と聞いていました。
「東の王様から伝言です。『あなたは何を捨てますか? その選択が正しければきっと帰ってきますよ』だそうです」
「そんなの、決まっている。今までの私を捨てる」
 王様は、迷うことなく言いました。
「そうですか。なら、きっと帰ってきますよ」
 簡単に国民が自分を信じてくれるとは王様も思ってはいません。でも、それでも、存在が近くに在るということがとても嬉しかったのです。

 それから、王様は王様を辞めると言いました。自分も、国民として生きて生きたいからと、全てを東の国の王様に頼みました。しかし、東の王様はだめだと言いました。自分で作った国は、最後まで責任を持て、と。
 だから、王様は毎日国民と一緒に仕事をして、同時に賢者や新しい大臣と協力しながら政治もしました。そして、何を捨てるか、何を大切にするべきか、国民と話し合いながら決めていきました。
 国は、ゆっくりと不器用に、それでも平和に続いていきました。
 時にはまちがった選択をしても、次からまちがえないように、みんなで話し合って、大切に大切に。たった一つのまちがいの恐ろしさを噛みしめながら。


おしまい




一ヶ月開きました……(死)
微妙に暗い。これは童話なのだろうか、と自問自答しながら。
長くなってしまいました。

2004年09月29日(水)
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