|
|
■■■
■■
■ 四月一日の本音(お題:17)
完全オリジナル 「四月一日の約束」(お題:19)の対になります
四月一日の本音
四月一日、馬鹿で最低な男が死んだ。 最愛の人との”約束”すら守れず、暴力ばかり振るって泣かせて、とても重いものまで背負わせた最低な男が死んだ。 刺されたとき思ったのは最愛の彼女だった。 刺した女とは彼女のために別れた。いや、こんなの詭弁だ。自分勝手に俺が捨てたんだ。 咄嗟に掴んだ腕。一瞬だけ驚いた顔をした女は、静かに微笑んだ。 彼女が疑われるのだけは嫌だったから、最期の瞬間想い続けたのは彼女のことだけだった。
偶然見つけた母子手帳。父親の欄は空白のままで、それでもここに名前を記せるのは自分以外には居ないと確信していた。 自分でも物凄く意外だったのだが、俺は本気で喜んでいた。子供なんて鬱陶しいものだと思っていたのに。それ以上に、こんなにも簡単に父親になる覚悟ができるなんて思わなかった。 いや、実際はまだきちんと実感できていないのかもしれない。 とにかく、新しい命に、しかも自分と彼女の血を引いた子供に、心から歓喜していた。 それから、暇があれば手帳に色んな名前を並べた。ただの呼び名だと思っていた名前がとても貴重なものに思えた。多くの想いと願いを込めた。それでも、自分の字を入れるのだけはしなかった。 自分が今まで彼女に対してどれほど酷い仕打ちをしてきたのか嫌というほど自覚があった。 だから、手帳を発見して既に半月が経とうというのに未だ彼女から何も聞かされていないことも自業自得だと思っている。 それでも、 (待ってるだけじゃ駄目だよな、) こんなことをしている間にも彼女は一人で悩んで、泣いているのかもしれない。もしかしたら、子供を堕ろしてしまおうとしているかもしれない。何せ、最低な男の子供だ。 そう考えると、背筋を冷たいものが伝った。 (迎えに行こう) それは何とも傲慢な考えだけれど、それでも再び彼女にとっての安寧の場に戻りたかった。「帰って来て」とお願いしたい。 でも、その前にやらなければいけないことがあった。 携帯電話のアドレス帳を開いて電話をかける。 「大切な人の存在に気付いたから」 そう告げて相手の了承を得て次の相手へ電話をかける。簡単なものだ。何せ、相手にとっても俺は浮気相手という立場に居るのだ。 ただ、最後の一人だけ 「会おう」とだけを告げた。 この女だけは他の浮気相手とは別の立場に居た。女は最初の浮気相手で、性格こそは彼女と正反対だったが、想いの一途さだけは彼女にそっくりだった。 愛しいと思った。それでも、愛してはいなかった。 「終わりにしよう」 もっと何か込み上げるものがあるかと思ったが、想いの他あっさりと告げることができた。 女は、一瞬縋る目で俺を見つめた後何か言いたそうに口を開いたが、そのまま何も言わず頷くだけだった。 これで終わったと思ったんだ。 しかし、俺が赦されることはなかった。
俺はまず携帯電話を解約して新しいのに変えた。彼女と仕事に必要なアドレスだけしか登録しなかった。 そして、ジュエリーショップに行って指輪を買った。シルバーゴールドの台座に凝った細工が施され、その上に小さなダイヤモンドが散りばめられた、控えめだけれど確かな輝きを持ったそれに俺は一目惚れした。 彼女の指にこれを飾ることを考えると、思わず顔が綻んだ。 幸い、彼女のサイズがあったためそれを包んでもらって店を出た。 本当は役所に行って婚姻届も貰ってこようと思ったが、既に閉まっている時間だったために断念した。 彼女の返事を聞いてから貰いに行こうと思った。
