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みんみん



 そんな1日

子連れで出かけても子連れズ人間観察に走ってしまうのはいかがなものか。
私だって充分に観察対象であるというのに。
猫は悪くない、といつだって思っているけれど、それと同じように、子ども(一般名詞としての)は悪くない、と思っているようなところがある。

そうだ。
猫といえば、先日、ふらっと猫がやってくる週間というのがあった。あれは、とてもよかったのだが(しかも皆友好的だった)、その中に、しろにとってもよく似た猫がいた。
というか、もしかしたらしろだったのかも知れない。いなくなってしまってからずいぶん経って、顔つきも違うように見えたので、りー氏と、しろじゃない……よね、と言い合っていたのだが、しろじゃない猫にしてはえらく勝手知ったる風だったし、もう少しで縁側の内側に上りそうだったし。私たちの知っているしろみたいににゃごにゃごよくしゃべって気ぜわしくはなく、もっと落ち着いていたけれども。
きれいな猫だったので、たぶん幸せに暮らしているんだろうと思う。そうでさえあれば。
Kも白猫をじっと見ていた。

富山大和(だいわ。北陸ドメスティックデパート)移転リニューアルオープン。連休が明けて少し落ち着いたであろう頃の平日にふらっと行ってみようと思う。
案内をざっと見たところでは、紀伊國屋書店にカフェが併設されるらしいことと、ボーネルンド(おもちゃ屋)が入るのが楽しみだ。本屋さんに併設されたカフェには、たいていメニューにトーストがある。喫茶店のトースト好き、本を読むのも買うのも好き、な身としてはたいへんにうれしい。
カフェについては、とにかく、利用者が良識にのっとって使うことを祈るばかりだ。持ち込んではいけないことになっている、雑誌やマンガを持って入ったり、未精算の本の内容をメモしたり、そういうことをみんながしないように、本当に、祈る。喜久屋書店@高岡イオン、の今はなきカフェも、休日にはすごいことになっていたので。気の毒でならなかった。
ボーネルンドについてはたまたまパンフレットを持っていた。すかさずKに持たせ(るふりをし)てりー父に渡す。りー父は買い物大好き、おもちゃ好き、かつ、Kがかわいくてならぬ人であるから。悪やのう(私が)。
すでにすばらしいいろいろであふれているKのおもちゃばこであるのだけれど。

川上弘美作品を相変わらずぱらぱらと。
国語教師を美化されたand/or特殊な存在として描きすぎているように思ってしまう。身近に多いせいか妙にひっかかる。そんないいもん(=者)か〜? と思いつつ、いや、確かに変てこりんかも〜、とも思う。
ロマンチストっていうのはスケベと同意である、というようなことを橋本治は言っていた、そういえば。

Iさん登場というので『クロワッサン』を買いにいって『クウネル』をぱらぱらめくっていたら、あら、知った顔が(まあありそうな話ではあるのですがな)。

そういえば某日、昔の『暮しの手帖』を見たりー氏が一言、「今の(『暮しの手帖』)って『クウネル』みたい」。
一方、昔からの読者であったりー母に言わせると、(最近)面白くない、とのこと。即答。
そして『クウネル』は『暮しの手帖』のようにも見える。
『暮しの手帖』、細谷亮太氏のページ(連載が始まった頃から好きだ。励まされるような気がして)を見て、ほっと息をつく。編集長が交替して最初の号、変わったんだ、と思ったのは、本文に「バタ」じゃなくて「バター」とあったのを見て。

白髪染め「produce」のCM、すごい。
郷ひろみがあのシチュエーションであのタイミングであの曲をあんな風に歌う、その悪趣味さ(だろうな、たぶん)が、全部。

すきなお花屋さんで秋色のバラとガーベラを買って帰る。

それにしても、題をつけるに事欠いて。

夜、りー氏と悪趣味な話。

2007年09月21日(金)
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