「ただいま」 一緒に住み始めて一年以上経つアパート。そのドアをくぐるのに”ただいま”と言ったのは初めてだった。 驚くだろうか、と僅かに逸る心臓を押さえながら待った返事はなく、灯りが点いていることに訝しく思いながらもリビングのドアを開けば、そこに彼女は居た。俺が自分勝手に選んだ黒い革張りのソファーで、身体を丸めて安らかな寝息を立てていた。 その姿に、心底安心した。 無意識に握り締めていた汗ばんだ掌を開く。そこにはくっきりと爪の跡が残っていて、思わず苦笑してしまう。 (大丈夫) 何がかは分からないが、自分にそう言い聞かせた。 「起きて」 いくら暦上は春だといえども夜はまだ肌寒さが残る。ただでさえ大事な時期なのに風邪でも引いたら大変だと思い身体を軽く揺する。 「う……ん、」 気だるそうな瞳が開かれる。 暫し俺の顔を定まらない視点で見つめてたが、目が覚めた瞬間勢いよく飛び起きた彼女。その瞳には僅かな恐怖の色が見えて胸が締め付けられる気がした。 その後、お互いそんな感情を隠して普通に振舞いながら食事をした。 何となく、彼女が疲れているように見えて、この日は話をするのを止めた。カレンダーを見れば明日は四月一日……えいぷリールフールと呼ばれる日。何とも暗示じみた気がするものの、嘘を吐いていい日に本心を話してもいいのではないかと思った。
「今度からはずっと一緒に居るよ」 「君だけを愛するから」 そう告げたときの彼女の表情は、歓喜と絶望が混ざっているように見えた。きっと、怯えていたのだと思う。絶望の中から急に幸福に引き上げられる怖さとはどんなものなのだろうか。 そもそも、これが彼女の幸福なのだろうか。 「約束しよう」 ”約束”を口にしたのは初めてだった。 それでも、彼女と一緒に幸せになりたいと思ったんだ。彼女を幸せにしたいと思ったんだ。 「信じない……信じられないよ」 その言葉も自業自得で、俺が痛みを感じたり悲しんだりしちゃいけないんだ。彼女は、俺以上に今まで痛みに耐えてきたのだから。 俯く姿が痛々しくてそっと腕を上げれば、一瞬彼女が身体を強張らせるのが分かって、また痛みが走る。過ぎる後悔。後悔先に立たず、とはよく言ったものだと思う。 「そうだな、そう言われても仕方ないよな」 だから、証拠を見せるよ。
最初で最後の”約束”は果たすことができなかった。 証拠を見せると言ったのに、それは彼女の元に届けることができなかった。流れる血を感じて、もう駄目だと確信した。 腹の痛みより、胸の方が痛かった。 「……っ」 涙が溢れた。 これは罰なのだろうか、そんな簡単に赦されるはずなかったのだ。 彼女に伝えたい言葉があるのに、携帯電話のディスプレイに表示された番号。あとは通話を押すだけなのに……そんな力すら残っていない自分がもどかしくて悔しい。 「や、く……そ…く」 告げたいのに。俺の本音、心からの言葉。 (ごめんなさい……それでも、君を愛してる) 心から、これからもずっと。
今まで酷いことばかりしてごめんなさい。 君との約束を守れず、そして置いて逝ってしまうこと。 子供の顔を見れないのが、物凄く悔しい。
愛してる 愛してる 愛してる 君だけは死んでも守るから
そう何度も心の中で繰り返しながら、そして俺は想いを伝える術を失くした。 隣にある温もりが、君のものだったらどんなに幸せだろうか、なんて今更どうしようもないことを考えながら。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 書けたvv お題14個目です。 17.そして僕は想いを伝える術を失くした
お題:19「四月一日の約束」の対のお話です。 何とか更新できました。頑張った自分! あと一つで半分です。 ネタはできてるんであとは書くだけ。ガンバレ自分!
2005年10月12日(水)
|
|
|